君の一生はあまりに短く

セツナ

『君の一生はあまりに短く』

「コックリさんコックリさん、教えてください」


 夕暮れの教室、入ってくる西日が赤く室内を染めているので、見慣れた場所のはずなのに、どこか異質な感じがする。

 いや、そう思うのは時間や景色のせいだけじゃないかもしれない。

 僕は正面にクラスメイトのゆきちゃんが座っている。僕は目の前にある文字や記号が並んだ紙を眺める。

 ゆきちゃんと僕は紙の上に置かれている5円玉に一本ずつ人差し指を乗せている。

 最近、僕たちの学校では小銭と五十音や記号が並んだ紙を使った『コックリさん』という遊びが流行っていた。

 これを複数人で行うことで『コックリさん』が小銭を通して僕たちに真実を教えてくれる、というものらしい。


「私の事を好きな人はいますか?」


 正面に座るゆきちゃんがこっくりさんに問いかける。

 すると僕と彼女の指を乗せた5円玉がゆっくりと滑らかに動いていく。

 半径10ミリメートルの5円玉に運ばれて、僕らの指は文字の上を進んでいく。

 紙の上の方にかかれた『はい』『いいえ』という言葉のあたりを、5円玉は悩むように動いた後『はい』の上で動きを止めた。


「えっ! 嬉しい!」


 ゆきちゃんは驚いたように声を上げて嬉しそうに笑った。

 彼女は明るく僕のような男子とも仲良くしてくれる、人気者の女の子だ。彼女の事を好きな人がいるのは当たり前だろう。だって僕だってその一人なんだから。

 なんでこんなに人気者の彼女が僕なんかと仲良くしてくれているのか分からないが、なぜか最近一緒に居ることが多い。そのため僕は日に日に彼女の事を好きになってしまっている。

 僕が5円玉に力を入れていないはずなのに、的確に事実を言い当ててくる。もしかしたら本当にコックリさんは当たるのかもしれない。


「ようすけ君は何か聞かなくていいの?」


 ゆきちゃんにそう尋ねられるが、いざ考えると聞きたい事はないかもしれない。


「うーん、明日の天気とか?」


 言ってから、さすがにそれは無いかなと思ったけれど、ゆきちゃんはそんな僕の言葉にも笑ってくれた。


「コックリさんは天気予報じゃないんだよ~」


 彼女の無邪気に笑う顔と声がとても可愛くて、僕はつい見とれてしまった。

 だから、5円玉からつい指を離してしまった。

『コックリさんの最中に指を離してはいけない』

 というルールを思い出して慌てて指を置き直した。

 が、急に教室の電気が消えてしまった。

 ほとんど夜になりかけていた時間だったので、ゆきちゃんは悲鳴に近い声を上げた。

 僕は早口で「コックリさんおかえりください」と告げて、5円玉が鳥居のマークまで進んだことを見守って、再度指を離して荷物をまとめるとゆきちゃんの手を引いて「帰ろう」とその場を後にした。


