第六話 傭兵団としての自覚

「隊長たちー! 城からの馬車がきたようですー!」


 アーティたちと離れた場所からリンドルが大声で呼びかける。


「じゃあ、女神ちゃんたち行こうか」

「メーリック、アーティ、行きましょう」


 先ほどまで言い争いをしていた二人の隊長は何事もなかったように、その場にいる一般団員の二人へそれぞれ声をかけ移動を促し、足速に駆け出していった。


「メーリックさん行こう」

「は、はい。えっと、メ、メーリックでいいよ」

「じゃ私もアーティって呼んでね」


 メーリックの手を取り、アーティたちも馬車の方へと一緒に向かう。


「女性の対応じゃないとダメな依頼の時に動く部隊があるって聞いたことあるけど、メーリックの部隊がそうなの?」


「う、うん。い、嫌じゃない?」


「ぜーんぜん。メーリックはメーリックだし、リディさんもリディさんって思ってるから」


「あ、ありがとうアーティ」


 繋いでいる手をギュッと握り、真っ赤な顔で恥ずかしげにお礼を言われ、アーティも笑顔で更にギュッと握り返した。




 城門前で馬車は止まった。箱型の車体に付いている小窓にはカーテンがしてあるため、中の様子は分からなかった。


「我々は北の傭兵団だ。出発前に予定の確認を取りたい」


 レオフリックは馬車の前部にいるフードを深く被った御者の男に対し声をかけた。しかし御者からの返答はない。無言の時間が続くかと思われたその時、ガチャッと車体のドアが開く音がし、護衛部隊全員そちらに視線を向けた。

 ゆっくりと足を踏み出し降りてきたのは、煌びやかな刺繍がされているマントを羽織った赤髪で切長の目をした無表情な小柄の少年だった。


「あんたらが護衛してくれんのね、ふ〜ん、ま、適当に頑張って」


 降りるなりこちら側を軽く一瞥すると、髪をかき上げながら興味なさげな態度で言ってきた。


「予定の確認だっけ。あんたと話せばいい?」


「ああ。俺はレオフリックだ。順に紹介するが……」


「あー、いいよ別に。名前なんて伝えなくて結構。覚える気ないから」


「わかった。では経路と日程だが、街道を進んでいくと北の塔への分岐点がある。馬車はそこまでだ。そこからは歩きで森深い先の目的地へ向かう。休憩や野営を踏まえると、到着までの日数は4日程と考えている」


「あ、そう。で、他に話ある? って、うわっ! 何!? 顔近っ!」


 レオフリックの話を気だるげな態度で聞いていた愛想のない少年がフッと横を向いた瞬間、突如驚きの声をあげる。


「わっ! ごめんねー、びっくりさせたねー」


 同じ高さの目線、鼻先は握り拳一つ分という至近距離で少年とアーティはぱっちり目があっていた。アーティがその位置にいる理由は一つ、車内にいる人物を確認するためだった。

 ドアの前から動かない少年。対面で話をし始めたレオフリック。その後ろに控えている団員たち。つい先程までアーティもそこにいたのだが、首を伸ばしたり体を揺らしたりして何とか中を見ようとするも、その場所からは全く見えず、ジリジリと移動をしているうちに少年の真横に来てしまっていたのだ。


「アーティ、こっちへ戻って」


 リディの呼び付けに不服な表情をしながらもアーティは素直に従う。


「城の方に対して失礼をしないようにね」

「はーい、すみませんでしたー」


「何か気になることがあるなら言ってね。私たちは仲間同士なのだから、出来るだけ力になるから」


「ありがとうです、リディさん」


 ――仲間同士、力になる。


 リディからの言葉に自分の中に今ある気持ちを伝えて共有してもらいたい、そんな考えが一瞬よぎった。

 聖女とは親友で何年も会ってなくて、今日やっと会えるのが嬉しくて、ずっと心待ちにしていて……。なんて言えない、言わなくていい、言うことでもない。

 傭兵団の隊長職という立場故、下の者を案じて言ってきたことくらい分かる。だけど心からの優しさも確かに感じた。


 そして自覚し直す。自分は北の傭兵団の団員の一人として、仕事をするためにここにいることを。

 依頼主の評価によって次に仕事がもらえるかどうかが左右されることもある、との団長の話を思い出す。ましてや今回の依頼主は国であり、民間の傭兵団にとっては大切にしたい顧客なのだ。自分の感情を優先してしまった先程の行動がいかに不適切だったかということに、今更ながら後悔の念が押し寄せてくる。



