第八話 思い出の魔法

 護衛任務1日目の夕方。予定していた野営地に到着し、そこで一晩滞在することとなった。


 馬車が止まりドアが開く。聖女の付き人である少年が降りてくる。そして中にいる聖女の名前を呼び、手を差し出して降りてくる聖女を支える。降りた後一緒に歩きに行くことを求め話伝える。


 ここまでの流れは先刻と同じ。なのでまた護衛を指差し指名してくるのだろうと思われたのだが、


「あっ、散歩に行かれるんですねー! 聖女様の護衛は私が行きますよー! よろしくお願いしまーす!」

「アーティ!?」


 少年がこちらを向いた瞬間、アーティは手を上げ、笑顔でハキハキと声を張り護衛を申し出る。その予想外なことに驚きの声をあげたのはリディだった。

 立場的にもてっきりまた自分が指名され、付いていくことになるのだろうと内心思っていたからだ。


「うるさっ! あー別に誰でもいいよ、女なら。行くよフィオナ」


 不機嫌そうに言いながら付き人の少年は聖女と手を繋いで歩き出していった。


「アーティ、あなた……」

「大丈夫でっす! 任せてくださいねー」


 心配するリディにアーティは笑ってそう言うと、二人の後ろを追いかけていく。


「あの子、失礼な行動起こさなければいいけど。でもあの神経質な付き人の子の話を聞いてて、なんで急にやる気になったのかしら?」


「せ、聖女様のことが気になっているからじゃないですかね?」

「そんな理由で!?」


「お、憶測ですけど多分……。じ、自分も付いていった方が良いですか?」


「私がいくわ。メーリックあなたは他の皆と野営の準備をお願いね。それと、このあたりだけでいいから結界石の効力と範囲の確認もね。奥の方はレオが魔具を使って勝手にやるでしょ」

「わ、分かりました」


「……仕事だから仕方ないけど、私、子供の癇癪って嫌なのよね」


 そうぼやきながら歩いていくリディだった。




「フィオナ、ここ気をつけて、転ばないようにね」

「フィオナ、僕と歩く速さ大丈夫?」

「フィオナ、疲れてない? もう少しゆっくり歩こうか?」

「フィオナ、見て、湖だね。晴れていたら景色よかったのにね」



 ……自分は一体何を見せられているのだろう?

 聖女の付き人だから聖女のことを気遣うのは分かる。けれども、あまりにもいちいち話しかけ過ぎじゃない? 話しかけられるその度にフィオナは頷いてて、首疲れないかな。それに、最初に名前を呼んでから話をするのは何で? 後ろにいるからフィオナの表情は見えないけど、絶対微妙な微笑みしてそうだなあ。


「フィオナ、だいぶ暗くなってきたね。結構歩いたし、そろそろ戻ろうか。ちょっと待ってね、今魔法書で灯りを……」


 少年はマントの中に手を入れゴソゴソと何かを探していたが、


「フィオナごめん。灯火の魔法書馬車に置いてきちゃってた。そうだ! 護衛の奴にランタン持ってこさせよう! それなら安心して歩けるよね」


「中位灯火魔法発動……」


 少年の言動を聞いていたアーティは静かな声でひとつの魔法を発動させた。

 瞬間、チカチカと輝いているビー玉サイズの光の玉が出現し、輝きを増しながら膨らんでいく。握りこぶしほどの大きさまで膨らむと、ふわっと浮かんでいき、煌々とした光が近辺一帯を明るく照らし出していた。


「魔法書を使わずに灯火を……? それもあんな大きさで精度の高いものを……?」


 驚きを隠せないでいる少年と、その隣でびっくりした顔をしている聖女。アーティは二人に躊躇うことなく近寄ると、軽く会釈をし、


「えー、わたくしは麗しき聖女様の護衛ゆえに、差し出がましいとは思いましたが、このような暗闇の中、足場があまりよろしくない場所もあるので、そのような道を聖女様が歩かれるのはものすごーく危険かと考えて、僭越ながらお粗末でありますが灯りをご用意させていただきましたー」


 過剰でおかしな敬語をニコニコと笑顔で話すアーティ。視線はずっとフィオナに向けられている。


 ――この魔法、フィオナのおかげで使えるようになった思い出の魔法だよ。覚えてるかな?



