第42話 小さな幸せ
朝日が部屋に差し込んで、私は自然と目を覚ました。
共同生活を始めて一週間。
この部屋で過ごす朝の時間が、私は本当に好きになっていた。
隣のベッドでは、結さんがカナちゃんの朝の支度をしてくれている。
カナちゃんは車椅子に座って、左手だけで結さんが差し出すコップを受け取ろうとしている。
でも上手くいかなくて、少しこぼしてしまう。
「あ、ごめん結……」
「大丈夫よ、カナちゃん。ゆっくりでいいから」
結さんが優しい声で言いながら、タオルでカナちゃんの服を拭いてあげる。
その光景が、とても微笑ましい。
(本当に結さんはすごいな……)
カナちゃんの世話を、こんなに自然にできるなんて。
私だったら、もっとぎこちなくなってしまいそう。
カナちゃんも、結さんにとても信頼を寄せているのが分かる。
甘えるような表情で、結さんに身を委ねている。
二人だけの、特別な時間。
私は少し気後れしながら、でも嬉しい気持ちでその光景を見つめていた。
(私も、ここにいられることが幸せ)
そう思いながら、そっとベッドから起き上がる。
「おはよう、結さん、カナちゃん」
「あ、遥香ちゃん。おはよう」
結さんが振り返って微笑んでくれる。
「おはよう、はるか。よく眠れた?」
カナちゃんも笑顔で挨拶してくれる。
「うん、ぐっすり眠れたよ」
本当だった。
この部屋にいると、なぜか安心して眠れる。
二人がいてくれるからかもしれない。
「私も何か手伝おうか?」
おそるおそる声をかけてみる。
結さんが少し考えるような表情を見せて、
「大丈夫ですよ。慣れてるので」
と微笑んでくれる。
その言葉に、胸が少しチクリと痛む。
やっぱり私は、まだ部外者なのかもしれない。
でも、遠慮してばかりいるのも申し訳ない。
「じゃあ、食器洗いと洗濯は私がするね」
「あ、ありがとう。助かります」
結さんが言ってくれる。
私は嬉しくなって、キッチンに向かった。
食器を洗いながら、二人の会話が聞こえてくる。
「今日は調子どう?」
「うん、昨日より痛みは少ないかな」
「そう、よかった。無理しちゃダメよ」
「ありがとう、結」
優しいやりとりに、私の心も温かくなる。
こんな風に、二人を見守れるだけでも幸せだ。
洗濯機を回しながら、私は小さく微笑んだ。
昼間、カナちゃんがソファで休んでいる時、結さんが彼の髪をとかしてあげていた。
私は少し離れた椅子に座って、本を読むふりをしながら、その光景をじっと眺めてしまう。
結さんの手つきは本当に優しくて、丁寧で。
カナちゃんも気持ちよさそうに目を細めている。
(結さんは本当に介護上手……)
私には真似できない。
カナちゃんのことを大切に思う気持ちは負けないつもりだけど、こんな風に自然に世話を焼くことはできない。
(カナちゃん、結さんのことすごく信頼してるんだ)
それが分かるだけに、二人の絆の深さを感じてしまう。
私がいていいのかな、と一瞬だけ思う。
でも、すぐにその考えを振り払う。
(でも一緒にいられるだけで、私は幸せ)
(二人が大好きだから)
そう自分に言い聞かせる。
二人の間に入り込むつもりはない。
ただ、そばにいさせてもらえるだけで十分。
私は立ち上がって、キッチンでお茶を淹れることにした。
何か役に立てることを探したくて、少しウロウロしてしまう。
お茶を淹れて、二人のもとに持っていく。
「お茶、どうぞ」
「あ、ありがとう遥香ちゃん」
結さんが受け取ってくれる。
「はるか、ありがとう」
カナちゃんがふと私に向かって微笑む。
その一言だけで、胸がきゅんとなる。
「ありがとう」って言ってもらえるだけで、こんなに嬉しいなんて。
私がお茶を置こうとした時、カナちゃんが左手を伸ばして、私の手に触れた。
