第2話

 小鬼の案内で二人がたどりついたのは、ホワイト少年の家の近くにあるさびれた商店でした。店の中は薄暗く、壁も屋根瓦もつる草に覆われていて、入り口に掛かった「OPEN」のプレートがなければ営業しているとはわかりません。建物の規模から、表側が商店で裏側が住居のようです。

 二人と一匹は物陰から店の様子をうかがいました。けれど魔法使いの店を訪れる人はいっこうにあらわれません。店は道端に咲いたタンポポのように、誰にも気にとめられずにただそこにあるだけです。

「どうやって、魔法使い、たおす?」

 じっとしているのに耐えられなくなったホワイト少年は、ひそひそ声でヒューに話しかけました。

「思ったんだけどさ、別に魔法使いをやっつけなくてもいいんじゃない? この人の奥さんがもとに戻ればいいんだし。戻してくださいって頼んでみようよ」

 なるべく争い事は起こしたくないヒューは、無理だと思っても穏便な解決方法を提案します。

「それは無理でござろう。ラスターさいが素直に人形を人に戻した話は聞いたことがござらん。きゃつを脅してもとに戻させるか、もとに戻す方法聞き出すしか解決策はありませんな」

 ダメ元で出されたヒューの意見を小鬼はあっさり否定しました。しかたがなく、ヒューは一番ホワイト少年が危なくない作戦を考えなければならなくなりました。

(一人で待っててと言っても納得しないんだろうなぁ)

 ホワイト少年は期待に満ちた目でヒューを見つめます。そのとび色の瞳はこれからヒューと鬼と三人で魔法使い退治をするのだと信じきっています。

「じゃあ、僕たちが魔法使いの気を引くから、おじさん、その隙に後ろから飛び掛かってやっつけるってのはどう?」

 ヒューは少年が一人で行動するより自分と一緒にいた方が安全だと考え、二人がおとりになり小鬼が魔法使いの隙をつく作戦を提案しました。

「おまかせくだされ。この自慢の爪で、きゃつを引き裂いてくれましょうぞ」

 作戦を聞いた小鬼はすぐさま店へ向かいます。その身のこなしは猿のように身軽で、あっという間に屋根の向こう側へ見えなくなりました。

「気を引くって、何をすればいいの?」

 小鬼がいなくなるのを見届けたホワイト少年はヒューに聞きました。

「あの店にお客として行けばいいんだよ。それで、魔法使いのおじさんに話しかけて、いろいろ情報を聞き出すのさ。十五分たったら行くよ」

「うん」

 少年はヒューの言葉に素直にうなずき、もう一度小鬼が消えた屋根の向こうへ目を向けました。


「ごめんください」

「こ、こんにちは」

 十五分が経ち、ホワイト少年とヒューは魔法使いの店の扉をあけました。扉についた鈴の鳴る音が、薄暗い店内に吸い込まれます。

 明るい場所から急に暗い店内に入ったので、二人は最初、店の中の様子がわかりませんでした。しばらくして目が暗さに慣れてくると、店の真ん中に六角形の台があり、奥にカウンターが置かれていることがわかりました。カウンターの後ろには扉があり、店のさらに奥へ続くようです。

 六角の台にはたくさんの焼き物の人形が飾られています。散歩をしている老夫婦、赤ん坊を抱く母親、ゴムまりで遊ぶ子供たち、抱き合う恋人、様々な年代の人たちの人形あります。人形たちはみな、白い磁肌の上から色とりどりの釉薬で顔や服が描かれています。 窓からかすかに陽射しが差し込むと、髪や瞳や服がきらきらと輝きました。

 二人は台に飾られた人形を順番に見て回りましたが、いつまで経ってもカウンターの奥の扉から誰かが来る気配はありません。少年はだんだん不安になり、ヒューの後ろにぴたりとはりつきました。

「だれか、いませんか?」

 ヒューはカウンターの奥に向かって声をかけました。すると、ことり、と何かを置く音がし、続いてこつこつと足音が聞こえてきました。足音はだんだん大きくなり、やがてきしんだ音とともにカウンターの奥にある扉が開き、やせた老人、この店の店主のラスター斎が現れました。ラスター斎の顎には胸までとどく白いひげが生え、鼻はみごとな鉤鼻で、針のように細い目を二人に向けています。