 灯火魔法は旅の時に重宝するから必ず修得するようにって師匠から言われて初めて知った生活魔法の一つ。でも覚えようと頑張ったんだけど、いつまで経っても何故か出来なかったんだ。

 師匠も私にはこの魔法を使える適正はあるのに、何故修得できないのか悩んでたっけ。それまで師匠から教わったどの魔法も割とすんなり覚えることができていた。だから余計にどうやってもできない事が意味わからなくて、悔しくて悲しくなって、その感情を自分一人で抱えるのに耐え切れなくなり、泣きながらフィオナに会いに行って、夜の夜中思いっきり感情を吐き出した。


 まあ、あんな風にフィオナに泣きついたのは初めてではなかったけどね。その度にフィオナの優しい慰めに何度救われたことか。


 散々泣いてスッキリ目覚めた私に、フィオナは私が発動させれる方法を考えてくれていた。そしてものすごーく丁寧に、わかりやすく教えてくれたんだよね。

 灯火魔法の認識は、ただ単に光ってる玉を出現させて照明代わりに使う無害な生活魔法の一つだと思っていた。でもそうじゃなかったんだよね。

 元は光を使った目眩し魔法や、光の矢で敵を貫く攻撃用の光魔法がベースとなってるとのこと。当時の私は戦闘用の目眩し魔法を既に修得していたので、その目眩し魔法の威力や効力を調整しながら、魔力変換をうまーく整合すれば灯火魔法が出来る様になるのではないかと説明を受けた。

 説明を受けて頭では理解したけども、戦闘用の魔法を無害な生活魔法になんて流石にすぐすぐ出来るものではなかった。何度も何度も挫けそうになった時、フィオナは1番近くで励ましてくれた。   

 初めて発動させることができた時には一緒に泣いて喜んでくれたんだ。


「さあ、聖女様方、戻りましょうか」

「うるさいっ! 距離が近い! 余計な真似を!」


「聖女様の安心安全のためでしたので、ご了承くださいませ」


「もういい! フィオナ、戻るよ!」


 怒りの表情と態度を見せて、少年は聖女の手を引っ張り来た道を戻って行く。引っ張られながらも聖女は振り返り、アーティを見つめる。

 ずっとフィオナを見ていたアーティは目が合うとすかさずにかっと笑い、腕を前方に伸ばしてピースサインを作って見せた。


 付き人の少年に、危ないから前を向いて歩いてと言われて視線が離れる数秒の間、自分に向けられた親友の微笑みに目頭が熱くなるのを感じた。


「灯りを出す魔法なんて初めて見たわ。あなたってほんとすごいわねぇ」


 アーティの後ろからリディが感嘆しながら話しかける。


「血反吐吐きそうになりながら必死で修行して修得しましたからー。それにその道のプロに教わったおかげですねー」


「そうなのね。それにしても、ふふふっ、あの付き人の子の驚いた顔とか悔しそうな顔とか……。あれ見たらすーーっとしたわー」


「え? リディさん?」


「仕事だから割り切って冷静に対応してたけど、あの子が一方的にギャンギャン罵ってきたこと、私、よっぽど根に持ってたみたい。ここだけの話ね」


「隊長職は大変ですねー。無理しないで下さいねー」


「ふふっ、ありがとう。さっ、私たちも戻りましょう」


「はいっ。あー、そういやあいつ、自分が灯火魔法出せないからって護衛のやつにランタン持ってこさせようなんて言ってました。正直腹が立ちましたよー」


「ストレス溜め込まないようにしていきましょうね。悩みや愚痴は吐き出した方がいいわよ」


「そうですねー。今のストレスの原因に私をずっと違う名前で呼んでくる人がいるんですがー」


「あいつのことね。あれはどうしようもないわ。大体昔から……」


 歩きながら雑談をする二人。戻るまでの間ずっと会話を楽しむアーティたちであった。

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