「はるか、隣に座って」
その言葉に、私の心臓が跳ねる。
「え……でも……」
結さんの方を見ると、彼女も微笑んでくれている。
「遠慮しないで。私たちの仲間なんだから」
その優しさに、涙が出そうになる。
私はそっとカナちゃんの隣に座った。
結さんが反対側にいて、三人で並んでいる。
「はるか、髪きれいだね」
カナちゃんが私の髪を左手で優しく撫でてくれる。
その感触に、全身がぞくぞくする。
(カナちゃんが、私の髪を……)
「あ、ありがとう」
照れながら答える。
「遥香ちゃんの髪、本当にサラサラね」
結さんも私の髪に触れてくれる。
二人に同時に触れられて、私は幸せで息ができなくなりそう。
「こんな風に、三人でいると落ち着くね」
カナちゃんが言う。
「うん……私も」
結さんが頷く。
私も、心から同意した。
「私も……すごく幸せ」
三人で寄り添って座っている。
この時間が、永遠に続けばいいのに。
(……私、この部屋にいられるだけで十分かも)
でも、こんな風に二人に受け入れてもらえて、本当は十分以上に幸せだった。
カナちゃんが、私の手を握ってくれる。
結さんも、私の肩に手を置いてくれる。
三人の繋がりを、肌で感じる。
私は二人に包まれるように座って、お茶を飲んだ。
こんなに幸せな時間があるなんて、思ってもみなかった。
午後、私は沙織の遺品整理のために部屋を出た。
彼女の荷物は、まだ倉庫に保管されている。
少しずつ整理しているけど、なかなか進まない。
沙織の写真を手に取ると、涙が溢れてくる。
人懐っこい笑顔。
「はるはる」と呼んでくれる優しい声。
もう二度と、会えない。
「沙織さん……」
写真に向かって呟く。
「私、前よりずっと寂しいよ……」
でも、同時に複雑な気持ちもある。
沙織を失った悲しみは消えない。
でも、今の生活にも幸せを感じている。
それが申し訳なくて、また涙が出てくる。
沙織の日記を開くと、私のことが書いてあった。
『はるはるは、いつも頑張り屋さん。でも時々寂しそうにしてる。もっと甘えてくれてもいいのに』
その文字を見て、声を上げて泣いてしまった。
沙織は、いつも私のことを気にかけてくれていた。
そんな大切な人を失ってしまった。
でも――
(今は、カナちゃんと結さんがいてくれる)
沙織がいなくなった寂しさを、二人が埋めてくれている。
それでいいのかな。
沙織に申し訳ないかな。
でも、きっと沙織は私の幸せを願ってくれているはず。
私は写真に向かって、小さく手を合わせた。
「沙織さん、見守っていてね」
部屋に戻ると、カナちゃんと結さんが心配そうに迎えてくれた。
「遥香ちゃん、目が赤いよ。大丈夫?」
結さんが優しく声をかけてくれる。
「沙織さんの写真とか見てたら、つい……」
私が答えると、二人とも悲しそうな表情になる。
「無理しなくていいよ」
カナちゃんが言ってくれる。
「泣きたい時は泣いていいよ」
結さんも頷いてくれる。
その優しさに、また涙が出そうになる。
「ありがとう……私、二人がいてくれて本当によかった」
心から言えた。
沙織の死は悲しい。
でも、今のこの温かい居場所ができたことにも救われている。
二人が、そっと私を抱きしめてくれる。
結さんの温もりと、カナちゃんの優しさに包まれて、私の心は少し軽くなった。
カナちゃんが私の頬に触れて、涙を拭ってくれる。
「はるか、泣かないで」
その優しい声に、また涙が出てくる。
でも今度は、悲しみの涙じゃない。
「私……二人のこと、本当に大好き」
思わず口にしてしまう。
結さんが私の背中を優しく撫でてくれる。
「私たちも、遥香ちゃんのこと大好きよ」
「うん、大好きだよ」
カナちゃんも頷いてくれる。
三人で抱き合って、しばらくそのまま。