「いらっしゃい、何が欲しいのかね?」

 ラスター斎はしわがれた声でつぶやくように二人に話しかけました。乱暴な口調ではなく、言葉の内容もふつうの商店と変わらないのに、ホワイト少年はラスター斎が怖くなり、返事をすることができませんでした。

「かあさんの、プレゼントが欲しいんです」

 黙ってしまった少年をよそに、ヒューは普段と変わらない調子で返事をしました。

「ほう、母親の」

「そうです。かあさん、動物が好きだから、動物の人形、ありませんか?」

「それなら、こちらに」

 ラスター斎は台の左側を指さしましたが、案内した方が早いと思ったのか、カウンターの中から出て台の方へ向かいます。ラスター斎が二人に背を向けたすきに、ヒューは天井を見上げました。ヒューの視線を追って天井を見上げた少年は、思わず声をあげそうになりました。いつの間にか、天井の暗がりに小鬼が潜んでいたのです。

 小鬼は音をたてずに天上を移動し、ラスター斎の後を追います。そして息をつめると「えいっ」という掛け声とともにラスター斎に飛び掛かりました。

 しかし、鬼がラスター斎に届く前に、ラスター斎がぱっと振り向き、左手を小鬼に向けながらホワイト少年とヒューにはわからない言葉を叫びました。すると、小鬼は空中で固まり翁に飛び掛かった格好のまま床に落っこちました。その様子を見た少年とヒューは悲鳴をあげそうになりましたが、いつのまにか声が出なくなっていました。それどころか逃げようとしても、砂袋をくくり付けられたように体が重くて動かせないのです。

「さて、お前さんたちの本当の目的は何かね」

 ラスター斎は細い目をさらに細くし、二人に探るような視線を向けました。ヒューの頭の中は「まずい」という言葉で埋め尽くされ、必死にこの状況から抜け出す方法がないか考えます。

「まあ、どんな目的であれ、お前さんたちはここで、」

 ラスター斎が二人の方へ足を踏み出した瞬間、ヒューは彼の足元をにらみつけ、床を水あめに変えました。思いがけず足元が不安定になったラスター斎は、そのままバランスをくずして頭からころび、そのまま動かなくなりました。

 ドタン、とラスター斎がころんだ音がすると同時に、ホワイト少年とヒューの金縛りはとけました。自由になった二人はおそるおそる魔法使いに近づき、様子をうかがいます。ラスター斎は頭から血を流し、身動きをしません。どうやら亡くなったようです。

「どうしよう、死んじゃった」

 ホワイト少年のつぶやきに答えるかのように、どこからかつむじ風が起きました。その風に乗って、ラスター斎の体は塵のようにさらさらと崩れ、体は跡形もなくなってしましました。

「どうしよう」

 ホワイト少年は再びつぶやきました。

「もう、戻す方法、聞けないね」

 ヒューはラスター斎の死体があった場所をぼんやり見つめながら、返事をします。二人はこれからどうしようと思いながら、何も言えないでいると、どこからかうなり声が聞こえました。二人がそちらを見ると、小鬼が頭を抱えながらふらふらと立ち上っていました。

「おじさん、だいじょうぶ?」

 ホワイト少年は小鬼に手をかしてやりました。

「おお、かたじけない」

「ごめんね、おじさん。もう、おじさんの奥さん、戻せない」

「そのことで、ひとつ、あなた様に頼みがあるのだが、聞いてくだされんか」

 あやまる少年の言葉をさえぎり、小鬼はかしこまった態度でヒューを見据えました。その目は虫かごの中から二人を見上げた時よりもひたむきで、ラスター斎に飛び掛かる直前の時よりも決意に満ちていました。

「え、なに?」

 突然名指しされたヒューはとても驚きました。ただならない小鬼の様子に、なんだか大変なことに巻き込まれてしまったように感じ、魔法使い退治の手伝いを引き受けてしまったことを、少し後悔し始めました。

「今しがた、不思議な力を使ったようにお見受けいたしましたが、」

「それが?」

 ヒューは見つめたものをお菓子に変えられる少し不思議な体質なのです。この体質を知られるとまわりからお菓子をねだられることが多いので、ヒューは先ほどのような緊急時以外はめったに体質を利用することはありません。

