川西は生きている

日焼け止めスーパーアクア(ぬ~りぬり)

第1話始まりは始まっている。

俺の頭の中で誰かが囁く。

「なぁ聞いてくれよ、この世界は奇怪奇怪なんだ。誰かは死ぬし、赤子は生まれるし、巡り巡る世界なんだ。こんな世界に生まれたからには、楽しいことをしねぇとな。」

次の瞬間、俺はパッと目を覚ました。モノクロの世界に近い寒色系の視界の中、俺はただベッドから立ち上がる。洗面所の鏡には上半身白い肌着のパンツ一枚男が情けなく立っていた。

「あぁ、朝か。」

物干し竿にハンガーも通さず置きっぱなしのカッターシャツにそでを通し、うっすいスーツのズボンを履く。よれたスーツに身を包んだら、冷蔵庫に入っている飲みかけの麦茶のペットボトルを取って鞄に入れる。左手をポケットに突っ込みながら、へばりついたジップロックのようなドアを開けた。俺は家を出て鍵を閉める。鍵をかけた指先の重さがやけに今日は腕に響いた。静かに道路に出て歩き出すとすぐに騒がしい小学生たちの集団登校とすれ違った。

「昨日見た?」

「うん、見た!めっちゃウルトラジャーかっこよかった!」

「やっぱウルトラジャーは正義のヒーローだよな!」

彼らが離れていったとき俺は静かに前を向いた。『ウルトラジャーか、懐かしいな。ウルトラジャーはいつも木曜日の夕方に一人電気屋の前で見てたな。』

後ろを振り返り、無邪気に話す子供たちの姿を見送る。

『あぁ、つまりもう金曜日か。早く帰ってゲームでもするか。』俺は朝日を浴びながら、ただそう思った。。俺の名前は川西志津(かわにししず)、ただの社会人だ。今日も仕事がある。ぶっちゃけ仕事がつらいと思うときはある。特に俺がしているのは報告者のまとめや電話対応が多い。難しいわけではないが楽しいと言える仕事ではないと思う。そう考えると子供はいいよな、正義のヒーローなんかに憧れて楽しめるんだ。俺だって正義のヒーローになりたかったよ。ビームが使えたらメッチャかっこいい。それにもちろんお金はそれなりに貰えるだろうし、仕事を止めてもお金があれば、子供の頃の長期休みのような感じでゴロゴロできるのにな。

「あぁ、やっぱやめた。それだと上司に会えないな。だけど仕事は嫌だなぁ。」

俺は考えるのをやめ、一人バス停傍のベンチに座り込む。

まだ俺が乗るバスはまだ来ない。平日の毎日、俺は早めに来て一人空想にふけるようにしている。

しかし今日は違った。なぜだろう、誰かに見られている気がする。俺は静かに周りを見るが目を合うやつなどいない。おかしいなと思いつつも忘れようとした。

『そういえば仕事が嫌だと思ってたんだな。さっきはそう思ったけど、案外そうでもないかもしれない。だって俺の上司は、、、超』

そう思った瞬間だった。

「仕事なんて辞めちゃえば。」

耳の裏側まで響く子供の声で俺は確実に現実に引き戻した。

もう一度周りを見るが話しかけた素振りを見せている人などいない。

『聞き間違いか。』

俺は浮かんだ腰を下ろそうとした。

『違うよ。』脳内に語り掛けてくる何かが現れた。

『なんだ、、、。』俺は慌てて立ち上がる。刹那、周りの人間はだれ一人として動かなくなる。古い映画のように汚く黄ばんだモノクロの世界で俺は早くなった呼吸のまま左右を見渡した。俺から見て右側、少し離れている街灯の隣。そこににいたのは帽子をかぶった男の子だった。だが明らかにこの世のものではない。顔が仮面のようなものに覆われており、この子の全身は肌が見える隙間など一か所もない。ただ仮面の上に黒いインクが染み出したニコちゃんマークの顔がそこにはあった。邪悪なオーラを放つ彼は俺の目を見て言った。

「もしお金が手入ったらどうする?」

それは小学生の質問のように単調だった。俺はただ

「なんで。」

と訊く。男の子はけらけら笑い、腹に手を置きながら満面の笑みを出した。俺の表情は無となっていた。彼は近づいてきて俺の目の前に立った。

「お金があれば仕事もやめるんでしょう?一人でゴロゴロできるよ。いいでしょう?」

胡麻を擦る子供のようにくねくね動く彼は不気味そのものだった。

「いや、いい。」

俺はどうでもよかった。男の子は瞬間、動きが止まったかと思うと先ほどの顔とは似ても似つかない疑念の表情をした。それを染み出している仮面は凄まじい勢いでヒビが入りどんどん汚くなっていく。