この温もりが、どれほど貴重なものか。
沙織を失った悲しみも、この二人の愛情で癒されていく。
「ずっと、三人でいようね」
私が言うと、二人とも「うん」と答えてくれた。
(この人たちがいてくれるから、私は大丈夫)
そう思えた。
夜、三人でベッドに並んで横になった。
真ん中にカナちゃん、右に結さん、左に私。
この並び方も、もうすっかり慣れた。
最初は緊張していたけど、今では自然に感じられる。
「明日は久しぶりに任務があるね」
結さんが言う。
「うん。三人で頑張ろう」
カナちゃんが答える。
「私、まだ足手まといかもしれないけど……」
不安を口にすると、二人が同時に首を振る。
「そんなことない」
「遥香がいてくれるから、私たちは強くなれるんだよ」
その言葉に、胸が熱くなる。
私も、この二人の役に立てているんだ。
カナちゃんが私の方を向いて、左手で私の頬に触れる。
「はるか、一緒にいてくれてありがとう」
その優しい声に、心が溶けそうになる。
「私の方こそ……」
結さんも私の肩を抱いてくれる。
「遥香ちゃんがいなかったら、私たちはここまで来れなかった」
三人で寄り添いながら、穏やかな時間が流れる。
カナちゃんが私の手を握って、結さんが私の髪を撫でてくれる。
こんなに愛されて、こんなに大切にしてもらって。
私は本当に幸せ者だ。
「ねえ、二人とも」
私は勇気を出して言った。
「私、本当に幸せ。こんな風に一緒にいられて」
「私たちも幸せよ」
結さんが微笑んでくれる。
「はるかがいてくれるから」
カナちゃんも頷いてくれる。
私たちは三人で抱き合った。
この温もりを、一生忘れない。
電気を消して、暗闇の中で三人並んで眠りにつく。
でも、すぐには眠れなかった。
隣で、カナちゃんと結さんの寝息が聞こえる。
私は二人に挟まれて、幸せを噛みしめていた。
眠る直前に、私は心の中でそっと呟いた。
(明日もまた三人で一緒にご飯食べて、お喋りして、頑張りたいな)
祈るような気持ちで。
そして、二人に聞こえないくらい小さな声で、
「カナちゃん、結さん、大好き」
と呟いた。
カナちゃんが寝ながら、私の手をぎゅっと握ってくれる。
結さんも、私の背中に手を回してくれる。
眠っていても、二人は私を包んでくれている。
(ああ、幸せ……)
沙織のことは一生忘れない。
大切な思い出として、心の中に留めておく。
でも、今の幸せも大切にしよう。
この二人と一緒にいられる毎日を、精一杯大切にしよう。
そう決意して、私は安らかな眠りについた。
隣で、カナちゃんと結さんも静かに寝息を立てている。
でも時々、結さんがカナちゃんの頬にそっとキスをしているのが分かる。
カナちゃんも、結さんの手を握り返している。
二人の愛情を間近で感じられて、私は幸せだった。
邪魔をしているつもりはない。
でも、こうして二人の愛を見守れることが嬉しい。
(二人とも、本当に愛し合ってるんだな)
そんな二人の間に、私もいさせてもらえる。
この穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに。
そんなことを思いながら、私は夢の中へと落ちていった。
明日も、きっといい日になる。
三人で一緒なら、どんなことでも乗り越えられる。
そう信じて。
窓の外で、星がきらきらと輝いていた。
まるで、私たちの未来を祝福してくれているみたいに。
(ありがとう、沙織さん)
(私、頑張るね)
心の中で、亡き友に向かって約束した。
三人の小さな幸せを、大切に育てていこう。
そんな決意を胸に、私は深い眠りの中へと沈んでいった。
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