第32話

「ぐっ……!!」


 破片は私の胸元に刺さって、途端に力が入らなくなった。


 その場に倒れ込んでしまって、地面の硬さを肌で感じる。


 じわじわと痛みが広がって、呼吸が浅くなっていく。


 おそらく、これは黒魔法だろう。


 ローブのフードと仮面のせいで、相手が誰なのかわからない。


「誰……ですか……!!」


 聞いても、答えは返ってこない。


 相手は、私に正体を明かすつもりはないようだ。


 顔だけでも見ておかなければ、後で追いかけられない。


 私は魔法を使って、リボンを相手に飛ばし巻き付ける。


「な、何よこれ!!」


 相手が発した声に、私は違和感を覚えた。


 聞いたことがあるのだ。


 幸いにも、私は黒魔法への耐性がある。


 すぐに痛みは消えていき、なんとか立ち上がることができた。


 震える手で、拘束している相手の仮面を外す。


「ッロザリー様……?」


 予想外の人物に、私は動揺を隠せなかった。


「何故、こんな……」


「ッうるさいわね!!全部アンタのせいよ!!」


「私のせい、ですか……?」


「そうよ、アンタが公爵様を惑わせて、私の立場を奪ったの!!」


 何を言っているのか、よくわからない。


 ロザリー様は喚き散らしているが、ローブに消音効果でもあるのだろうか、ロザリー様が大声を出していても、誰一人来ない。


「このヘビ女!!私の方が公爵様を好きなのに!!ずっとお慕いしていたのに!!」


 あぁ、なんて浅はかなのだろう。


 喚くだけでは何も解決しないのに。


 何も生まれないのに。


 私は貶されたことへの怒りを通り越し、冷静に物事を捉えられていた。


 こちらから少し刺激してみよう。


 何故こんなにもレアンに執着するのかを知りたい。


 ロザリー様が何故か持つ黒魔法では、おそらく私には勝てない。


 しかし、ローブに魔法がかかっているのを感じる。


 多重に、色々な魔法が込められているのだろう。


 なら、隙を作り眠らせてしまえばいい。


「……ロザリー様、何故レアンのことをお慕いになられているのです?」


「何よ、アンタに教えるわけがないでしょう!」


「いえ、ロザリー様の理由しだいでは、私は夫人の座を降りざるをえないかもしれません。」


 夫人の座を降りる。


 その言葉に、ロザリー様は顔を明るくさせた。


「そう、あれは私のデビュタントの時。公爵様は他の令嬢に目を向けなかった。でも、私は違ったのよ。」


「違った、とは?」


「公爵様は私に目を向けてくださったのよ!

その視線は甘くて……とろけそうだったわ!!」


 それって、過剰に反応しすぎでは?と、思わず心の中でつぶやいた。


 そもそもレアンは、女性との関わりを好まない。


 それどころか、ものすごく嫌がるのである。


 それは、初対面で冷遇された私が一番よくわかっている。


 偶然そちらを向いただけで、多分なんとも思っていなかったはず。


 続きを待ったけれど、ロマンチックな出会いとか、運命の人だ、などと言っていた。


 どちらかというと、ロザリー様が昔、レアンを一方的に好きになって、それからずっと勘違いしているんだと思う。


 レアンのこと、何も知らないくせに。


 私がレアンのこと、一番愛してるのに。


 なんだかむかむかしてきた。


 色々言い返したいところだけど、ここは我慢して、さらに隙を作ろう。


「私なんて、お飾りの妻だ、と言われたんですよ。それに比べてロザリー様は、レアンとお似合いですし」


「そ、そう?」


「はい、ロザリー様はとても美しくて、聡明な方ですもの。」


「そうよね!今度公爵様をデートに……」


 今だ。


 私は、蝶々を創造して、ロザリー様の方へと飛ばす。


 蝶々の鱗粉に睡眠の効果を付けて、吸い込んだ人をたちまち眠らせることができる。


 と、いうイメージをした。


 イメージさえできれば、案外なんでも作れてしまう。


 これは私の強みかもしれない。


 ロザリー様が倒れ込んで眠っているのを確認したら、なんだか急に疲れが押し寄せてきた。


 そこに、レアンが戻ってきて、私を見ると心配そうな顔をした。


「ルチェット!!どうしたんだ、顔色が悪い。」


「レアン!」


「……ん、ベルベット嬢が何故ここに?」


 レアンはロザリー様を見ると、明らかに嫌そうな顔をして私にそう聞いた。


 事の経緯を話すと、レアンは落ちていたネックレスを拾った。


「……で、このネックレスから黒魔法が?」


「はい、黒魔法の痕跡を感じます。」


「とりあえず、皇帝に知らせなくては。」


「では、魔法で移動しましょうか。」


 私はロザリー様とレアンに触れて、陛下の住まう城を思い浮かべる。


 次に目を開けると、城の前の門番に槍を向けられていた。


「な、何奴だ!?」


「陛下に話がある、通してくれないか。」


「急ぎなんです、お願いします。」


「えっ、公爵様に夫人!?」


 門番は動揺しつつも、私達の顔を見て通してくれた。


 玉座の間にたどり着くと、陛下が笑顔で座っていた。


「皇帝陛下のお目にかかります。」


「よいよい、楽にしてくれ。」


「ありがとうございます。」


 陛下は挨拶をする私達の後ろを見て、目を見開いていた。


「そちらは……ベルベット伯爵令嬢か?」


「はい、この者が黒魔法を使用して、妻を殺害しようとしました。」


「それはいかん!!夫人よ、怪我はないか?」


「怪我はしませんでした、お気遣いに感謝します。」


 陛下が安心したように一度息を吐いてから、ロザリー様を見やった。


「そやつは、我の大切な者に対する不敬、殺人未遂で、牢獄に監禁する。後日、処罰を決める。」


 そう陛下が宣言すると、周りにいた護衛騎士の方々が、眠るロザリー様を支えてどこかへ連れて行ってしまった。


「ご苦労であったな。」


「いえ、貴重なお時間をいただき、感謝します。」


「もう案ずることはない、あやつは我にまかせて今日はゆっくり休むのだぞ。」


 陛下は私達の肩に手を置いて、朗らかに笑ってくださった。


「それにしても、黒魔法とは。一度魔法総括者に相談しなければ。今度会議を開こう。」

 

「承知いたしました。」


 陛下と大臣がそう話して、私達も会議に参加するように言った。


「また会うのを楽しみにしているぞ。」


 陛下に見送られながら、玉座の間を後にする。


 色々あった一日だったが、ようやく一段落つくことができそうだ。




________




 公爵邸に帰宅して、リメアと紅茶を飲みながら今日の出来事を話していると、部屋の扉が叩かれる。


「はい、どうぞ。」


「失礼する。」


 扉をゆっくり開けたのはレアンだった。


「レアン!何かご用ですか?」


「その、庭園に散歩へ行かないか。」


「えっ?でも、もう夕方ですよ?」


「だめか……?」


 レアンのいつもと違う雰囲気に、私は戸惑った。


 真剣な顔をしているのに、どこかそわそわとしていて落ち着いていない。


 大丈夫かな、なんだか心配になってきてしまう。


「じゃあ……いいですよ、この紅茶を飲み終わったら執務室へ伺いますね。」


「ありがとう、話したいことがあったんだ。

……待っている。」


 そう言うと、レアンは扉を閉めてそそくさと去っていった。


 話したいことって、一体なんだろう。


 うーん、思い当たるものが全くない。


「……では、ルチェット様が紅茶を飲み終えましたら、お化粧をお直ししますね!」


「ありがとう、リメア。」


 レアンの思惑がわからないまま、湯気がゆらゆら上がっている紅茶を、息を吹きかけて一口飲んだ。


「あちち……!」



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