「申し訳ない、失礼した。新人なもので」


「あっそっ! 新人の躾くらいちゃんとしとけよ! あーもー話は終わり! 後はそっちのいいようにして!」


 ぷりぷり怒りながら少年は車内に戻っていった。


「じゃあみんな、行くとしようか。隊列は変更なくて良いね、無事に依頼を遂行しよう。よろしく頼むよ」


 レオフリックは振り返えると空気を変えるかのように爽やかさ全開で団員に声をかけてきた。


「あの坊主、あんなに怒ることかあ?」

「聖女様の付き人1名が同行すること聞いてましたが、なんだか気難しそうな方ですね」


 ピリついていたその場の緊張感が解けると、ガラハとリンドルは感じていた思いを口に出す。


「レオさん、軽率な行動してすみませんでした」


「女神ちゃん?」


「以後気をつけます。大変申し訳ありませんでした」


 そう言うとアーティは深々と頭を下げた。


「気にしない気にしない、頭上げて。大丈夫、団員のフォローは俺の仕事だからさ。そんなことよりも……」

「……?」


「俺の女神ちゃんと顔がすっげぇ近くになるなんて……、なんてうらやましいんだ……」


「……やっぱ無理」


 アーティは瞬時無表情になり一言そう呟くと、ドン引き発言をした男からさーっと距離をとっていくのだった。




 聖女を乗せている馬車は森の街道をゆっくり進んでいた。

 馬車前方にレオフリック、後方にリディ。車体の横にはガラハとリンドル、ドア側の方はメーリックとアーティという隊列だ。城門から出発してから数時間、魔物の襲撃にはまだ一度も遭遇していない。


「もう少し先に休める場所がある! そこで休憩を取ろう!」


 先頭を歩いているレオフリックは馬車の御者含め、後ろにいる団員たちに聞こえるように伝えてきた。


 

 街道の途中途中には、休むことができるような場所がいくつもあるという。そのような場所を作ったのが魔王軍との戦いに行った騎士団の人たちなのか、気の利いた冒険者か、または旅人か、詳しいことは分かっていない。言えるのはこの街道を利用した誰かさんたちのおかげ、ということ。

 ただその場所場所によって、当たり外れがあるらしい。要は整備されているかいないかの二択。すごく良い場所だと魔物よけの結界石で囲まれていたり、飲み水の確保ができる水源があったり。そういう場所はかなりの手間と時間と労力と資金がかかったんだろうなと思う。

 そして今回街道移動時に休憩や野営する予定の所は出来るだけ良い場所を選んだとの話を聞いている。きっと聖女様のことを考えてのことだろう。やっぱり綺麗なところの方が断然いいもんね。

 

 そういえば野営した後の場所は一切の痕跡を残さないようにしておけ、って前に師匠が言ってたなあ。立つ鳥跡を濁さず、だっけ?


「ア、アーティ難しい顔になってるけど、だ、大丈夫?」


「あははー、何でもない何でもない。ちょっと考え事ー」


「な、何かあるなら言ってね。ひ、一人で悩まないでね」


 メーリックの言葉に、心の奥に沈めたはずの気持ちの共有欲が湧き出てくるが、再度押し込める。


「心配ありがとー。あっ、休憩場所あそこだねー。ゆっくり休もー」


 思案顔からパッと表情を変え、いつもの笑顔になるアーティなのだった。




 街道から森の方へ少し入った所に綺麗に整備されている開けた場所があった。ガタンッと馬車が止まるとドアが開き、先程の少年が中から出てくる。


「降りてきなよ、休憩だってさ」


 振り返りそう言うと、車内の方へ手を差し出す。その少年の手のひらにそっと重ねてくるか細く華奢な手。支えられながらゆっくりと地面に足を付け降り立つ。


 ――知ってる! 私、知ってる!


 優しく揺れるブロンドの髪、着衣している濃い色のローブは彼女の肌白さを強調させている。下を向いているため表情はまだよく見えない。


 ――間違いない! 見間違えるはずがない!


 馬車から降りてきた少女は顔を上げて周囲を見渡す。自身の目に映った人物に気付くと、目を大きく見開き、はっと息を呑んだ。


 ――ああ、やっと、やっと会えた!


 青く澄んだ瞳はアーティの姿をしっかりと捉えていた。また、アーティも同じ様に目の前の少女のことを泣きそうになるのを堪えながらじっと見つめていた。


 ――フィオナ、少し痩せたね。2年前よりすごく大人っぽくなったみたい。表情暗いけど疲れてるのかな? ちゃんとご飯食べてた? 聞きたいこと話したいことたくさんあるんだ……。


「フィオ……」

「フィオナ、大丈夫?」


 アーティは親友の名前を呼びかけようと声を発したが、彼女のことを気遣う言葉を名前と共に呼ぶ人物により遮られてしまった。


「ずっと座りっぱなしだったから少し歩いてこようよ。行こ、フィオナ」


 アーティを捉えていた聖女の視線は一瞬で声をかけてきた少年へと移る。少年の言葉に微笑みを見せ軽く頷いた。


「あー、あんたでいいや。僕たちの護衛でついて来て。距離は取ること」


 聖女に対する態度とは真逆の冷たい声と態度で少年は指を差し護衛の指名をしてきた。指を向けられ、護衛に選ばれたのはリディだった。


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