第18話
「お兄様!何をおっしゃるのですか」
マルティムの悲鳴にも聞こえるような叫び声。周囲の視線が全て集まっているのではないだろうか。オリアクスは気にせず私に答えを求める。
「跡取りの話はマルティム本人の望みですか?それともオリアクス、あなたの望みですか?」
自分の人生勝手に決められるのイヤ党代表ハーゲンティです。
「妹は、緑の瞳を持っています。紫の瞳をお持ちになるハーゲンティ様なら、その希少性をご理解いただけると思います」
ごめん全然わかんない。
侯爵家出身のバティンも青い目だったので、緑と紫は珍しいんだろうなくらいには感じていたが、希少性などと言われてもピンとこない。
「家の方針と言えますし、すでに学校に通っている長兄も同じ意見です。マルティムに騎士の訓練に参加するよう、ハーゲンティ様からも一言頂けないでしょうか?」
「……」
危ない。思わず「はぁ?」って言いかけた。いったん話を聞いてみよう。
「侯爵位の中で頭ひとつ抜けた魔力量、勉学の進み具合を見ても素質があると判断できます。今日は自ら茶会を開き、社交にも熱心です。入学すれば領主の子でいらっしゃるハーゲンティ様と同級生になる年に生まれたのも何かの巡り合わせでしょう」
オリアクスが侯爵になりたくないからマルティムに押し付けている、という雰囲気ではないようだ。しかしこの口ぶりだと親の意思ではなくお兄たちの意思のようだ。才能がある人に上司になってほしいってことかな?とは思うが、マルティムは先ほど悲鳴を上げたのだ。
「マルティムは侯爵になりたいと言ったのですか?」
「家にとって大事なことは……」
「そのような事は問うていません」
嫌がっているのに無理やりやらせて、鬱にでもなったらどうするのだ。やらせたいのなら強制するのではなく、上手いこと乗せてやる気にさせろ。
私は口元を歪ませながら少し睨むがオリアクスは食い下がる。
「まだ幼いハーゲンティ様には理解するのが難しいでしょうが」
オリアクスが言い終わる前に首を横に振る。
前世は普通のサラリーマン家庭に生まれ育ったので現世の貴族と同じように考えることはできないが、親に愛も金も時間もかけてもらった分、期待に応えられるようにがんばろう、きちんとしようという思いはあった。それこそ失くしてしまった未来だが、もし自分に子供ができたら同じように手間暇かけて、親からもらった分を子供に返していきたいと漠然と考えていた。つなげていきたいモノがそれぞれにあることは、知っているつもりだ。
でも、それでもだ。
「マルティムは、望んでいるのですか?」
何度でも同じことを問うぞ。マルティムとボルフライは私の味方をしてくれた。私も2人の味方になりたい。
「家のためにできること。それは侯爵になる以外にもたくさんあるのではないでしょうか?わたくし、マルティムのことは友人だと思っています」
私はマルティムを見る。その後ボルフライにも顔を向けて「あなたもね」と付け加える。
「本人が侯爵になりたいのならそれを応援しますし、まだ覚悟ができていないだけと言うのなら待ちます。絶対になりたくないと言うのなら、侯爵にならずに済む方法を一緒に考えます。わたくしはマルティムの味方です」
ここでカシモラルが私の口を押さえる。何がダメだったんだろう。
オリアクスは私を睨みつける。
「ハーデンティ様」
声の主は、ずっと震えながら見ていたマルティムだった。
「わたくしのせいで、このような事態になってしまい申し訳ないことでございます」
マルティムに謝らせてしまった。そんなつもりじゃない。やだ、やめてよ。
思っていたら勝手に体が動いた。私は駆け寄りマルティムの両手を握る。
「違う、わたしこそごめん」
お嬢様言葉なんて忘れた。
「わたしね、なりたい職業ってゆーか、将来像ってゆーか、ぼんやりとだけどあるの」
初耳ですよってカシモラルの声が聞こえた気がした。
「だからなんてゆーか、自分の夢を否定された気がしちゃってムキになっちゃった。よくなかったね、さっきのわたし、それこそお兄さんと同じことしてた。ごめんなさい」
