第17話

 

 お暇、できなかった。


 唐突に他家の騎士団から挨拶したいなんて言われるとは微塵も思っていなかった。私としては、これからも仲良くやっていきたいマルティムの家の騎士たちだ、挨拶はむしろしておきたい。だけど派閥が違うので、家同士の交流に結びつきそうな騎士団と挨拶をして良いのだろうかと悩む。ついこの間、派閥関係の失敗をしたばかりの私は側近と相談するようにと言われていた事を思い出す。


「時間が許すなら」


 そう言って私はカシモラルに顔を向ける。私が勝手にOK出していないし、挨拶受ける意思があることはマルティムに示せたし、上手くカシモラルにバトンタッチできたんじゃ無いだろうか。ダメだったら「今日はやめておきましょう」とか言って有耶無耶にしてくれるだろう。

 マルティムとボルフライもカシモラルに視線を向ける。


「少しの時間なら構いませんが、人数はどのくらいでしょうか。今から順番に部屋に招いていてはこちらだけではなく、マルティム様のご予定にも支障が出るのではございませんか?」


 カシモラルから交流の許可は出たが、うーん確かに。あまり時間をかけずに済む方法はないだろうか。考え込んで、自分が騎士の訓練に初めて参加した時を思い出した。


「わたくしが騎士団の訓練場へ向かうのはいかがでしょうか?」


 ナイスアイデア⭐︎くらいに思っていたが、周りがザワザワし出したので私はまたミスをしたらしい。


「ハーゲンティ様にご足労いただくわけにはまいりません」

「距離もございますし」


 マルティムの側仕えたちが口々に言う。


「ウハイタリの城と訓練場は離れていましたし間に庭もありました。同じように離れているのなら案内をするのも大変ですね」

「そこまでの広さはございません」


 私が離れているなら大変だと納得しようとしたが、マルティムが否定した。マルティムの側仕えたちが仕方なさそうにしている。騎士たちが突然言い出したようだし、もしかするとあちら側としても有耶無耶にしたかったのかもしれない。

 常識が足りない私と、単純に幼すぎたマルティムの組み合わせにより予定を増やしてしまいましたとさ。ごめんね。


「移動するのなら早いほうが良いでしょう。さっそくですが案内をお願いできますか?」


 私がマルティムに確認をとっている間にボルフライは自分の側仕えと軽く打ち合わせをし、私の方を向いてスっと手を上げた。


「わたくしの同行に許可をいただけませんか?」


 許可出すの、私?


「わたくしは問題ございません。マルティムはいかがですか?」


 マルティムに許可を求めると頷いてくれた。


「もちろんです。ボルフライも一緒に向かいましょう」


 と、言うわけで、夕方が近づき帰りの馬車が動き出すこの時間に私たちは騎士団の訓練場へ向かうことになった。






「ハーゲンティ様」


 移動のために周りがバタバタし始めたタイミングでカシモラルが内緒話を始める。


「なぜ訓練場へ向かうとおっしゃったのですか?」

「現地へ向かった方が効率が良いと思ったのです」


 どういうことだとカシモラルが首をかしげる。


「わたくしが初めて訓練場を訪れた日と同じようにできないかと。みなが並んでいて、挨拶の言葉を交わしたのは代表である騎士団長でした。同じようにできれば順番に全員と挨拶をせずに済むのではないかと考えたのです」


 ふむ、とカシモラルが考えるような顔になったので、私は好奇心の部分も付け加えておく。


「それと、お茶会中に騎士の訓練の話題を出しましたが、2人は訓練をしていないようでしたね。お話が聞けず残念に思っていたので、他家の騎士団を見学できる良い機会を作れたと思います」


 私が「楽しみでしょう?」と伝えると、カシモラルまで仕方がないなという顔になった。


 えー気になるじゃーん。


「お待たせいたしました」


 移動の準備が整ったようで、マルティムが声をかけてくれる。

 みんなでゾロゾロと歩きだし、大きな建物がすぐ目に入った。敷地が狭いわけではないが、館と訓練場の間に庭や寮が無い分、目の前に感じる。


「今日はマルティム様のお兄様も訓練に参加していらっしゃるのですよね?」


 ボルフライがマルティムに話しかける。


「はい、きっと挨拶をと言い出したのはお兄様です。なんと言えば良いのでしょう、とても、心配性なのです」


 シスコンか?今世も前世も兄がいない私はちょっとソワソワする。


「色々と気にかけてくださるのは嬉しいのですが、わたくしが帰敬式を終えてから、よりあれこれ口を出すようになりました」


 私は仲のいい兄妹だなぁくらいに思って歩みを進める。

 訓練場の入り口にはすでに大勢が並んで待ってくれていた。最前線に騎士団長ら幹部と思われる中年男性が並び、真ん中にものすごーく若い、と言うより少年が1人混ざっている。


「ハーゲンティ様、ようこそおいで下さいました。初めまして、マルティムの兄、オリアクスと申します。以後、お見知りおき下さい」


 少年がマルティムのお兄さんだった。髪はマルティムと同じワインレッドで、瞳は深い青色をしている。オリアクスとマルティムの顔立ちは似ている。つまり、悪役顔である。オリアクスは笑顔を向けてくれているが、どうにも含みがあるように感じてしまう。私は自分も似た系統の顔だということを棚に上げようとしてハっとする。


 私がオリアクスに向けている笑顔も同じように捉えられているかもしれない!


