第九話 依頼内容への疑念

「どしたー女神ちゃん? すっごい渋い顔して〜。眠くなっちゃってた? 寝てもいーよ。俺の膝貸してあげるから〜」


「うへぁー……」


 馴れ馴れしく絡んでくるチャラ男への反応に困り固まるアーティ。夜も更けて、パチパチと焚き火の音だけが聞こえる静かな空間だったはずが、この男の声がけにより一瞬で台無しになった。


 野営の夜間帯は二人一組の交代制で見張りをすることになっていた。つい先程アーティは先に見張り番をしていたガラハ、メーリックと交代をしたのである。


「あれー、リンドルさんじゃなかったんですかー?」


「彼はもう少し休ませることにしたよ。初めての護衛任務で疲れたようだし」


「そうですかー、そうですねー」


 昼間聖女の付き人から理不尽に罵られて、ひどく落ち込んでいたことを思い出す。精神的な疲労は身体へ大きく影響することをアーティは身を持って知っている。


「団員の皆には出来るだけ万全の体調でいてもらいたいからね。休める時には休んでもらいたいし」


「はぁ、そーですねー」


 目の前の焚き火の炎を見ながら適当に返答をする。


「休む場所は結界石のある場所を選んでるけど、下見してないから、到着後に効果範囲の確認するのって正直面倒なんだよね〜」


「はぁ、そーですねー」


「今日魔物一匹も出てこなくて余計な戦闘しなくて良かったけど、これって女神ちゃんと何か関係ある?」


「はぁ、そーですねー」


「えっ!? マジで! もしかして女神の力とか使えるの!」

「はぁ?」


 一方的に話しかけられて少しイラッとし、若干低い声色で返答する。


「騒がしいと皆の睡眠の邪魔になるので静かにして下さい」


「ごめんね〜、気を付ける気を付ける。なので隣に座っても良いかな?」

「嫌です」

「そんな冷たいこと言わずに〜」


「団長に第一部隊隊長に迷惑行為されたって報告されてもいいならどうぞ」

「じゃあ遠慮なく隣失礼しま〜す」

「何で!?」


 爽やかな笑顔でアーティの隣に移動し腰を下ろすレオフリック。思ってなかった行動にまた固まってしまう。


「この距離なら声のトーン落として話ができるから、皆の睡眠の邪魔しなくて良いね」


「あー、そーですかー」


「女神ちゃん、話しかけても良いかな?」


「どーぞー」


「これは断らないんだね」


「断ったってどうせまた勝手に話すと思ったので。それに団長に報告するっていう脅しも効果がないのが分かりましたし」


「ははっ、女神ちゃんははにかみ屋さんか〜?」

「はあぁ!? 何ですかそれ!」

「お静かに〜、ね」


 笑みを浮かべ、顔の前で人差し指を立てるレオフリックをジト目で見るアーティ。ふーっと息を吐くと黙って焚き火へ視線を戻した。

 アーティもレオフリックも何も話さないまま沈黙が流れる。


「話しかけたかったんじゃないんですかー?」


「いや〜、何か女神ちゃんの隣でこうして2人で焚き火見ていることが心地よくて〜」

「じゃあそれでー」


「それに話したいことがありすぎて、何から話せばいいのか悩んじゃって〜」

「私からは何もないです」

「マジで? マジでか〜」


 自分の隣に座っているいい年の大人の男ががっくりと肩を落とし、しょんぼりとしている姿を横目で確認するが、呆れた気持ちと憐れみの気持ちしか湧いてこない。


「……じゃあ私から、一つだけ聞きたいことがあります」

「なになにっ!? ひとつと言わずに何百個でもいいよ〜」


「今回の依頼の内容、聖女様を北の塔まで護衛して連れて行く……、で合ってますか?」


「あ、ああ。国からの依頼書にそう書いていたのを団長と一緒にしっかり確認しているよ」


「その依頼書って私見れたりしますか? あー、もしかして重要書類だから持ってきてないですかね」


「いや、控えを団長から貰っているからあるよ。でもな〜、う〜ん……」

「……?」


「本当は隊長職以上しか見れない書類なんだけど、まっ、女神ちゃんなら見せてもいっかな。原本じゃなくて控えだけどね。内緒だよ〜」


 眉間にシワを寄せて悩んだ表情から一変し、いつもの爽やか笑顔に戻ると、荷物から折り畳まれている書類を出しアーティに渡した。


「あ、ありがとうございます」


 書類を受け取り、書いてある文章を目で追う。何度見返しても依頼内容は聞いている通りのことしか書いていなかった。

 依頼書の文章には、”聖女と付き人1名を北の塔まで連れて行く為の護衛を依頼する”と書いていた。


 ――連れて行く、連れて行くだけ?