自分に重ねてしまったのだ。私こそマルティムの意思を無視していた。お茶の席で跡取りの話をぼかしていたのだから、まだ色々と悩んでいるのだろう。すでにマルティムの心が決まっているかのように話を進めてしまった。「うまく流せるようになりなさい」「家の関係を考えられるようになりなさい」大人たちから言われるコレって実は、今の私みたいな失敗を防ぐのに有効かもしれないな。
「ハーゲンティ様は、何になりたいのですか?」
マルティムが私の手を握り返し質問をしてくる。バレエダンサー、とすぐに答えられれば良いのだが、そんな職業は今のところこの国にはなさそうなので、考えながら返事をする。
「ん、難しいね。やりたいことは決まっているの、でもそれが何の職業かって聞かれると、ちょっとわかんない」
式部官が1番近いのだろうけれど、まだ教師の手配をしてもらったばかりで実際に目にしていない。
「ハーゲンティ様は公爵を目指していらっしゃらないのですか?」
「目指してるよ」
私は軽い感じで答える。聞いていた全員がポカンとした顔になる。
「目指してるっていうとちょっと違うかな。私がやりたいことって予想だけど、公爵家がやることじゃないとか、趣味で終わらせなさいとか言われそうなんだよね。だから公爵にもなるの」
分からない、とマルティムは首を捻る。
「公爵になって、仕事きっちりこなして、貴族の家に生まれた責任をちゃんと果たすの。そしたら誰も文句言えないでしょ?わたし、ダンサーになりたいの」
「ダンサーとは何ですか?」
私はふふ、と笑う。
3歩下がってプリパレーション。5番、クロワぜ。前足をパッセ、アン・ナヴァンからドゥヴァン、デヴェロッペ。そのままゆっくりアン・レールしアラベスクになる。ひっそりと練習したのでピルエットなど派手なパを披露したい気持ちがあるが、今日の服装で回転やジャンプはよろしくないと判断してアダージオを行う。ゆっくり優雅さを意識して踊る。最後に足を戻してレヴェランス。
「見たことのない動きです」
大人たちからも声が上がる。新しい物好きは感動の顔をし、伝統に重きを置いているらしい人たちは顔をしかめている。想像していたよりは受け入れられそうだなと安堵する。
「この通り、反応は色々でしょう?わたくしはダンサーになりたい。そのための通過点として公爵になります。そしてたくさん新しい物を取り入れるのです。たくさん新しいものがあれば、新しい職業のダンサーを兼業しても周りは辞めろと言えないでしょう?」
「詰めは甘いですが、公爵家の責務を果たした上でと言うのなら、ダンサーについては一考しましょう。爵位を目指す云々は弟君のアイぺオス様がいらっしゃることをお忘れではございませんか?」
なぜかカシモラルが返事をした。弟のことはすっかり忘れていた。だって全然顔を合わせないんだもん。
私は肩をすくめておちゃらけて見せた。
「文句を言われたくないからそれなりの地位が欲しいってだけです」
かなり本音をぶちまけてしまった。でも言ってよかった。マルティムの顔に笑顔が戻ってきていたから。
「文句を言われたくないって、ワハハハハハ」
堪えきれない、と大声でバイェモンが笑い出す。ボルフライの瞳がうっすら光っているので魔力をぶつけているようだがモノともせず笑う。肝が据わってらぁ。
「オリアクス様、この辺で切り上げてはいかがでしょうか。マルティム様を説得は出来ませんでしたが、ハーゲンティ様から本人が侯爵を目指すのなら後ろ盾になるというお言葉はいただけました」
あ、さっきカシモラルが私の口を塞いだのって、私が後ろ盾になるって意味の発言をしたからか。気づいて冷や汗が出る。
「ハーゲンティ様、先ほどのお言葉、お忘れなきようお願いいたします」
「もちろんです」
オリアクスが念を押してくる。私は冷や汗をかいたばかりだが、撤回する気はないので肯定する。後ろからカシモラルのため息が聞こえるが無視だ。
このすぐ後、外出をしていたマルティムの両親が騒ぎを聞きつけてすっ飛んで帰宅し、私たちに謝罪をした。
「愚息が、ハーゲンティ様にとんでもない失礼を働いたと伺いました」
「大変、申し訳なく思っております」
愉快そうな両親だった。めっちゃ居心地良さそうな家だな、そしてこうも思った。だからお兄ちゃんたちはマルティムを侯爵にしたいんだな、と。
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