「オリアクス、初めまして。マルティムには仲良くしていただいています。お会いする機会ができて嬉しいです」


 柔らかい雰囲気を出せるよう心がけて微笑んでみる。しかしオリアクスの頬が一度ヒクと動いたのできっと警戒された。コミュニケーションって難しい。


「あははは」


 少し離れたところから男の子の笑い声がする。視線を向けると、チェリーピンクの髪をした少年がいた。何その髪色ピンクスパイダー歌い出しそうじゃんカッケー。


「私にも挨拶をさせてください。オリアクス様と親しくしていただいております、バイェモンと申します。以後お見知り置きを」


 ピンク髪の少年はバイェモンと名乗った。スカイブルーのキラキラした瞳がイタズラ好きな雰囲気を醸し出している。そんな彼が笑い飛ばしてくれたので、私は空気が少し軽くなるかと思ったが、側近たちからはなんとも重い気配が放たれている。

 空気は重いが、ボルフライも同行しているのでいつまでも睨み合いをしていられない。ボルフライと挨拶のための位置を交代するため私は一歩下がった。その様子を見てバイェモンが意外そうな顔をする。


「ハーゲンティ様は噂に違わず面白い方のようですね。ただ、知人たちから聞いていた話よりはまともそうに見えます」


 いつものアレね、なんて私は流そうとしたが「まともそう」の言葉に護衛官見習いのチャクスが足元をジャリと言わせたので慌てて大きめの声を出す。


「んま〜バイェモンったら、わたくしはとっても普通ですよ!面白いだなんて、またまた口がお上手ですね」

「まさかハーゲンティ様からお褒めの言葉を賜れるとは思ってもいませんでした」


 言葉遣いが丁寧ならば良いってもんじゃないでしょう、鼻で笑いながら言うんじゃないよ。私をバカに、いや、挑発しているのだろうか。取り繕ってもすぐにその化けの皮を剥いでやるって?やめてくれ。マルティムとボルフライが見ている前で、カッコつけな私がこんな安い挑発に乗りたくないが、バイェモンの口を閉じる必要がある。

 オリアクスの客人だし、止めてくれないかなと視線を動かしてみるが、オリアクスは私の一挙手一投足を見逃すまいと真剣な顔を向けている。止めて見せろとでも言いたげだ。なんでだ。

 私は小さくため息をついてからバイェモンに視線を戻す。


「本当に、よく回る口ですね。噂話などどこで尾鰭がついているかわからない空想をわたくしがいない所で楽しむ分には止めませんので、どうぞ続けてください」


 私が手で払うような仕草をすると「引っ込んでいろ」の思いが通じたようで、バイェモンは一瞬真顔になり、すぐ笑顔に戻して会釈をする。


「大変失礼いたしました」


 バイェモンが謝罪の言葉の後は口を閉じてくれたので、やっとボルフライの挨拶の順番が回ってきた。


「初めまして、オリアクス様。ボルフライと申します。以後お見知り置きください」


 そつなくオリアクスと挨拶を終わらせ、バイェモンとも挨拶をするようだ。


「こうしてお会いするのは初めてですねバイェモン様」

「そうですね。爵位は同じですが、派閥が違いますから」

「それこそ、バイェモン様の同派閥はハーゲンティ様でしょう?」


 えーそうだったのー!?


 声は出ていない、セーフ。

 城の使用人たちの態度を考えれば、バティン派も私にいい感情を持っていない人は少なくないだろう。頑張って少しずつ噂を塗り替えたいところだ。

 2人が静かに睨み合う。子供同士でよかった。よかった?よかったよね?

 区切りがついたと判断したのだろう、オリアクスが私の前に来て声をかける。


「ハーゲンティ様、どうぞこちらへ。中をご案内いたします」

「ありがとうございます。お願いいたします」


 オリアクスを先頭に私、マルティム、バイェモン、ボルフライの順番で訓練場の中へ入る。騎士たちは先に戻り訓練を再開していた。

 ウハイタリの訓練と同じように、年齢別のグループができているように見えた。


「わたくしはまだ訓練を始めたばかりなので、体力作りのために走り込みばかりなのです」

「我が家の訓練でも、帰敬式を終えたばかりの子供たちは走り込みばかりですよ」


 オリアクスは先ほどまで私を品定めするかのような態度だったが、少し態度を軟化させ、さらに私の問いにも答えてくれる。私、オリアクス、マルティムの3人でおしゃべりをしながらゆっくり訓練場を1周する。

 後ろからバイェモンとボルフライの話し声がちょっと聞こえてくる。


「本当に仲がいいのですか?てっきり強制されているのかと」

「違います。バイェモン様は一体何を見ていらっしゃるのです?その青い両の目は魔石ですか」


 ボルフライね、見た目はすごく儚げで可憐な少女なんだけどね、キッッッツ。好き。前回のお茶会に続いてまた助けられちゃったな。


 私が味方をしてくれるボルフライに嬉しくなり頭の中が少しふわふわしていると、いつの間にかオリアクスが歩みを止めていた。しまったと振り返って3歩ほど戻る。

 マルティムは怪訝そうな顔でオリアクスを見ている。その視線を気にせずオリアクスは口を開く。


「ハーゲンティ様は、私の妹マルティムが侯爵の跡取りになることをどのようにお考えですか?」


 あれ?跡取り決まってるって言ってたっけ?


 私がうーん?と首をひねるのとほぼ同時に、


「お兄様!何をおっしゃるのですか」


 マルティムが叫ぶように声を上げた。





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