第十一話 止まらない涙
夕方近く、2日目の予定野営地に到着しようとしていた。先頭にいるレオフリックが一行を誘導していく。
「この街道沿いに結界石張るの、どれだけお金や労力かかったんだろうねー。まあ、休憩場所のより効力は薄いみたいだけどー。どこまで張られてるのかなー?」
「ア、アーティって魔具使わなくても結界石の効果範囲の感知できるの?」
「出来てるねー。メーリックだって魔力で感知できるでしょー」
「う、うん。僧侶職の基礎だから。で、でも本当すごいねアーティって」
「師匠が良いからだと思うよ。あそこだね今日の野営地。メーリックよろしくお願いね」
聖女と二人で話をする為に付き人を眠らせる、アーティは睡眠魔法を使ったが、残念ながら魔法耐性により効果はかき消された。だが、メーリックからアイテムなら確実に眠らせることが出来ると聞き、協力をお願いしていたのだ。
頼んだ内容はねむりの粉を使った後、効力が切れて目覚めてしまう前に教えて貰うこと。ねむりの粉というアイテム自体アーティは今まで一度も使ったことがなく、どのくらいで覚醒するのか不確かな為、メーリックに頼ることにした。
街道から横道に入り、野営地へと進んでいく。その場所も結界石が張られているため、周囲一帯に魔物の気配は感じられない。そして馬車は止まった。
――今度こそ絶対フィオナと話すんだ!
アーティは決意を固め、ドアが開くのを待っていた。
ガチャリと馬車のドアが開き、付き人の少年が降りてくる。真正面で待機していたアーティの姿に気付くと少年は無愛想な顔で、
「おいお前、今日は余計なことするなよ。戦うことしか脳がないくせに」
「は?」
何のことだ? と思ったが、昨日灯火魔法を発動させたことか、とすぐに答えを導き出せた。本来なら付き人である自分が灯りを出していたはずが、魔法書を持っていなかったことでそれが出来なかったことに感情的な不満が残っているのだろう。
「分かりましたー」
絶対今日は魔法書を持っているんだろうな、と思いつつ了解している返事をする。
それと、戦うことしか脳がないって言われても仕事なんだからしょーがないですねー、強いのでー、と軽口を返してやりたかったが、相手にするのがめんどくさくなり言葉を飲み込んだ。
「フィオナ、気をつけて降りてね」
声をかけられゆっくり降りてくる聖女。アーティは好奇心で馬車の中をちらりと覗き見する。小窓にはカーテンがかけてあるので真っ暗なのかと思ったが、ランタンくらいの明るさを放っている光の玉が見えた。
「ちいさ……」
思わずぼそっと呟く。光の玉の大きさはビー玉よりは多少大きめのサイズ。明るさは何とか本を読むことが出来るほどだった。昨日アーティが発動させた灯火魔法に比べると、大きさも明るさも精度も全て劣っている。
意図的にその明るさにしてあるのか、その程度の灯火魔法しか使えないのかは分からないが、この中にずっといるのは気が滅入るだろうなと心配になる。
馬車の中を見ていたが、フィオナへ視線を向けると柔らかい微笑みを返してくれた。
「フィオナ、行こう」
付き人の少年は聖女に声をかけると、手を握り森の中へと歩いて行った。
「行くよ、メーリック」
「う、うん。で、では行ってきますね」
メーリックは他のメンバーへ声をかけて一礼し、アーティの後ろについて行く。
「あの二人仲良くなったわねぇ。年齢が近いのもあるからかしら。何にせよ良い傾向だわ」
護衛役として歩いて行く二人の後ろ姿を見送りながらリディはふふっと笑う。
「俺だって女神ちゃんと仲良くしたいのに……、って、リディアーク! まさかお前自分の部隊に女神ちゃんを!?」
近くで野営準備をし始めていたレオフリックがリディの言葉に反応する。
「呼・び・名! まあ、あなたの推測、間違ってないかもね」
バチバチと火花を散らし、ライバル心を燃やす二人の隊長たちであった。
夕暮れ時の森の中、木々の間から木漏れ日が柔らかな光を所々地面に落としている。昨日の曇り空とは違い、今日は一日中空は晴れていた。広がっていた青空は段々と夕焼け色に変わっていく。
「今日絶対灯火魔法いらないじゃん」
「き、昨日の夕方の時の話?」
「そうそう、すっごい暗かったよ。今日は明るさが全然違うね。あっ、メーリック見て、湖があるよ。水面が夕日で照らされてキラキラですっごく綺麗じゃない?」
「ふふっ、そうだね。アーティってばはしゃいじゃって」
