第44話 戸惑う心
朝の光が窓から差し込んで、私は自然と目を覚ました。
隣で眠るカナちゃんの寝顔を見つめながら、胸の奥で複雑な感情が渦巻く。
美しい横顔。長いまつ毛。少し開いた唇。でも、その奥に潜んでいるものを、私は知ってしまった。
昨夜も、カナちゃんは私達に「記憶を上書きして」と囁いた。か細い声で、まるで本当に苦しんでいるかのように。
そして私たちは、その言葉に従った。カナちゃんの「痛み」を癒すために、愛し合った。
でも——
時々、カナちゃんの表情に混じる、あの微かな満足そうな笑み。私たちが必死になればなるほど、嬉しそに、どこまでが本心なのかわからなくなる怪しく光る瞳。
それが錯覚なのか、それとも——
「おはよう、結」
カナちゃんが目を開けて、いつものように優しく微笑んでくれる。
「おはよう、カナちゃん」
私も自然に笑顔を作る。
でも、心の奥では小さな恐怖がちりちりと燃えている。この人は、本当に私の知っているカナちゃんなのだろうか。
隣のベッドで、遥香ちゃんがもぞもぞと身を起こす。
「おはようございます、結さん、かなちゃん」
眠そうな声で、いつものように丁寧に挨拶してくれる。
その屈託のない笑顔を見た瞬間、私の心に暗い感情が湧き上がる。
(この子さえいなければ)
カナちゃんと私だけの世界だったのに。
この子が現れてから、すべてが複雑になった。
三人でのリンクなんて、必要なかった。
私だけで十分だったのに。
「おはよう、遥香ちゃん」
表面上は、いつものように優しく挨拶する。でも、心の奥では殺意にも似た感情が渦巻いている。
この子がいなくなれば、カナちゃんは私だけのものに戻る。そう思うと、手が震えそうになる。
朝食の準備をキッチンでしていると、遥香ちゃんが隣に立った。
「結さん、今日はパンケーキを作りませんか? カナちゃん、甘いもの好きですし」
その提案に、私の心は激しく反発する。
カナちゃんの好みを知っているのは私だ。この子に指図される筋合いはない。
「そうだね。いいアイデアだと思う」
でも、表面上は賛成する。ここで拒絶したら、不自然だから。
パンケーキを焼きながら、遥香ちゃんが楽しそうに話しかけてくる。
「結さんって、本当に料理上手ですね。私、憧れちゃいます」
その言葉に、微妙な違和感を覚える。
憧れ? それとも、嫌味か何か?
「ありがとう。でも、遥香ちゃんも十分上手だよ」
社交辞令を口にしながら、遥香ちゃんの横顔を盗み見る。
この子の無邪気な笑顔が、時々恐ろしく見える。計算しているのではないかと疑ってしまう。
すると、遥香ちゃんが突然私の方を向いた。
「結さん……あの……」
何か言いにくそうにしている。
「何?」
「実は、私……かなちゃんだけじゃなくて、結さんのことも、好きなんです」
その告白に、私の世界が一瞬停止する。
好き?
私のことを?
「カナちゃんへの想いとは全然違うんですけど……でも、結さんを見ていると、胸がドキドキして」
遥香ちゃんが恥ずかしそうに俯く。
私の心は激しく混乱する。
(この子が、私を? カナちゃんを奪って独り占めしていた私を?)
嫌悪感が最初に湧いてくる。遥香ちゃんのせいで私だけのものでなくなったのに。カナちゃんの関心を引いている張本人が、今度は私まで——
でも、同時に別の感情もある。
今のカナちゃんから向けられるどこか歪な感情とは違う、純真な好意。
その純粋さが、少し前のカナちゃんみたいで……
自分でも理解できない。憎い相手のはずなのに嬉しく思っている自分に。
「ごめんなさい。こんなこと言われても困るだけですよね」
遥香ちゃんが慌てて謝ろうと頭を下げる。
そして頭を上げたその瞬間、遥香ちゃんの顔が私のすぐ近くにある。
気がつけば、遥香ちゃんの唇が、私の頬にそっと触れていた。
「え……」
私は驚いて硬直する。
「ごめんなさい、つい……」
遥香ちゃんが真っ赤になりながら謝る。 私の心は嵐のように混乱する。
拒絶したい。この子の想いなんて、迷惑でしかない。
でも——なぜか、心拍数が上がっている。頬に残る、微かな温もり。
自分の反応が理解できない。憎んでいるはずなのに。邪魔だと思っているはずなのに。
「遥香ちゃん……」
「本当にごめんなさい。忘れてください」
遥香ちゃんが慌てて距離を取ろうとする。
でも、私は——彼女の手首を掴んでいた。
「待って」
自分でも信じられない行動。なぜ、引き止めたのか。
遥香ちゃんが驚いたように私を見つめる。
「結さん……?」
その瞬間、カナちゃんの声が響いた。
「結、遥香、朝ごはんまだ?」
私たちははっと我に返る。
遥香ちゃんが慌てて手を離し、私もパンケーキに集中するふりをする。
でも、心の奥では激しく動揺していた。
なぜ、遥香ちゃんを引き止めたのか。
なぜ、あのキスを拒まなかったのか。
自分の気持ちが分からない。
朝食のテーブルで、私は混乱していた。
カナちゃんが楽しそうにパンケーキを食べている隣で、遥香ちゃんは少し俯き加減。
そして私は、自分の感情を整理できずにいた。
遥香ちゃんのことを、憎んでいると思っていた。
遥香ちゃんとがいなければカナちゃんを独り占めでしていたのに。
でも、あの告白を聞いて——なぜか、胸の奥が苦しくなった。
それが何を意味するのか、分からない。
分かりたくない。
「結、顔赤いよ? 熱でもある?」
カナちゃんが心配そうに私を見つめる。その視線の奥に、何か探るような光を感じる。
まさか、気づいているの?。
「大丈夫。ちょっと暑いだけ」
慌てて誤魔化す。
でも、カナちゃんの目は鋭い。
私の動揺を見抜いているような気がしてならない。
午後、カナちゃんが昼寝をしている間、遥香ちゃんと二人きりになった。
リビングのソファに座りながら、先ほどのことを思い出す。
遥香ちゃんも私のことを……
この子はカナちゃんだけを愛していればいい。いや、カナちゃんにそんな感情を向けていいのは私だけ……
私に関わってくるな。
「結さん、さっきのこと、忘れてください」
遥香ちゃんが申し訳なさそうに言う。
「突然あんなことして、本当にごめんなさい」
その言葉に、私の心は複雑に反応する。忘れろと言われても、忘れられない。
でも、忘れるべきだ。この子の想いなど、受け入れるわけにはいかない。
「大丈夫、気にしてないから」
冷たく答える。でも、遥香ちゃんは諦めない。
「でも、嘘は言えません。結さんのこと、本当に素敵だと思ってるんです」
遥香ちゃんがまっすぐに私を見つめる。
「カナちゃんへの想いとは全然違います。カナちゃんは……命よりも大切な方です。どんな形でも、生きていてくれるだけで幸せなんです」
その言葉に、私の心は激しく揺れる。
(そんなに、カナちゃんを愛してるの?)
嫉妬と怒りが込み上げる。その愛情は、私だけのものだったのに。
「でも、結さんにも……恋心みたいな憧れを感じるんです」
遥香ちゃんが恥ずかしそうに続ける。
「ドキドキして、もっと知りたくて、触れたくて……」
その言葉に、私の心臓が跳ねる。
触れたい? 私に?
「もう一度だけ……お願いします」
遥香ちゃんが私に近づいてくる。
拒絶するべきだ。この子の想いを受け入れるわけにはいかない。
でも——私は身動きできなかった。
遥香ちゃんの手が私の頬に触れる。
柔らかくて、温かくて——そして、遥香ちゃんの唇が私の唇に触れた。
(だめ……)
頭ではそう思うのに、身体は拒否しない。
なぜ?