 おかしくない? この文面だと護衛の依頼は片道だけとしか思えないんだけど。帰り道は護衛しなくていいの? 帰路は別の誰かに頼んでいる? 転移魔法を使うとか? よく分からない。

 それに今のフィオナはやっぱり魔法が使えない状態だ。言葉を話せないないから魔法を発動できないでいる。確証したのは灯火魔法をあの付き人が出そうとしたこと。灯火魔法なんてフィオナなら簡単に出せる。もしかして魔法を使わせないようにされてる? 治療されてなかったことも考えられたけど、聖女の魔法は必要とされているし。これもよく分からない。

 そして付き人のあいつ、魔法の発動に魔法書を媒体とするタイプだ。ということは専門の魔法使いではない。見習いかな。動き的に戦士系でもない。武器持ってなかったし。僧侶等の聖職者系の可能性も除外。結界石の効果範囲の感知出来てないからか、散歩に行くだけなのに護衛つけるし。レベルもかなり低い。本当にただの付き人にしか過ぎないのだろう。これはほぼ当たってると思う。


 とにかくフィオナが今どんな状態なのか詳しく知りたい。そのためには何とかして接触しないと。


「依頼書、ありがとうございました」


 書類を返すと、また焚き火を眺め続ける。深く呼吸をするアーティに、同じ方向を向いているレオフリックは静かに話す。


「傭兵団は受けた依頼の中身について、余計な詮索はしない。依頼を遂行するだけ」

「……?」


「要は与えられた仕事をこなして、しっかり報酬を得る、それだけなんだよ。ま、特に自分は北の傭兵団の看板背負っちゃってるし〜、悪いことは出来ないね〜」


 レオフリックの言葉から、私的感情での行動は出来ない、と言いたいのだと推測。

 隊長職という立場上、団員のフォローをしながら依頼の仕事をこなさなければならない。依頼主には悪印象を抱かれないよう立ち振る舞う。更に所属している傭兵団のイメージを下げないよう各方面への配慮も欠かせない。他に見えない仕事もしているだろう。

 依頼の仕事をスムーズに行うためにも不要な干渉はせず、面倒ごとは避けた方が良いに決まってる。


「俺は女神ちゃんの味方でいたい」

「え? 何ですか急に」


「縁があって同じ傭兵団で出会えた大事な仲間だ。表立って手を貸せないことがあるかもしれないが、俺は君の味方でありたい」


「あ、ありがとうございます」


 いつものチャラさがなく、真剣に伝えてきたことにアーティはちょっと照れてしまう。


「はぁ〜、や〜っと女神ちゃんに伝えたかったこと言えたよ〜」


「そうなんですねー。お疲れ様でしたー」


「今後も色々とよろしくね〜。それから、依頼書見せたこと、貸し一つね〜」

「は? え? はああぁ!?」


「何して返してもらおうかな〜。楽しみ〜」


 さっきの仲間だ味方だ発言が台無しである。貸しなんて作りたくない、どうしたものかと考え閃いた。


「これを差し上げます!」


 アーティはそう言うと、荷物からピンクの包み紙で個包装されている飴を取り出した。


「これはただの飴なんかじゃなくて伝説の魔道士が作り上げた秘伝の回復薬が練り込んであるものすごーく貴重な飴なんです! 口に入れた瞬間感じる優しい甘さが疲れ切った体に染み渡ります! 貸し一つだから一個だけじゃなく、今ならなんと3個も手に入ります!」


どうだ! と言わんばかりのドヤ顔で、手のひらの上にある飴を見せつける。


「へ〜、そんなものすごい貴重なものをもらえるのか〜。俺ってば幸せ者だね」


 本当は街で買ったただの飴、と言う事実をアーティはしれっと捏造して話した。


「あーんしてほしいな〜。そしたら貸しはなしにするよ」

「10も年下にそれ要求しますー?」

「女神ちゃんだからだよ〜」


「……いいですよ。今回だけです。はい、目を閉じてー、あー……」

「あー……」


 ニコニコとした表情で目を瞑り、口を開けて待っているレオフリック。アーティはその口の中に向けて雑に放り込んだ。


「ーん、んっ? んんっ!? うえぇっ! めっ、女神ちゃん酷くない!? 包み紙ごと入れてくるなんて!」


「あらー、うっかりうっかり。でもこれで貸し借りなしですね」


「自分で言った手前、しょうがないか……」


 涙目でぐぬぬと悔しがるレオフリックに、アーティはやってやった感満載の笑顔を向けた。

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