第十話 こぼれる心
護衛任務2日目、馬車周りの隊列は昨日と同様のまま街道を進んでいた。
――フィオナの今の状態を知りたい。
話せなくなった理由、話せないままの理由、北の塔へ行く本当の理由。彼女の身に何があったのか、困りごとなら力になりたい、助けたい。
傭兵団が請け負った聖女の護衛任務は北の塔へ連れて行くのみ。それで仕事は終了、任務達成。終わり次第すぐに撤収するだろう。そうなると、またフィオナと離れてしまう。何も知らないまま離れたくない。やっと会えたのに、そんなの、そんなのは……、
「絶対嫌だな」
「ア、アーティ? な、何か嫌なことでもあったの?」
「えっ! あー、何でもない何でもないよー」
隣を歩いているメーリックが心配そうに声をかけてくる。
「昨日みたいに天気悪いのは嫌だなーって。今日は晴れて良かったよねー」
「う、うん、そうだね。な、何かあるなら遠慮なく言ってね」
「ありがとー、メーリックもねー」
いつものように軽快な話し方に戻す。自分のことを気にかけてくれる仲間がいる、それだけですごく嬉しい。それ故に今の自分が抱えていることを話してしまいたくなる。
でも言えない。迷惑になるから。フィオナのことは私の問題なのだから。
「そ、そろそろ休憩場所に着くけど、せ、聖女様方の散歩の護衛って本当にアーティに頼んで良いの?」
「うん、大丈夫だよー。今朝伝えた通り私がついていくよ。あの暴言で皆にストレスかかるのは嫌だからねー。役割分担適材適所だよー」
「せ、聖女様のことが気になってるから、じゃなくて?」
「そーだねー。うん、気になってる。むしろそれが一番の理由だね。出来ることなら聖女様と二人っきりでお話したいなー、なーんてね」
「そ、そうなんだ。い、一応自分も後ろからついて行くね」
「りょーかーい」
フィオナと二人になる為には、あの付き人をどうにかしないといけない。ずーっとべったりくっついてて、第三者が近寄るのをひどく嫌がる。特に男に。それに散歩する時以外はほぼ馬車の中で過ごしているし。
けど、依頼を請け負っているこっちの立場を考えると、迂闊な真似はできない。とりあえず次の休憩の時に散歩の護衛役をしながら考えよう。
しばらく進み、一行は休憩場所へと入って行った。
「散歩ですねー! 私が護衛でーす!」
休憩場所へ着き馬車が止まりドアが開く。付き人の少年が先に降りて聖女も外へ出てくる。その瞬間速攻でアーティは手を上げながら伝えた。
そんなアーティを見て微笑みを向ける聖女。少年は舌打ちをし、不機嫌な顔になりながらもいつも通り聖女の名前を呼び、手を引っ張って歩き出す。距離をとりながらアーティは後ろをついて行った。
「さて、どうしようかな」
目の前の二人の後ろ姿を見ながら森の中の小道をゆっくり歩いていく。聖女に近寄るチャンスは散歩をしている間だけ。穏便に速やかにあの付き人の少年を引き離す方法はないものかと思考を巡らせる。
「手段を選ばなきゃ、あの少年くらい実力行使で……、ってそれはなしなし」
アーティは自分の強さを理解している。
師匠との過酷な修行を経てレベルは爆上がりし、能力やスキルもほぼ最高値に達していた。だが、まだまだ精神的な未熟さが見られるが故に、アーティの師匠であるサーブルは『力の使い方を見誤るな』と常々伝え続けていたのである。
「あっ、あの魔法でなら!」
何かを思いついたアーティは、付き人の少年に向けて一つの魔法を発動させる。
「深き眠りへ誘い込め、強制睡眠魔法発動!」
辺りに発生した薄いピンク色の微細な粒子が対象者の身体にまとわりついていき、その者は眠りへ落ちていく。
はずだったのだが、アーティが放った魔法は一瞬にして効力がかき消されてしまった。
「は……?」
魔法で眠らせてその隙にフィオナと接触を図る、そう考えて眠りの魔法を使用した。しかし魔法は効かなかった。
驚いて立ちすくんでいるアーティに、フィオナは立ち止まり、振り返って首を横に振る。
「フィオナ、どうしたの?」
付き人の少年は突如後ろを振り向いた聖女に対し声をかける。自分が魔法をかけられていたことに微塵も気付いていない。
「フィオナ、大丈夫? 疲れた?」
いつものように気遣う声がけに聖女は微笑み、前を向いて再び少年と歩き出した。
「フィオナ、私の魔法に気付いた……?」