「……ちょっと浮き足立ってて」
少し照れながらもアーティはフィオナの後ろ姿を遠目で見ていた。身体に力が入っているのか、ぎゅっと拳を握りしめている。メーリックは握ったままのアーティの手をそっと取り、
「だ、大丈夫、絶対うまくいくよ。せ、聖女様にアーティがちゃんとお話できるようにしっかりサポートするね。深呼吸深呼吸、はい吸って〜吐いて〜」
そう言われ、アーティは深く息を吸ってゆっくり吐き出す。繰り返すたび、緊張で無意識に硬くなっていた身体がほぐれていくのを感じた。
「ありがとうメーリック」
「ひ、一人じゃなくて今は二人だからきっと成功するよ。タ、タイミング教えて」
「うん。この小道をもう少し行った先のあそこら辺、あの少し広くなってる場所で眠ってもらう。そろそろ距離詰めていこう。先に動くね」
頷くメーリック。アーティはねむりの粉を取り出すと、前方の二人に向かって静かに疾走していった。
「フィオナ、見て、湖面が夕焼けで輝いて綺麗だね。少し見ていこう」
付き人の少年は聖女に話しかける。二人は歩みを止め、夕焼けに染まる湖を眺めていた。
「風魔法発動、……おやすみ」
気配を消して素早く二人の後方へ移動したアーティは体勢を整え、瞬時に付き人の少年に対し仕掛けた。
ねむりの粉は広範囲への使用になることを聞き、そのまま使うとフィオナにまで影響が及ぶことが考えられた。巻き込まない方法として思いついたのが、単体攻撃が可能な戦闘用の風魔法を無害な生活魔法へ変化させ、それにねむりの粉を付随して対象に放つ。
実際この方法は効果があった。
フィオナは目の前に広がる湖を見ていた。
「――フィオナ」
いつもと違う声が自分の名を呼ぶ。声の方を見ると倒れ込んだ自分の付き人を抱き抱え、にっこり笑っている親友がそこにいた。
「メーリック成功! 後お願い! フィオナこっちへ!」
眠っている少年をそっと地面へ横にして、フィオナの手を取りその場から少し距離をとった。メーリックが少年の側に近づいたのを目視で確認すると、驚愕しているフィオナの両手を握って早口で話しかける。
「ごめん、ねむりの粉使ったの。5分持つか分かんない。話せないのは知ってる。聞いて」
握っているフィオナの手を更にぎゅっと握り、アーティは話し続ける。
「フィオナ、また会えて嬉しい。言うの遅くなったけど、お疲れ様、頑張ったね」
親友の言葉に、フィオナの瞳からポロポロと涙が零れ落ちていく。
「弟のことは聞いた。私、ユーフィルを復活させに魔王城へ行く。少し前師匠と行った場所で願いを叶えれる魔石ってのを手に入れたの。今は路銀稼ぎで北の傭兵団にいるんだ。そこで聖女の護衛の仕事でこうしてフィオナに会えた。会えたんだよ。やっと、やっと……」
――時間ないのに、涙で声が詰まって上手く話せない。ああもう、どんどん涙が出てくる、涙止まれ! 話したいことまだたくさんあるのに! 泣いてる場合じゃない! 今は言葉を出せ! フィオナに伝えろ!
目をぎゅっと瞑り身体がのけぞるくらい思いっきり鼻から息を吸い込み口から吐き出した。詰まっていた声がだいぶマシになる。
「助ける!」
フィオナを真っ直ぐ見つめて力強く告げた。
「フィオナのこと私絶対助けるから! 北の塔に行くほんとの理由分かんないし、話せないままなのもおかしい! フィオナのこと知りたい! 何も分からないで離れるのは絶対に嫌だ! 必ず助けに行く!」
フィオナはぼろぼろと涙を流すアーティの頬に優しく手を添え、
『まってる』
ゆっくり口を動かし微笑んでみせた。
「ア、アーティ! そろそろ!」
付き人の少年の目覚めを感知したメーリックは急ぎアーティへ教える。それを聞き、アーティは自分に触れているフィオナの手を取るとそっと離して、
「安心して、私、魔王より強いから」
そう言い残し、マントのフードを深く被るとメーリックの方へ走り出す。向かってくるアーティを見て、メーリックもその場から離れていった。
「ごめん、一人になりたい、護衛お願い……」
元来た小道で合流後、フードを被ったまま俯いているアーティは、声を絞り出しメーリックにそう告げるとダッシュで走り去る。
離れた所の大きな木の裏側まで来るとアーティは膝を付きうずくまる。そして服の袖をぎりっと噛み、声を出さないように全身を震わせながら涙を流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます