ニ 



「おい、やめろって~」

「よいではないか、よいではないか~」

「ちょっとぉ、そんなふざけないでってばぁ」


(さわがしっ。まだ朝だけど、どこにそんなエネルギーがあるのだか)

 教室の一角で騒いでいる陽キャグループを横目に、姫乃はため息を吐いた。


「お前ら~、朝から元気すぎっ。お母さんはついていけないわっ!」


 髪の毛をいじっていた時、姫乃の耳に入ってきた。その声の方向に目を向ける。

 一段と目を引く男子生徒が、陽キャグループの元に近づいていっていた。


「お、ハルヒはよ」

「ハルヒ~。誰が誰のお母さんや! 誰もお前に育てられたくないわ!」

「ひどいわっ! わたしはあなたの顔の黒子まで知っているのに!」

「みんな知っとるわ!」

 

 ハルヒと呼ばれた男子生徒が輪に加わってから、一気に輪の中心へとなった。

 クラスのほとんどがその様子を見ている。本当、いい意味でも悪い意味でも目立つ人。


──さて、話は少し変わるのだが、姫乃がこの高校に入学して早一ヵ月。

 姫乃には気になる存在がいる。とは言っても、恋愛的なものではなく、人間的な方向でだが。

 その存在というのが、先程から見ている男子生徒、由利川灯火ゆりかわはるひ

 名前の通り、周囲を照らしているような人だ。灯火ともしびと言うには少々元気に燃えすぎている気がするが。

 平均よりも高い身長に、長い手足。整った顔立ちに柔らかそうな黒髪。人目を引く容姿に高いコミュニケーション能力。

 初めましてからまだ一ヵ月のはずなのに、由利川灯火はクラスはおろか、学年の中心になり始めていた。

 そこまでは別にいい。少女漫画のヒーローのような人だとは思うが、言ってしまえばその程度の印象で終わる。

 それでもなお姫乃の気を引いたのは、由利川灯火の纏う雰囲気にあった。

 温厚で柔和。来るもの拒まずな彼は、時々なんとなく壁を作っている時があるのだ。違和感と言えばいいのだろうか。

 と言っても、本当に少しで気が付く人なんていないだろうぐらいの違和感。

 姫乃が気が付けたのだって、偶々由利川灯火のとあるところを見かけたことがあるからだ。それぐらい、由利川灯火は人に気づかせないのが上手かった。


「あ、そう言えばそろそろHR始まるぞ。すわれすわれ~」


 その言葉で、陽キャグループが蜘蛛の子を散らすように席に戻っていく。ふと、由利川灯火と目が合った。

(綺麗な目。光の反射の仕方が黒曜石に似てる気がする)


 見ていたことに気づいたのだろう。手を合わせて、口パクで何かを言ってきた。大方、ごめんみたいな謝罪の言葉だろう。

 何の反応もせず、そっぽを向く。同じクラスとは言え、これから先も事務連絡以外では関わることは無いだろう。

 姫乃は入ってきた先生を見ながら思うのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る