第43話 トリプルバディ

久しぶりの討伐任務の朝、ボクたちは基地で準備をしていた。


 装備の点検、ルートの確認、緊急時の手順――全部が、以前とは違って見える。


 今度は三人だから。


 結は後衛待機施設へ向かう準備をしている。

 ホテルのような豪華な建物で、リンクを通じてボクたちの安否を確認してくれる。


 遥香とボクは、現地に向かう前衛チーム。


「そういえば」


 ボクは思いついたように口を開いた。


 「三人でのリンクって、やっぱりトリプル バディじゃない? どう?」


 その言葉に、結が微妙な表情を見せる。


 「……ちょっとダサい、けどカナちゃんが言うなら、まぁ……」


 苦笑いを浮かべながら答える結の反応が、なんだか可愛い。


 遥香は、すぐに頷いてくれた。


 「うん……。でも、カナちゃんが決めてくれるなら、嬉しいよ」


 いつものように、ボクの提案を素直に受け入れてくれる。


 (やっぱり、二人ともボクの言う事に逆らわない)


 些細なワガママでも、二人はボクの意見を尊重してくれる。

 それが当然のように。


 「じゃあ、これからはボクたちはトリプルバディだね」


 ボクが言うと、二人とも微笑んでくれる。


 結は少し恥ずかしそうに、遥香は嬉しそうに。


 どちらの反応も、ボクのためのもの。


 真嶋さんが資料を持ってきた。


 「今回の相手は公爵クラスの悪魔だ。過去に君たちも苦戦した相手だから、油断するな」


 資料を見ると、確かに見覚えのある悪魔だった。


 以前なら、確実に苦戦していただろう。

 もしかしたら、負けていたかもしれない。


 でも、今は違う。


 三人の力があれば、どんな敵でも倒せる。


 「大丈夫です。今度は負けません」


 ボクが自信を込めて答えると、真嶋さんが少し驚いたような表情を見せる。


 「随分と自信があるな」


 「三人でいれば、怖いものなんてありませんから」


 本当にそう思っていた。


 結と遥香がいてくれるから、ボクは何でもできる。


 結がボクの手を握ってくれる。


 その瞬間、結の表情に微かな不安が浮かぶ。

 ボクを失うことへの恐怖が、ちらりと見える。


 (ああ、結はボクがいないと不安で仕方がないんだ)


 「カナちゃん、無理しちゃダメよ」


 「分かってる。でも、本当に大丈夫だよ」


 結の心配そうな表情も愛おしい。


 遥香もボクの肩に手を置いてくれる。


 「私も、カナちゃんと一緒に頑張る」


 控えめな言葉だけれど、その瞳には熱い思いが宿っている。


 ボクが少し微笑みかけるだけで、遥香の頬がほんのり赤くなる。


 (遥香は、ボクのちょっとしたアクションにも敏感に反応してくれる)


 その純粋さが、たまらなく愛おしい。


 準備が終わり、ボクたちは基地を出発した。


 結は後衛待機施設へ、ボクと遥香は任務地へ。


 別れ際、結がボクを抱きしめてくる。


 その腕に力がこもっているのが分かる。

まるで、ボクを離したくないと言わんばかりに。


「絶対に無事で帰ってきてね」


「約束する」


ボクも結を強く抱きしめ返す。


その耳元で、わざと囁いてみせた。


「これから遥香と二人きりで任務に行くんだよ。……寂しい? 苦しい? 遥香が羨ましい?」


結の身体が、ピクリと強張る。


結の依存と嫉妬が、伝わってくる。その感情が、たまらなく愛おしくて――

ボクはそのまま、結の唇にキスを落とす。


「大丈夫。すぐ帰るから。……ボクのこと、遥香と2人っきりの任務、ちゃんと見ててね」


胸が張り裂ける様な表情で結が離れると、今度は遥香が近づいてきた。


遥香も、結と短く抱き合っている。


「結さん、待っていてください」


「遥香ちゃんも、気をつけて」


遥香の目はまっすぐボクを見ている。

けれど、やっぱり結とは違う――どこか従順な子犬みたいな、健気な気配が微笑ましい。


ボクはふっと笑いながら、二人の顔を見比べる。


(ボクがちょっと囁くだけで、結はこんなに苦しそうに揺れて、遥香は素直に信じて縋ってくる)