「その力を使って、やつがれとかかを一つにしてくだされんか?」

「どういうこと?」

「そこの棚の、上から二番目の段の一番左はしに、やつがれの妻がおります」

 その人形は、バケツを持ちあげようとしている瞬間をかたどられた女性の人形でした。伏せたまつ毛や、指先の爪や、踏み出した足の靴まで精巧に作られ、窓から差し込んだ光を浴びて、輪郭をほんのり光らせています。

「妻とやつがれを、先ほど床をそうしたように水あめにして溶かし、そうして一つにしていただきたいのです」

 小鬼は頭を地面にこすりつけ、ヒューに懇願しました。ヒューは迷いました。体質をむやみに利用するのはよくないという気持ちと、子供の自分に頭を下げるほど叶えてほしい願いなら叶えてやるべきかもしれないという気持ちが、ヒューの中でせめぎ合いました。

「一度やったら、元に戻せないよ。それでもいいの?」

 結局、ヒューは小鬼の願いを叶えてやることにしました。

「かまいませぬ」

 ヒューの問いかけに、鬼は毅然とした態度で答えます。

 その返事を聞いたヒューは棚から小鬼の奥さんの人形を取り上げると、小鬼をホワイト少年に持たせ、台所を探すためにカウンターの奥の扉をくぐりました。

 

 台所を見つけたヒューは、ホワイト少年に鍋を探させ、その隙に小鬼と人形を飴細工にすることにしました。なんとなく少年に小鬼をお菓子にすることを見られたくなかったからです。

「それじゃあ、いくよ」

 ヒューは台所の机の上に置いた鬼に向かって小声で言いました。

「よろしくお願い申し上げます」

 小鬼はバケツを握る人形の手に自分の手を重ね、ぎゅっと目をつぶりました。

「なべ、あったよ!」

 ホワイト少年が鍋を持ってきたときには、小鬼と人形はすっかり飴細工になっていました。

「ありがとう」

「あれ、おじさん、どうしたの?」

「もう飴になっちゃったんだよ。さ、おじさんのお願い通り、二人を一つにしなきゃ」

 ホワイト少年は先ほどまでしゃべって動いていた小鬼が作り物のように動かなくなっていることに不思議に思いましたが、ヒューの言葉で、これが一つになるということなのだろうと思いました。

 二人は鍋でお湯を沸かすと、ボールをその中にうかべて小鬼と人形の飴細工を湯せんし始めました。真っ赤な小鬼と白い人形はボールの中で次第に溶けていきます。二人の色は混ざり合い、いつしか桃色の飴ができあがっていました。

「ねえ、この飴、とってもいいにおいだね」

 飴をかき混ぜながら、ホワイト少年は言いました。ボールからは剥きたての瑞々しい桃のいい香りがただよってきます。

「この飴、妹にあげちゃダメかな?」

「いいんじゃない。あっ僕にも少しちょうだい。僕も妹にあげるから」

 二人はそんなことを話しながら、鍋をかき混ぜます。鍋からただよう香りはどんどん強くなっていきます。

「ねえ、この飴、妹だけじゃなくて、おかあさんと、おとうさんと、おばあちゃんと、おばさんと、おねえちゃんにもあげていいかな?」

「いいんじゃない。僕も、所長やマスカットさんたちにあげたいな」

 二人はそんなことを話しながら、鍋をかき混ぜます。鍋からただよう香りはどんどん強くなっていき、香りをかいだ二人の口には唾液がたっぷりわいてきました。

「ねえ、この飴、僕の家族だけでなくて近所の人にもあげていいかな?」

「いいんじゃない。僕も、学校の先生たちにあげたいな」

 飴を溶かし終えた二人は、飴を一口サイズにちぎって紙に包み、それぞれ持って帰りました。

 その後、ホワイト少年は、ヒューに言った通り、飴を家族や近所の人たちに一つずつあげました。その様子を見た少年の家の近くにある教会の神父はとても感激しました。神父は貧しい少年が惜しむことなくお菓子を配っている姿に慈愛の精神を見出したのです。神父は少年の行いが広まるよう、少年が飴を配った日をホワイトデーと名付け、毎年その日になると自分も教会のまわりに住む人々に飴を配るようになりました。これが、今日三月十四日に行われるホワイトデーの起こりだと言われています。

                                 おしまい

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ホワイトデー 午後八時 @gogo8zi

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