第13話

 月曜日の朝。


 俺は、誰よりも早く登校した。

 教室のカーテンが揺れ、まだ誰もいない静かな空間が広がっている。


(この週末、俺は――4人それぞれと向き合った)


 笑いあった。泣きそうになった。

 そして、確かに“好き”をぶつけられた。


 そんな中で、たったひとつ、はっきりとわかったことがある。


 俺はもう、モブじゃない。


 誰かの物語を見守るだけの存在じゃない。


 俺は、俺自身の恋を始めようとしている。


 だから、ちゃんと決めなきゃいけない。

 俺自身の「答え」を。


 放課後。

 呼び出したのは、あの中庭。


 あの日、真央が想いを打ち明けてくれた場所。

 そして今日、俺はそこに、ひとりのヒロインを呼んだ。


 ベンチの前に立つ俺の前に、足音が近づく。


「……来たよ」


 その声は、俺がこの数日、何度も思い返していた声だった。


 俺は、深呼吸して、言った。


「……好きだ。お前のことが」


 数秒の静寂。

 そして、少し震えた声で返ってくる。


「ほんと……に?」


「うん。迷った。みんな、すごく素敵だった。

 でも、やっぱり、俺の隣にいてほしいって思ったのは――」


 俺の言葉を遮るように、彼女が笑った。


 そして、目にうっすらと涙を浮かべながら言った。


「……ありがとう。ずっと、ずっと……言いたかった言葉、

 やっと聞けた気がする」


 その瞬間、風がふたりの間を通り抜ける。


 空は高く澄み渡り、まるで新しい物語の始まりを祝福するようだった。


 ――数日後。


 いつもの教室、いつもの放課後。


 俺の隣には、もう“特別な誰か”が座っている。


 他のヒロインたちは、笑ってこう言ってくれた。


「……負けたけど、後悔してないから」


「次はもっと良い恋してやるし!」


「ふふ……でも、本当に素敵な人だったわ。あなたも、彼も」


「拓人くん、ちゃんと最後まで“見てくれた”ね」


 そう言って、全員が笑った。


 泣きそうで、でも、あったかい空気に包まれて――


 俺はようやく、自分の人生を“物語の中心”として歩き出した気がした。


 ◆エピローグ◆

『推しカプを見守ってたら、ヒロイン全員に惚れられた』

 ──だけど今、俺には本物の“推し”がいる。


 それは誰でもない、

 この手を握り返してくれる“ヒロイン”――


 お前だけだ。


 学校の中庭。


「……好きだ。お前のことが」


 目を見てそう言ったとき、

 真央は唇を震わせて、すぐには何も言わなかった。


 だけど、数秒後。

 目に涙を溜めながら、強く、はっきりと返してきた。


「……っ、遅いよバカ……ずっと……待ってたのに……!」


 そして。


「でも、……嬉しい。あたしも、大好きだよ」


 握った手は、幼い頃に繋いだ手と同じで、

 でももう“子ども”の頃には戻れないとわかっている――

 だからこそ、しっかりと、ぎゅっと繋がれた。


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モブの俺が推しカプを見守ってたら、ヒロイン全員に惚れられた 赤いシャボン玉 @nene-kioku

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