第33話
そういえば、リメアの様子も少しおかしかった気がする。
いつもより上機嫌で、私の化粧も入念に直してくれた。
今日って、なにか特別なことがあったかな。
(うーん、何も思い当たらないわ。)
結局なにもわからないまま、私は執務室の扉をノックした。
「レアン、おまたせしました。」
「ああ、では行こうか。」
私達は庭園へ向かって歩き始める。
いつもはするすると話題が出てくるのに、何故か今日は出てこない。
それに、胸がざわざわする。
レアンをちらりと見上げると、彼も緊張しているようだった。
途端に焦り始める私の心臓。
鼓動はどんどん速度を増していく。
話したいことって、何だろう?
別れ話……いや、そんなはずはないと信じよう。
ならば、何だろう、ペットを飼うとか?
頭の中で考えを巡らせているうちに、庭園のベンチにたどり着いてしまった。
(あ、懐かしい。)
実家での暮らしを聞かれた時の、あのベンチ。
まだレアンのことを信じることができなかったし、私も今より臆病だった。
そんなあの時の私は、すでにレアンが好きだったんだと思う。
だって、この人には捨てられたくないって思ったから。
二人でベンチに座ると、レアンが口を開いた。
「……懐かしいな。」
「はい……あの時はごめんなさい。」
「いや、いいんだ。俺が踏み込みすぎただけだからな。」
そう話していたのも束の間、再び沈黙が辺りを支配した。
レアンはそっぽを向いたまま、私に顔を見せてくれない。
このままでは何も進展しないので、痺れを切らした私はレアンに問いかけた。
「話したいことって、何ですか?」
私の言葉に、レアンはかすかに肩を揺らした。
ゆっくりこちらに向けられた顔は、耳まで赤く染まっていた。
「……レアン?」
「今まで、たくさんの出来事があった。」
「はい、そうですね。」
「最初は、君を蔑ろにしてしまったな。」
確かに、最初に出会った時のレアンは恐ろしくて、今にも私に剣を突き立てそうだった。
無愛想で、表情も乏しくて。
「正直、いつ殺されるのかって怯えてました。」
「本当に申し訳ない。」
でも、だんだんレアンのことを知っていくと、本当は優しくて素敵な人だってわかった。
「私はレアンと出会えてよかったと思っています。」
「……俺も、ルチェットと出会えてよかった。」
レアンと私は自然に見つめ合う形になった。
「俺に愛を教えてくれた、そんな君が愛おしくて仕方がない。」
レアンの氷のように透き通った瞳が、ゆらゆらと揺れて熱を帯びている。
そして、緊張を和らげるように息を吐いて、レアンは私にこう言った。
「ルチェット、改めて……俺と結婚してくれないか?」
「結婚……ですか?」
「あぁ、政略結婚に縛られず、本当の夫婦になりたい。」
私は今、きっと苺のように真っ赤になっている。
頬に涙が一筋流れて、それを皮切りにどんどん涙が止まらなくなっていく。
「だから、結婚式をしたいんだ。」
「結婚式っ……ひっく……うぅ……」
「君に一生を捧げると、誓いたい。」
辛くて、寂しくて、痛くて、何もかもを諦めたいと思っていた時もあった。
命からがら生きてきた証が、汚らしい傷が、身体中にたくさんあるのに。
レアンは私という臆病な存在を全部受け止めてくれて、愛してくれた。
こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。
「私……私っ、これ以上幸せになっていいのですか……?」
「一緒に、生きていこう。」
「レアン……えへへ、私達はこの世で一番幸せ者ですね……!!」
二人で涙を流していると、庭園に咲いている花々が光り始めた。
周りを見渡すと、一輪の薔薇の影から、ラシュルが顔を覗かせていた。
橙色と桃色が混じって、星々が光り始めた空と、色とりどりに淡く光る花々に囲まれながら、レアンと私は顔を近づける。
唇と唇が触れ合って、それはどんな砂糖菓子よりも甘くて。
熱を分け合い、私の吐息は彼に呑まれていく。
あぁ、このままずっとレアンに触れて、彼だけを感じていたい。
そう思えるほどに、この甘い幸せに心酔していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます