第七話 まだ伝えられない言葉

「それじゃあ行ってくるわね」


 リディはそう言うと、先を歩いていく少年と聖女の後についていった。


「が、凱旋パレードで見かけた時も思ったけど、せ、聖女様ってすごく綺麗な人だよね。アーティはどう思った?」

「…………」


「ア、アーティ? ど、どうかした?」

「…………」


 ただただ呆然と立ち尽くすだけのアーティにメーリックは話しかける。しかし全く反応をみせない。


 

 確実にフィオナと目が合ったよね。私のことわからなかった? もしかして忘れちゃった? ううん、そんなことないよね。でもどうしよう。胸がギューっとなって苦しいな。なんだか心が痛くてしんどいや。


「お疲れ〜、女神ちゃん、メーリックも」

「お、お疲れ様です、レ、レオ隊長」


「聖女様のとこにはリディの他にリンドルにもお願いした。二人とも、休める時にはちゃんと休んでおくんだよ」

「は、はいっ」


「どした〜女神ちゃん? すげー顔になってっけど」


「何でもないです。向こうで休んできます……」


 よろよろとおぼつかない足取りでアーティはその場から離れて行く。その様子を見ていたレオフリックはメーリックの肩に手を乗せて話す。


「メーリック、彼女のこと見てやってくれ。頼むな」

「わ、分かりました」


 メーリックは返事を返すと一礼し、アーティを追いかけていった。



 

 姿を隠すかのように、一本の大きな木の裏側にアーティは一人小さく縮こまって座っていた。


「祝福の力よ傷を癒せ、回復魔法発動……」


 自分に対しアーティは魔法を発動させると、パァっと回復魔法特有の柔らかな浅緑色の光が体を包み込む。


「清らかなる恵み、癒しの躍動を、中位回復魔法発動……、清浄の光、不浄を照らし邪を解き放て、状態異常回復魔法発動……」


 立て続けに次々と治癒系の魔法を発動させていく。その度瞬時光が発生し、一定時間経過後静かに消えていった。


「どれも効かないや。当たり前だけど」

「ア、アーティどこか怪我してたの!?」


「……メーリック、どこも怪我はしてないから安心して。ここ、座る? 休も」


 促され、メーリックはアーティの横に腰を落とした。


「だ、大丈夫なら良かった。ア、アーティは回復魔法の他にも状態異常回復魔法も使えるんだね。す、すごいね」


「うん、ありがと」


 アーティは力なく言うと黙り込んでしまう。しばらく沈黙していたがメーリックが口火を切り喋り始める。


「あ、あのねっ、と、討伐部隊の仕事の話は聞いてたの。じ、自分としては女の子が入団してすぐその部隊に配属されたことにびっくりしたんだ。あの部隊は傭兵団の中でも熟練の人たちばかりだから。そ、その中でもアーティは戦闘スキルが誰よりも優れてて、どんな凶暴な魔物も一撃で倒す見事な剣捌きの戦いのめが……」

「ストーーップ! その先の言葉は禁止ー! ダメダメー! 言うのなしー!」


 最後の言葉を言わせまいと体の前で両腕を交差させ、全力でバッテンを作ってみせた。


「ふ、ふふっ、ふふふっ。あ、焦った顔のアーティちょっと面白い。ふふふっ」


「そんなに面白いの? 今の私の顔?」

「う、うんうん、ふふっ」


「もー笑いすぎだよー。でもそーんな笑顔爆発中のメーリックはやっぱりすっごく可愛いよ」

「か、可愛いだなんて……。う、嬉しいな」

「真っ赤になってもかわいーね」


「あ、ありがとう。ア、アーティやっと笑顔になったね。よ、よかった」


「もしかして私、心配させちゃってた?」


「う、うん。あ、あの聖女様の付き人を見てからアーティの様子がおかしいなって思ってた。し、心配してたよ」

「ごめんーっ、ほんとにごめんねー! でもメーリックと話をして笑ったから心晴れ晴れだよ!」


「ね、ねえアーティ」

「ん?」


「ひ、一人で抱え込まないようにね。こ、心の痛みは回復魔法では治せないのだから。た、頼って欲しいな。だ、大事な仲間なんだから」


「メーリック……」


「よ、様子が変わった理由聞いてもいい? 話したくないなら無理には……」



 呆然となって心がしんどくなった理由。やっと会えた親友の名前を呼べなかったことがショックだったから。


 さっきの再会の場面を思い出してみると、フィオナには会えた。会うことができた。名前を呼んで近くに行って話をしようとしたけどできなかった。できなかったことで悲しい気持ちになり落ち込んだ。そのせいで仲間に心配をかけてしまった。なぜできなかったのか?