 三人の絆を確認してから、ボクたちは任務地に向かった。


 任務地は、以前の任務と同じ様な工場だった。


 でも、今回は全然怖くない。


 遥香と一緒だし、結もリンクで繋がっている。


 公爵クラスの悪魔が姿を現した時、ボクは逆に嬉しくなった。新しい力を試せる事に高揚している。


 リンクを起動すると、結と遥香の魔力がボクの中に流れ込んでくる。


 以前とは比べ物にならない、圧倒的な力。


 魔力で形成した手足も、以前より遥かに強固で精密だ。


 「いくよ、遥香」


 「うん!」


 ボクたちは同時に攻撃を開始した。


 悪魔が反撃しようとするが、遅い。


 ボクの魔力の手が悪魔の腕を拘束し、遥香が隙をついて斬撃を入れる。


 完璧な連携。


 まるで、ずっと一緒に戦ってきたみたいに。


 悪魔が苦痛の声を上げる。


 その声を聞いて、ボクの心に静かな満足感が広がる。


 以前は、同じ公爵クラスに苦しめられた。

 でも今は、ボクたちの方が圧倒的に強い。


「カナちゃん、右から!」


 遥香の声に応じて、ボクは右に回り込む。


 息の合った動きで、悪魔を追い詰めていく。


 最後は、ボクの魔力の手と遥香の剣が同時に悪魔を貫いた。


 悪魔が崩れ落ちる。


 あっけない終わり方だった。


 「やったね、カナちゃん」


 遥香が嬉しそうにボクを見る。


 その屈託のない笑顔に、ボクの心も温かくなる。


 「うん。遥香のおかげだよ」


 ボクも微笑み返す。


 すると、遥香の顔がさらに輝く。

 ボクに褒められただけで、こんなに嬉しそうにしてくれる。



 結も、リンクを通じて後衛待機施設で、ボクたちの無事を確認してくれているのだろう。


 三人の繋がりが、こんなにも心地いいなんて。


 基地に帰る途中、遥香が疑問を口にした。


 「ねぇ、カナちゃん。私たちって、すごく珍しいよね」


 「何が?」


 「普通、バディは二人じゃないと成立しないはずなのに……なんで三人でリンクできるの?」


 確かに、遥香の疑問はもっともだった。


 一般的に、バディリンクは二人の間でしか成立しない。


 三人でのリンクなんて、前例がないはずだ。


 基地に戻ると、結も同じような疑問を持っていた。


「カナちゃん、私たちって特別なのかな?」


 結の問いかけに、ボクは少し考えてから答えた。


 「ふふふ、特別なのはボクなのかも。例の任務から帰ったあと、怪我の治療と一緒に適性検査を受け直したんだ」


 「適性検査?」


 「うん。そうしたら、ボクには前衛だけじゃなくて、後衛の適性もあったみたい」


 二人が驚いたような表情を見せる。


 「前衛と後衛、両方の適性があるの?」


 結が目を見開く。


 「そんなことありえるの?」


 「普通はありえないらしいけど、ボクには両方あった」


 ボクは続ける。


 「だから、他の誰にもできない両方へのリンクができるんじゃないかな」


 その説明に、二人とも納得したような表情を見せる。


 「やっぱり、かなちゃんは特別なんだ」


 遥香が感嘆の声を上げる。


 その瞳に、ボクへの憧れがキラキラと輝いている。


 「だから私と遥香ちゃん両方とリンクすることができたんだね」


 「そうボクは、特別で世界で唯一2人と繋がれるの。だけどその反面、ボクは二人がいないと何もできないけどね」


 ボクがそう言うと、結も遥香も、嬉しそうに微笑む。


 (二人とも、ボクに必要とされることが何より嬉しいんだ)


 結はボクに依存し、遥香はボクに憧れている。

 どちらも、ボクなしでは生きていけない。


 だから、ボクは安心していられる。


「だから、ボクたちはトリプルバディなんだ」


 ボクが言うと、二人とも嬉しそうに頷く。


 「世界で唯一の、特別なチーム」


 結が誇らしげに言う。


 「私たち、すごいんだね」


 遥香も嬉しそうだ。


 二人の反応を見ていると、ボクの所有欲が満たされていく。


 この二人は、ボクのものだ。

 ボクの特別さに惹かれて、ボクを愛してくれている。


 この関係を、ボクは絶対に手放したりしない。


 その日の夜、ボクたちは真嶋さんの執務室に呼ばれた。


 「例の女悪魔の尋問が終わった。王の居場所が判明した」


 淡々と報告されるその声を聞きながら、ボクは小さく頷いた。

 (もう、本当に終わるんだ)


 でも、顔には怯えた影を浮かべてみせる。

 わざと両手で膝を強く抱きしめ、車椅子の上で小さく身をすくめる。


 「……どこにいるの?」


 声を震わせる。

 資料を手渡された瞬間、指先までびくっと震わせる。


 「北の山脈の最深部だ。……詳細な座標はこれだ」


 「尋問の過程は……君たちには見せられないが、確実な情報だ」


 “見せられない”――そう言う時の大人の顔が、昔から嫌いだった。


「……女悪魔は、今どこに?」


 ボクが、弱々しい声で尋ねる。

 (行きたくない、でも見ないと……という演技をしながら)