「ア、アーティさっきの魔法って……」
「……メーリック?」
そういえば後ろからついて行くって言ってたっけ。見られていたのか。やばい、なんて言い訳をしよう。
「えーっと、あー、あの、あのねー、あれはねー……」
放った魔法が効かなかったこと、フィオナが首を横に振ってきた理由、そして魔法の使用を見られていたこと、それらの出来事に困惑し、誤魔化すための言葉が上手く出てこない。
「あ、あの付き人の子、ま、魔法耐性のある装備かアイテムを持ってるみたい」
「あー! そっかっ! そーだよねー」
落ち着いて考えてみれば、あの少年は聖女の付き人という重要なポジションである。どうして選ばれたのかは分からないが、城から聖女と同行してくるのだから、魔法を打ち消すための装備品くらい身につけているかもしれないことは想像できたはず。
フィオナが首を横に振ったのは、魔法は効かない、ってことを伝えたかったのかもしれない。
「ア、アーティ聞きたいんだけど、あの子を眠らせてまで聖女様とお話をしたかったの?」
メーリックの質問に鼓動が早くなっていく。
傭兵団の団員として確実に不適切な行動だった。本来やってはいけないことを仲間に見られた焦りも加わり、アーティは何も言うことができない。
じっと見つめてくるメーリックの視線に耐えきれなくなり、逃れようと向きを変え無言で歩き出した。
「だ、大丈夫だよ。さっきのことはリディ隊長たちには絶対言わないから」
同じ速度で後ろについてくるメーリックはそのままアーティに話しかけ続ける。
「せ、聖女様すごく素敵だもんね。ま、魔王を倒して平和な世界を取り戻した英雄のお一人だし」
「…………」
「こ、今回の任務がなかったら、じ、自分なんてこんな間近でお目にかかることは無かったと思うよ。お、お姿をしっかりこの目に焼き付けとかないと〜なんて……」
「…………」
「ご、ごめんね。そ、そういうのじゃ、ない、よね」
「こっちこそ、ごめん」
どうしよう、メーリックに話を聞いて欲しい気持ちでいっぱいになってる。フィオナは手の届く所にいるのに、話しかけたくても話しかけれない。
思い通りにいかなくて、悔しくて怒りで泣きそうになっている。なんで感情のコントロールが上手く出来ないんだろう。
ああ、すっごく喉がピリつく、胸がぎゅーっとなってる、泣くなよ私、今は泣くな。絶対下を向くな、上を向け、何か違うことを考えて気を紛らわせないと。
「ア、アーティは聖女様に何かお話ししたいことがあるんだね。じ、自分、アーティの力になれるかもしれない」
「えっ?」
「も、戻ってから話すね」
今話せないのは、この場所では聖女と付き人に聞かれてしまうかもしれないから避けたのだろう。アーティの目に涙が溜まっていたが、メーリックは気づいていないフリをした。
聖女たちは散歩から戻ると馬車の中へ戻っていった。まだ休憩時間は余裕があることを確認し、メーリックはアーティと一緒に他のメンバーには話が聞こえない場所まで移動した。
「こ、ここなら大丈夫だね。さ、さっきアーティは睡眠魔法を使ったけど効かなかったよね」
「う、うん」
「あ、あのね、ま、魔法じゃなくてアイテムなら効くと思ったの」
「アイテム……、あ! そうか! そうかも! メーリックってばさっすがー!」
「アーティ! しーっ!」
「あ、ごめん」
「そ、それでアーティは眠らせるアイテム何か持ってる?」
「残念ながら一つもないや。持ち歩いたこともないよ。戦闘では眠らせるなんてしないで一気に倒してたから。メーリックは持ってるの?」
「う、うん、ねむりの粉を持ってるよ。て、敵から逃げる時に使う必須アイテムなんだ。眠らせるアイテムとしては1番弱いものだけど即効効くよ。でも持続性は短いかも。ご、5分持つかどうかくらい?」
「5分か、5分……。うんっ、大丈夫! メーリック、そのアイテムいくらで譲ってくれる?」
「え? い、いいよ。あげるよ」
「ほんとに!? ありがとー! 貸し一つとかでもいーよー」
「な、何それ? じ、自分が勝手にアーティの力になりたいだけなんだから」
嬉しさでいっぱいになり、思いっきりメーリックに抱きつくアーティであった。
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