第31話
あの日から一週間後。
私は無事に教会で療養生活を終えて、今は裁判所の中で、証人として席に座っている。
療養を終える直前に、教会を抜け出して皇帝陛下の元へ赴いたのである。
そこで、お茶会で起きた出来事と、ロザリー様とカリン様の家の件や、それに巻き込まれたカリン様について話した。
陛下はレアンを可愛がってくださっているらしく、そんなレアンの妻である私が、カリン様の処罰について提案したのだ。
すると、悩まれた末に了承してくださり、カリン様は約束通り、自由な縛られない生活を送れることになるそうだ。
「全く、一昨日はとても焦ったんだからな。
」
「ご、ごめんなさい……」
先程席に座ってから、私はずっとレアンに説教されていた。
「教会からいなくなったと聞いて、俺がどれほど……」
「……友達を助けたかったんです。」
「はぁ……ルチェットは優しすぎる。」
レアンと私がこそこそと話していると、裁判官数名と長いヒゲの裁判長が席についた。
「では、これより裁判を開始する!」
裁判長がそう言うと、ざわざわとしていた法廷内は静かになる。
「被告人、前へ。」
すると、カリン様が騎士の方々に連れられて、証言台に立った。
前よりも明らかにやつれていて、眠れていないのか隈も濃く出ていた。
「被告人、カリン・エナード男爵令嬢は、マリー・ノディ侯爵令嬢の茶会で、毒を茶に仕込み殺人を犯そうとした……間違いはないな?」
「……はい、ありません。ですが、一つだけよろしいでしょうか。」
「発言を許可する。」
「私に毒を仕込むように命令したのは……ロザリー様です。」
茶会に来ていなかった令嬢がざわつき、裁判官がそれを制する。
貴族の男性方も、ロザリー様の名前が出たことに驚いている様子だった。
「それは……ロザリー・ベルベット伯爵令嬢のことか?」
「はい、そうです。彼女が私に指示しました。」
カリン様は暗かった雰囲気から一転、はっきりと指示されたことを発言していた。
「ふむ、では後日呼び出さなくてはいけないな。」
「調査もしなくては……」
「そうであるな、では量刑に移ろう。」
裁判官さんたちと裁判長が相談を終えて、法廷に大きな声が響き渡る。
「被告人、カリン・エナード男爵令嬢に量刑を言い渡す。
毒殺未遂で、エナード家の爵位剥奪と、被告人を辺境へと送ることにする。」
カリン様は涙ぐんでいて、その姿を見ると心が痛む。
毒殺未遂を起こしたとはいえ、彼女は周りを取り巻いていた環境の被害者だから。
カリン様は私よりも年下で、社交界にも慣れていなかった。
だから、あの時お茶会に参加したのは、初めてのことだったのに。
金の問題があったとはいえ、そこに付け入ったロザリー様も許しがたい。
カンカン、と槌の音が響き、私の考え事は止められた。
「では、これにて閉廷する!被告人を連れていけ。」
騎士の方たちが、カリン様を連行していく。
とりあえず、私が陛下に提案した通りに裁判が進んでよかった。
まあ、本来の刑の内容を変えるのは気が進まなかったけれど……
カリン様が罪を償って、この先少しでも幸せになれるなら、提案してよかったと思う。
________
裁判所から出ると、レアンが私の額を優しく小突いた。
「ルチェット、優しさは時に縛りになるんだ。」
「縛り……」
「君が縛られると同時に、相手も縛られる。
……例えば、君を愛せずにはいられなくなった俺のように。」
一理ある、というより、身に覚えがありすぎる。
私が苦い顔をすると、レアンは困ったようにほほ笑んだ。
「でも、それはルチェットの武器でもあるな。」
「武器ですか?」
「あぁ、その優しさのおかげで今があるだろう?」
「……ふふっ、あははっ!」
「なっ、どうして笑うんだ。」
いつもと違うレアンの様子に、思わず笑ってしまった。
心配してくれてるけれど、私に対して怒ったことがないから、叱り方がわからなくなっている。
たぶん、そういうことだと思う。
「私は、心配しなくてもいなくなりませんよ。」
「……なぜそう言い切れる?」
「レアンを世界で一番、愛しているからです。」
「……はは、毒気が抜かれてしまったな。まいった。」
私達は手を繋いで、真上で輝く太陽に照らされながら、ランチを食べる店を探した。
________
「なんなのよ……!!」
ロザリーは、ルチェットとレアンが中々離れないことに対して、怒りを募らせていた。
彼女は今日、裁判に来たルチェットを、他の貴族に監視させていたのだ。
二人が一瞬でも別れれば、エレンから渡されたネックレスでルチェットを攻撃できる。
そして、小さなナイフをレアンに刺して、自分のものにできる。
静かに、息を潜め、二人を尾行する。
その瞳は、獲物を虎視眈々と狙う獣のようだった。
すると、レアンがルチェットから離れていくのが見えた。
(これはチャンスよ、絶対に成功させてやるわ)
後ろから、ゆっくりと、確実に近づいていく。
「ッ誰ですか!?」
ルチェットが振り向いたが、すでに遅かった。
ネックレスが眩しいほどに光って、ルチェットに向かってガラスの破片のようなものが飛んでいった。
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