この子を憎んでいるはずなのに。なぜ、この温もりが心地いいのか。
キスが終わると、遥香ちゃんが涙ぐんでいた。
「ありがとうございました……」
その言葉に、私は混乱する。
「遥香ちゃん……」
「もうしません。これで十分です。そう思ってました。でも」
遥香ちゃんが微笑む。
「キスされた結さんの顔が、可愛い過ぎて。これで終わりになんか出来ません。それに……私と結さんが仲良くしてれば、かなちゃんも喜ぶと思うんです」
でも、その笑顔の奥に寂しさが見える。
私の心は、さらに混乱する。しかし妙に納得するそうカナちゃんは、きっと私がいろんな感情でぐちゃぐちゃになるのを見てきっと喜ぶ。遥香ちゃんはきっと違う意味で言っている、なのにその一言が核心をついていた。
憎しみと、微かな愛情が混在している。どちらが本当の気持ちなのか。
でも、確実に言えることがある。
この子がいなくなれば、カナちゃんは私だけのものに戻る。でも、きっと遥香ちゃんがいなくなったら絶妙バランスで成り立っているカナちゃんの心はもう元には戻らない。
(……それもいいなぁ)
いけない妄想に囚われていた自分に、ハッとする。だめカナちゃんの笑顔、幸せが1番なんだから。
でも、夕食の時も、お風呂の時も、遥香ちゃんのキスの感触が頭から離れない。
そして、カナちゃんを見るたびに罪悪感が湧いてくる。
でも、同時に別の感情もある。遥香ちゃんから向けられる無垢な好意に対する、複雑な満足感。
それらが混じり合って、私の心を支配している。
夜、三人でベッドに横になった時、カナちゃんが私に囁いた。
「結、今日何があった?」
その言葉に、私の心は凍りつく。やはり、気づいているというの?
「何も、特別なことはなかったよ……」
嘘をつく。
でも、カナちゃんの目は疑い深い。
「本当に? 遥香とのキス、どうだった?」
その言葉に、私の世界が崩壊する。
知っていた。やはり、カナちゃんは知っていた。
「カナちゃん、私……」
「怒ってないよ」
カナちゃんが微笑む。
でも、その笑みは以前のものとは違う。
冷たくて、計算的で——
「むしろ、素敵だって思ってる」
素敵?
「結が遥香に愛されて、でも罪悪感を感じてる。その複雑な感情が、すごく……魅力的」
カナちゃんの言葉に、私は戦慄する。
魅力的? まるで私の苦悩を、楽しんでいるかの様な言いぐさ。
「でも、ボクにはなにも隠す必要はないよ。ボクは結の全部を受け入れるから」
その優しげな言葉の裏に、恐ろしいものを感じる。
受け入ける? それとも、支配する?
「ねえ。今度は、ボクの前でキスしてよ」
カナちゃんの提案に、私は絶句する。
カナちゃんの前で? 遥香ちゃんと?
「見てみたいんだ。結が他の人にも愛される様子を」
その言葉に、私の心は混乱する。
嫌だ。でも、カナちゃんが望むなら——
私は、もう自分の意志で決められない。カナちゃんの言葉に従うしかない。
たとえそれが、どんなに屈辱的でも。
カナちゃんに言われた事ならなんでも嬉しくなってしまう。求められればなんでもしたくなってしまう。そんな自分が、一番怖い。
もう後戻りはできない。
この歪んだ愛の中で、私は生きていくしかない。
カナちゃんに操られながらでも、遥香ちゃんに愛されながらでも。
それが、今の私の現実だから。
一週間後、私たちは訓練場にいた。
王討伐に向けての最終準備。
でも、私の心は戦いのことよりも、この複雑な関係のことでいっぱいだった。
カナちゃんのお願いは、日に日にエスカレートしていく。
遥香ちゃんとのキスを見たがり、私たちの会話を聞きたがり——
そして、その度に満足そうな笑みを浮かべる。
私は完全に、カナちゃんの手のひらの上で踊らされている。
でも、それでも離れられない。
この歪んだ愛が、私の全てだから。
遥香ちゃんも、私への想いを隠さなくなった。
でも、それは浅い恋心にすぎない。
カナちゃんへの圧倒的な愛情に比べれば、取るに足らないもの。
それが分かっているから、余計に苛立つ。
私へのその程度の想いで、カナちゃんとの関係を複雑にするな。
そう思いながらも、遥香ちゃんのキスを拒めない自分がいる。
三人の関係は、もはや元には戻れない。
どこに向かっているのかも分からない。
でも、それでも一緒にいたい。
地獄への道でも、一人で歩くよりはずっとマシ。
明日から、本格的な戦いが始まる。
この歪んだ愛を抱えながら、2人は戦場に向かう。
生きて帰れるかどうかも分からない。
でも、それでも——三人一緒ならきっと大丈夫。
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