***


 次の日の放課後。

 帰りの会が終わって帰宅の準備をしていたら、机の引き出しの中から、コックリさんの紙が出てきた。

 昨日の出来事を思い出して、少し背中がぞわっとする。

 多分僕は、もう二度とあの遊びをしないだろうと思うくらいには衝撃的な出来事だった。

 丁寧に紙を折りたたんでいると、声をかけられた。


「今日は晴れたのう」


 見るとそこには見たことのない女の子が後ろで手を組みながら僕に笑いかけていて、僕はこんな子いたっけな? と頭を傾げながらそれに答えた。


「え? あぁ、晴れっていうか暑すぎるくらいだよね」


 返すと彼女は何が面白いのか分からないくらいケラケラと笑った。


「本当にの!」


 やけに古風な話し方をする少女だったが、僕は彼女のその笑い声が心地よくて一緒に笑った。


 教室には気付いたら誰も残っていなかったので、僕と彼女は空いてる椅子に座りながら話した。


「ようすけ君は、ゆきちゃんが好きなのか?」


 彼女は当たり前のように僕の名前を知っていて、そして誰にも言ってないゆきちゃんへの気持ちを言い当ててきた。


「え!? えー……まぁ、好き、かな」


 僕は戸惑いつつも、つい頷いてしまう。

 きっとこの子に隠し事をしても無駄だと、なぜか思っていたから。


「ふーん、そうなのか」


 彼女は少し考えるように僕を見つめて「まぁいいんじゃないか?」と肩をすくめた。

 そしてそれ以上はゆきちゃんの事には触れずに「ようすけ君が好きなものを教えてくれ」と僕に顔を近づけて来た。


「好きなものかぁ……。うーん、夏に食べるアイス……かなぁ」

「限定的じゃの! アイスはここ数年食べて無いから久しぶりに食べたいのう」


 なんて、僕らは取り留めもない会話を交わした。

 放課後の小学校、夕暮れに染まる教室での出来事だった。


***


 小学校を卒業して、僕が中学に上がってからも、少女は僕の前に時々顔を出しては、世間話を交わしていく。そんな関係が何年も続いた。

 僕が高校生になってからも、彼女は当たり前に教室にやって来ては会話を交わして去っていく。

 それまで僕は何度も彼女らしき人物の名前を、学校中から探したが見つからなかった。

 そして彼女が漂わせている不思議な雰囲気や、彼女がいる時には誰からの邪魔も入らないと言う事で、彼女は普通の人間では無いのだと言うことに気付いた。

 それでも僕は彼女にその事を聞かず、ただ話をし続けた。


 その日は雨が降っていた。

 僕はたまたま傘を忘れてしまい、無理やり学校から飛び出して家に帰ろうとしたが、途中で雨が強まり仕方なく近場のバス的の屋根の下に身体を滑り込ませることにした。

 ふぅ、と溜息をつきながら雨に濡れた身体を拭いていると横から声がした。


「今日は雨じゃの」


 そこには僕とそんなに身長が変わらないくらいに成長した彼女が立っていて、僕は少し驚いたがいつもの事なので「そうだね」と雨空を見上げた。

 なんとなく、近い距離にいる事が落ち着かなくて、彼女から少し距離をとってしまう。

 1メートルほど距離を取り彼女と言葉を交わす。交わす言葉もどこか固く、まるで僕らの間に半径1メートルのバリアがあるみたいだ。

 小学生の時は半径30センチくらいの距離に、すぐ隣に僕らはいたのに。

 それに彼女も気付いているんだろうが、気にしない素振りで話を続けていた。

 彼女は僕なんかよりずっと大人だった。

 だから僕はその優しさに甘えてしまう。

 雨が跳ねる音と彼女の声に耳を傾けながら、言葉を返していく。


「明日は晴れるかな?」


 僕がそう尋ねると彼女は「ははっ」と笑った。


「ワシは天気予報じゃないんじゃぞ」


 意味深にそう笑った彼女に、僕も「知ってるよ」と返して空を見上げて笑った。


***


 謎の少女と出会ってから半世紀以上が経った。

 僕ももう随分と年を取ってしまって、気付けば床に伏せる事が多くなってしまった。

 30代の時に結婚した奥さんとは5年前に死別し、今はもう独りだった。

 心臓を悪くして倒れてから搬送された先の病院で暮らしていた。

 一人息子やその家族が時々様子を見に来てくれるが、それでももう一人の時間が多くなった。

 そして遂に命の終わりが見えてきた。そう言うのは自分でも分かってしまうみたいで、自分の身体が上手く動かなくなってきているのを感じる。

 もうそろそろ終わりか、と思った時。枕元に気配を感じた。


「やぁ」


 そちらを見ると高校生の時から変わらない姿をした、彼女の姿があった。


「久しぶり」


 顔を向けることもできず応える。彼女とはもう30年以上会っていなかった。


「死んでしまうのか」

「そうみたいだね」

「そうか」


 彼女は声を震わせていた。


「ワシはお前が好きだったよ」

「あぁ、君はずっと僕と一緒に居てくれたね」


 彼女の好意には気づいていた。彼女の正体にも。

 そして僕にとって彼女がどんなに貴重な存在だったのかについても、気付いていた。


「本当にありがとう。ずっと気持ちに答えられなくてごめん」

「いいんじゃよ」


 狐の神様は声を震わせたまま、手で目元を抑えていた。


「もし、生まれ変わって君に出会うことが出来たのなら。今度こそ君を大切にしたい」

「ワシはお前の傍にいて、ずっと幸せだったよ」


 彼女は両目を赤くしたまま、僕に抱き着いてきた。

 僕らの距離が人生で初めて0センチになった瞬間、僕の命の火は、消えた。


***


 大好きだった人間が死んだ。人の命は儚く短い。

 たったの70年。それだけの時間で一人の命が消えてしまう。

 陽介がこの世から去り、何十年何百年も待った。

 日本中を駆け回った。どこかで彼に出会えると信じて。

 そして、彼が亡くなった土地に帰ってきた私は、一人の少年に出会った。


「おねーちゃん?」


 つぶらな瞳で私を見上げてくる少年は、私が初めて彼に出会った時と同じ目をしていた。


「陽介……!」

「えー? ぼくのなまえはちがうよ。ぼくは――」


 彼の言葉を待たずに私は両手で顔を覆い座り込んでしまう。彼に出会ってから私はやけに涙もろくなってしまった。


 人と人が一生で出会う確率は、天文学的確率だと言うけれど、不老長寿の我らが短し命の人と出会う確率はどんなに低いのだろう。


「おねーちゃん、なきやんで」


 私の頭を撫でてくる彼の手の温かさを感じながら、私は涙を拭いた。


「はじめまして、少年」


 今度こそ、君と共に生きよう。

 初めて彼と出会った時と同じ色の夕焼けに包まれて、私は心に誓った。


-END-

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