「あいつのせいじゃん」


 ふつふつと怒りの感情が湧き上がってくる。聖女の付き人なのに親しげに名前で呼んでたな。しかも呼び捨てで。フィオナは優しいから気にしないんだろうけど、私は気にするよ。


 冷静になって考えたら、さっきのタイミングで声をかけようとしたのはよろしくなかったかも。感情のままに行動しようとするのは私の悪い癖だ。

 師匠からフィオナと私の関係性のことは、できればあんまり公に知られない方が良いって言われてたのを思い出した。それから勇者の姉ということも同様で、むやみやたらに話を広げるなって釘刺されたっけ。理由は、その関係性を悪意ある人間が利用するかもしれないからとかなんとか。


 今は仕事中だし、護衛対象に対して気軽に話しかけるのは多分良くないね。傭兵団団員として、あの憎たらしい赤髪の聖女の付き人に悪い印象を持たれないようにしないといけない。


 それらを踏まえて導き出した答えは、出来るだけ人目を避けてフィオナに話しかけることにしよう。だって伝えたい言葉があるから。

 魔王討伐から帰って来た時真っ先に言いたかった『お疲れ様、頑張ったね』って。まだ言えてない、言えてないんだよ。時が来るのを待とう。必ず機会は訪れる、って信じてる。


 それにしても一人で勝手にショック受けて落ち込むなんて、らしくない、らしくないね私。そういえば私の様子が変わったのは付き人を見てからってメーリック言ってなかった?


「理由違うよっ! 全然違うからねっ! 原因あいつじゃないよっ!」

「え、えっ!?」


 急に早口でまくし立てられて困惑しているメーリックに、アーティは一回深く深呼吸をし、遠い目をして穏やかな口調で話していく。


「聖女様の美しさに魅了されたのが理由だよ。それでダメージ受けた気がして回復魔法を使ってたんだ」


 我ながら随分苦しい言い訳だ、と思いつつも全くの嘘じゃないからいいよね、と自分に言い聞かせる。


「そ、そうだったんだ。じ、自分僧侶職だから次は回復任せてね」


 疑うことなくにっこりと笑顔で言葉を返してくるメーリックに、内心罪悪感でいっぱいになってくるアーティだった。




 アーティたちが馬車の方へ戻っていると、聖女の護衛について行ったリディの姿が見えた。


「お、お疲れ様です、リディ隊長」


「お疲れ様。二人ともちゃんと休めたかしら? もう少ししたら出発よ」


「ばっちり休みましたよー。ところで聖女様はー?」


「少し前に馬車に戻ったわ。あの付き人の子とね」


 チラリと馬車の方へ視線を向け、リディは静かに息をはいた。


「ど、どうかされたんですか?」


「どうもこうもないわね。あの付き人の子、すごく神経質みたいで」


 詳しくリディから話を聞くと、護衛のため二人の後ろについていたのだが、少しでも距離を詰めようものなら近いから離れろと言われ、離れたら離れたで護衛がそんな距離では何かあった場合どうするんだと言ってきたとのこと。

 更にレオフリックの指示でリンドルも後から来たのだが、彼を見た瞬間に、


「男が付いてくるのを許可した覚えはない! ですって。視界に入るな! なんて喚いてたわ。癇癪持ちなのかしら?」


「な、なんていうか、き、強烈ですね……」


「あー、だからリンドルさん落ち込んでいるのかー。そしてガラハさんとレオさんが励ましている、と」


 向こうの場所で実況通りの光景が見て取れた。


「今回休む場所は出来るだけ結界石がある所を選んでいるのは知ってるわよね。効力範囲の中だったから特に問題はなかったけど、一つ気になったのが、聖女様が一言も話さなかったことね。あの付き人の子がそうさせてるのか分からないけど」



 フィオナのお母さんから聞いた、フィオナが話せなくなっていた状態って治ってない可能性が高い。城の人たちがこちらで治療するっていう話からもう数ヶ月経ってるのに。声が出ないなら魔法の発動は難しいっていうか出来ないよね。そんな状態のフィオナを北の塔でどうするつもりなんだろう。


「ア、アーティってばまた難しい顔になってる」

「いやいやいやごめんメーリック! 何でもないない! 大丈夫だよ! 聖女様のこと考えてただけだから!」


「ほ、本当に何でもない?」


 うんうんと頭を上下に激しく動かすアーティ。


「あなた達いつの間にか随分と仲良くなったわね。若いっていいわね。うらやましいわ」


「そんなそんなー。リディさんの大人の色気は素敵で素晴らしいですっ! あれ? おいくつでしたっけ?」


「褒めてくれてありがと。年齢は、内緒」

「レ、レオ隊長と同じで27歳でしたよね?」


「……あいつは先月28になったのよ? 私の方がと・し・し・た。そこは間違っちゃダメよ、ねぇメーリック」


「は、はいぃ……。ご、ごめんなさいぃ……」


 微笑みながら話すリディからの謎の威圧感を受け、子犬のように震えるメーリックを見て、笑顔のままアーティは固まってしまった。

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