第19話
「ハーゲンティ様、ボルフライから小包が届きました」
「ボルフライから!?」
私は嬉しさで勢いよく振り返る。椅子がガタンと音を立てたのでカシモラルにやり直しと言われる。すみません。
「王宮へ向かう直前のこの時期にって、何でしょうね?」
私はワクワクしながらカシモラルが封を開けてくれるのを待つ。
「わ、かわいい!」
瞳の色に合わせてくれたのだろう紫のサテン地のリボン、それが生成りのレースで縁取られ、両端にはウハイタリの家紋が刺繍されている。
「ハーゲンティ様、お手紙も付いてきています。どうぞ」
「ありがとう」
私はムルムルから手紙を受け取って目を通す。内容は、マルティムにもリボンを送ったので王宮ではお揃いで着けましょうというものだった。お揃いになるようにレースを編み、それぞれの家紋を刺繍しました。なんて書かれているのでリボンを手にとって凝視する。
むちゃくちゃ上手だな。
「いかがなさいましたかハーゲンティ様」
「ボルフライはレース編みに力を入れているとお茶会で聞きましたが、贈ってくれたこのリボンは、刺繍もボルフライが刺してくれたようです」
「ボルフライ様はとても器用なのですね」
ムルムルも一緒にリボンを見る。
レースはどこにも破綻なく均一に編まれており、刺繍はとても目が細かい。趣味とか嗜みなんてレベルじゃない。
「売れる」
「売らないでください」
「あ!ちゃ!違っ!違います!!」
ムルムルが悲しそうな顔をしている。誤解だ!
「商品になりそうなくらい出来が良いと!そう、褒めたかったのです!売りません、王宮に着けていくのですから」
ムルムルは小声で、さようでございますか、とつぶやく。カシモラルは口元を手で隠しながら笑っている。んもぉ。
「このリボンが映えるようにしたいです。どんな髪型が良いと思いますか?」
「でしたら……」
私、カシモラル、ムルムルの3人であーでもないこーでもないとワイワイしながら話し合った。
夕食。練習してもらった髪型のままダイニングに向かった。家族での夕食には派手だがどうせ誰もこっちを見ないのだからいいだろうとそのままにした。レースが繊細なので、もちろんリボンは練習用の物だ。
「ハーゲンティ、その髪はどうした」
まさか話しかけられるとは微塵も思っていなかった、しかもザブナッケに。私はびっくりしてスプーンを落としかける。
「来週末には王宮での社交が始まるので、側仕えに色々な髪型を試してもらったのです。お友達からリボンをいただいたので、それが映えるように考えてもらいました、可愛いでしょう?」
最後の一言は余計だったかもしれないが前世は舞台に立つ仕事をしてきたのだ、自分にある程度の自信を持っているのは見逃してほしい。
「あまり目立つことはするな」
「はぁい」
何か言われるとしたら爵位の件だと思っていたので少しホッとする。もしかしたらザブナッケにマルティムのお茶会での出来事は伏せられているのかもしれない。このまま黙っておこう。そして思い出す。
マルティムの家でのお茶会の後、カシモラル、バティン、ファルファレルロと3人から続けてお説教を受けた。私はしゃべり過ぎたらしい。バティンとカシモラルは王宮へ行くまでにどれだけ私に常識を教えられるかで頭を悩ませているようにも見えた。公爵を目指すうんぬんは、あー、側近たちと共有してなかったかも。うっかりである。
「爵位を目指す理由が、誰にも文句を言われたくない、とは……一体どなたに似たのでしょう」
カシモラルが明後日の方向に視線を向けていたな、ははは。ちゃんとお仕事はするって、大丈夫だって。
食事中なのでさっさと思考を切り替える。先ほどのザブナッケに対しても「それは無理です!」なんて反論せず、大人しくボイルされたニンジンっぽい野菜を口に入れる。よく火が通っていて素材の甘みを感じる。根菜類が好きなので嬉しい。ゴボウみたいな野菜はこの国にないのかな?
「欲しい」
うめぇうめぇと口をもぐもぐさせていたので反応が遅れた。
欲しい?何が?誰が?
首を動かすと異母妹のレライエがじっとこちらを見ていた。普段は私が存在していないかのように振る舞っているのに、今日はしっかりと、視線だけでなく顔ごとこちらに向けている。ザブナッケといいレライエといい、今日は一体どうしたんだ。
「このお料理ですか?美味しいですよね」
「そんなわけがないでしょう」
レライエが苛立たしげに否定する。ニンジン嫌い派なのかな?野菜が甘いなんてどうかしている!って意見の人たまにいるもんね。私は気にせずもう一口運ぶ。
「そのリボンが欲しいです」
今度は指まで指している。レライエは私の顔より少し上、つまり私の頭の上で結われているリボンを指して欲しいと言った。
「な……ぜですか?」
なんでって言いかけた。言い直せた私偉い。
私はレライエがリボンを欲している理由がわからない。リボンに限らずたくさんの髪飾りをレライエは持っている。今だってパーティーにでも行くのかってくらい豪華な飾りを着けている。何の変哲もないサテンリボンなんて要らないだろう。
私は目をパチクリさせる。
「お父様、わたくしはあのリボンが欲しいです」
私のなぜに答えず、レライエはザブナッケに交渉をする。おいおい何でだ。
「ハーゲンティ、そのリボンをレライエに渡しなさい」
わー、え、わー?いいけど。
「はあ、わかりました」
私が言い終えるより早くレライエの側仕えがツカツカと歩いてくる。この場でリボンを持っていく気なのだろうか?食事中だし、髪が落ちてくると邪魔だから食べ終わるの待って欲しかったな、と思いながらフォークとナイフを机に置く。
が、カシモラルがレライエの側仕えを制止する。
「後ほどレライエ様のお部屋にお届けいたします。今はお控えください」
カシモラルの言葉を鼻で笑うレライエの側仕え。
「約束を反故にされたり、別のリボンとすり替えられては困ります。今この場での受け渡しをお願いいたします」
お願い、と言葉では言っているが口調は命令そのものだ。
どうしようかなと指を組んでいるとバティンが静かにカトラリーを置いた。バティンがザブナッケに注意か小言か、何かを言うつもりだろう。これはマズい。カシモラルたちが側近になった日を思い出し、バティンとザブナッケが喧嘩をする未来しか見えなかった。今2人が喧嘩しようものなら社交シーズンの3ヶ月を重苦しい雰囲気の中過ごすことになるので阻止しなければならない。
私はバティンより先に声を出す。
「カシモラル」
私に名前を呼ばれたカシモラルは、本当に良いのか?と尋ねたそうな顔をする。良いのだ。髪の毛と格闘しながらご飯の残りを食べるのと、この先3ヶ月をギスギス過ごすことなんて天秤にかけるまでもない。
「このリボンを解いて渡してあげてください」
私は笑顔のまま頭を少しカシモラルの方へ寄せる。カシモラルはそっとリボンを外し、乱れた私の髪に手櫛を通して軽く整えてから、レライエの側仕えに渡す。
レライエの側仕えは満足そうに微笑んで受け取り「感謝いたします」と言いながらさっさとレライエの横に戻った。せめて言い終わってから戻ろうよ。
レライエも満足そうな顔をしている。
そんなに欲しかったんだ、よかったね。
その後はまた私の存在をないものとした夕食が再開された。私はいつもと違う事をすると面倒ごとが起きると学習した。
明日は荷物の最終確認をし、明後日は王城へ向かう馬車に乗る日だ。
ついに全領地の貴族が集まる王宮での社交が始まる。
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