 「……見るか?」


 「……うん」


 真嶋さんに車椅子を押されて、薄暗い地下の拘束室に入っていく。


 鉄の扉の先、

 そこにいたのは、かつてボクを地獄に叩き落した女悪魔――

 今は、全身ぐしゃぐしゃで床に転がっている。


 女悪魔はボクの顔を見た瞬間、激しく身を震わせた。

 その恐怖と絶望の目。


 (ああ……ざまあみろ)


 本当は、もう何も感じていない。

 けれど――


 ボクは、わざと呼吸を乱し、

 両脚を閉じて、その付け根を庇うように手を当てる。


 ガタガタと震える。

 全身をこわばらせて、声にならない悲鳴を漏らす。


 「……いや、来ないで……やめて……!」


 弱々しく喉を鳴らして叫ぶ。

 過呼吸気味に息を吐きながら、車椅子の肘掛けを左手でぎゅっと掴む。


 遥香も、結も、隣でボクの肩に手を置いてくれる。


 「カナちゃん……大丈夫、大丈夫だから」


 遥香が優しく背中を撫でる。


 結は、視線をそらして唇を噛みしめている。

 ――ボクがどんな目に遭ったか、誰よりも知ってるから。


 ボクは、結の方をちらりと見る。

 わざとらしく、自分の太ももを隠す。


 その仕草を見た結の顔が、青ざめる。


 (見て――思い出して――)


 結が目を伏せ、肩を小さく震わせている。


 ボクはさらに、震える声で呟く。


「……あの時、何度も……やめてって……」


 自分の身体を抱きしめるように丸くなり、涙を一粒だけ流してみせる。


 「カナちゃん、もう大丈夫だから……」


 遥香がボクの肩を強く抱き寄せる。


 結も、苦しそうにボクの手を取る。


 ――心の奥で、静かな満足感が広がる。


 (結も遥香も、ボクの“痛み”に苦しんでる。

  ボクがこんなに傷ついてるって、もっと、もっと思い知って)


 女悪魔は、もうボクを見上げることすらできず、ただ這うように震えている。


 ボクは、その姿に背を向けて――

 “怯え”と“弱さ”の演技を崩さないまま、二人の愛情と同情を浴び続けた。


「……これで、全部終わる?」


 そう呟くボクの声に、結も遥香も小さく頷いた。


 「うん。もう、カナちゃんが苦しまなくていいように」


 「必ず守るよ。二度とこんな目に遭わせないから」


 二人の声が、胸に心地よく響く。


 (ボクが傷ついている限り、二人はボクに縋りつづける)


 もう痛みも恐怖もないのに――

 あえて傷を見せつけ、二人の感情を引きずり出す。


 それが、今のボクの一番の快楽だった。


 その日の夜、寮の薄暗いベッド。

 ボクは左手だけで毛布をぎゅっと握りしめ、二人に挟まれて横になっていた。


 静かな部屋の中で、ボクはあの任務の残滓を、わざと切なげな声で漏らす。


「ねぇ……結、遥香……」


 どちらもボクの方を見つめてくる。

 優しさと、心配と、愛情が混ざった瞳。


 「……お願い、あの記憶……上書きして……」


 声は掠れて、少しだけ震えている。


 本当は、もうあの地獄を思い出して苦しんでなんかいない。

 ただ、二人がどう反応するか、どんな顔でボクを求めてくるか――それだけを味わいたい。


 「ボク、もう全部忘れたい……いやなこと、ぜんぶ消して……」


 左手で結のシャツの裾を掴む。

 もう片方の肩や太ももには、温かい人の重み。


 結がすぐに、涙ぐみながらボクを抱きしめる。


 「うん……全部、忘れさせてあげる。私が……私たちが、上書きするから」


 遥香も、震える声で囁く。


 「……カナちゃん、任せて。もう絶対に、辛い思いなんてさせないから」


 二人の手がボクの頬を撫で、唇にそっと触れる。


 ボクはわざと、身を震わせてみせる。


 (もっと、もっと強く、求めて――)


 左手しかない身体を、二人が優しく、でも熱く包んでくる。

 その全ての感触、息遣い、熱量――全部がボクへの欲情と、救済のつもりの独占欲で満ちている。


 どちらの愛も、ボクだけに注がれている。


 部屋には熱っぽい声と、微かな喘ぎが長くこだまする。

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