「なんで、なんで?どうして?楽な方がいいでしょ?それに人と話すのは嫌でしょ?」

まるで舞踏会に来た美女をダンスに誘う出すかのような扇動に俺は彼が肯定を望んでいると感じた。

「楽な方がいいな、確かに。」

俺は剃り忘れた顎鬚を静かに触る。

「なら、、、」

さっきよりも狂気的な笑顔になった彼は手を差し伸べてきた。

「いや、大丈夫だ。苦しい人生の方が楽しい。それに一人より上司といた方楽しいと思うし。」

そういい終えると同時に俺は指パッチンをする。足元からモノクロの世界がゆっくり剝がれ始める。剥がれたところからは鮮やかな元の世界の光が差し込んでいく。

「そんなの意味わかんないっ!」

彼は泣き出し仮面を外した。どう見ても小学3年生ぐらいの男の子だった。俺は静かに彼に近づき腕を背中に回した。

「もう一人じゃないさ。」

男の子は俺の胸の中でただえずきながら泣き続けている。その最中、彼は足から次第に消えていく。

「君の気持ちはよくわかったよ。俺がちょっと悩んでいたから助けてくれようとしたんだよな。ありがとう。おじさん、元気を貰ったよ。今日は緩く仕事をするよ。」

俺はそういうと彼の頭の上に手を置き優しくヨシヨシをした。男の子は泣くのを静かにやめてこちらを向いた。

「絶対に無理はしちゃ駄目だよ、僕みたいなやつはいっぱいいるんだから。」

彼そういうとニッと大きく歯を見せて笑った。

「あぁ、知ってるとも。おじさんは君より長生きしているからね。」

俺はふんわりと彼の頭から手を放す。モノクロの世界が完全に崩壊し、塵となり点に上がっていく。姿が消える瞬間男の子は思い出したように俺に言ってくれた。

「あっ、おじさんじゃないよ、まだおにいさんだよ!」

「うれしいことを言ってくれるね、ははは。天国でも元気でな。」

彼の姿が完全に消えた今、俺は現実に戻っていた。ベンチから鞄を持ち上げ、左腕の時計を見た。時間はとっくに流れており、俺が乗ろうとしていたバスはもう出発していた。

「あぁ、遅刻しちゃうなこれだと。上司に電話するか。」

俺は鞄からスマホを取り出し電話帳から上司と書かれた電話番号にかける。1コール目にとられた電話は向こう側の穏やかな空気とともに女性の声を伝えてくれた。

「あぁ、もしもし川西君?」

「はいそうです、川西です。」

「遅刻?」

相手は何かを察したように俺に訊いてきた。

「はい、遅刻します。」

その返答に予想していたのか何も上司は驚かなかった。

「わかったよ。そういえば君が使ってる梅沢駅南口の近くで男の子の霊が目撃されたから。くれぐれも気を付けて安全にきてね。」

「はい、わかりました。」

「うん、じゃぁまたね。」

少し元気な声に戻った上司の声を最後に俺は電話を切った。そしてスマホを鞄に戻し漠然と街灯の傍を見つめる。静かにベンチから離れ、近くに咲いていたレンゲソウを摘む。そしてさっき男の子が現れた場所に供えて俺はバス待ちの列に並んだ。


『今日は4月19日金曜日。俺は仕事をしに行く。』バスが到着し人ごみに埋まるようにして乗車する。発車したバスから見える早い景色は、あっけらかんとしている。


『人々は当たり前の毎日を過ごし、家族のため、自分のために生きて死んでいくものだと思っている。』次々と人が一人二人と降りていく。俺は次のバス停のアナウンスを聞き降車ボタンを押した。


『もちろん、当たりであるがそれは生きるため一つに過ぎない。』俺はただ一人だけバスから降りる。そして左手をポケットに突っ込み歩く。


『何のために俺たち人間は生まれてきたのか。』ビルから太陽が顔を出し影を美しくした。


『それは生まれてくる前に決めてきた使命を全うすること、それが生きることだ。』顔を見上げ青天に満ちた空に手を伸ばす。


『そして生まれてくる際に俺たちは忘れているけど、懸命に生きていればそれを感じることができる瞬間がある。きっと俺の使命はこの世界すべてを愛することだ。』そう思い顔を上げれば、小鳥が一斉に飛び立ち、空へ舞って行った。


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川西は生きている 日焼け止めスーパーアクア(ぬ~りぬり) @LunaInfia09

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