第5話

「そうなんですか?、事務所はどこですか?」


奏太もファッション業界に身を置いているから、モデル事務所の名前くらいは大抵は知っている。


だから、ルキが所属している事務所も当然ながら知っているものと考えていた。


ルキの顔はこれまで見たことはなかったのだが……。


「splendore(スプレンドーレ)」


彼が答えた事務所の名前を聞いても、奏太はピンとこなかった。


そんな名称のモデル事務所など、あっただろうか。


数あるモデル事務所の名を思い起こしても、「スプレンドーレ」という事務所は聞いたことがない。


奏太が反応に困っていると、ルキが口を開いた。


「分かりませんよね、ほぼ無名の事務所なんで」


自虐的なルキの言葉に、奏太はなんと返せば良いかますます迷ってしまう。


「いや、その……」


「いいんです、事務所が弱小なのは俺も分かってるんで」


そう言ったルキの顔は割と平然としているように見えた。


ルキによると、スプレンドーレには二十歳の頃にスカウトされたらしい。


それから、広告やファッション誌の仕事をやってきたが、大きく話題になることはなかったようだ。


事務所の知名度が低く、ルキをあまりプッシュすることができなかったから。


モデルの仕事だけでは食っていけないので、彼は事務所社長の紹介でこのpiatto(ピアット)という店で働き続けているのだという。


「あれ、ちょっと待って。ルキさんはおいくつですか?」


そうだ、まだルキの年齢を尋ねていなかった。


すると、彼はやや面白くなさそうな顔をしたものの、仕方なくといった風に答えてくれた。


「に、にじゅう……二十八です」


もしかしたら年上かもしれないと思っていたが、奏太は僅かに驚いた。


確かにそこまで若いとは思わなかったものの、本当に三十路に近かったとは……。


年齢は高めと言えるかもしれないが、それでも奏太のブランドは年齢層を絞っているわけでもなく、若者向けに特化しているわけではない。


だから年齢など関係なく、やはりルキに専属モデルになって欲しいと奏太は思った。


「なるほど。では、KANATA SINDOの専属モデルになっていただけますか?」


塩野は少し納得いかないような顔をしていたし、ルキも悩んでいる様子。


悩んでいるということは、真向から拒否されていないということだろう。


そう思ったのだが……。


「いや………俺なんかより、もっと若いモデルがいるじゃないですか」


「そう言わないでください。私はあなたに、年齢関係なくお願いしているんです」


「でも……俺には大きな仕事は無理です」


そう言ったルキの表情は頑なだった。


モデルとして細々とした仕事はしてきたが、レストランでの仕事の方が収入が多いらしい。


「分かりました。では、今日はこの辺で失礼します」


日を改めようと考え、その日は奏太はレストランを辞去した。


しかし早くしなければ、どんどんと時間が過ぎてしまう。


後日、奏太は再度ルキのレストランを訪れた。


「あなたもしつこいですね」


ルキの吐く毒も、奏太は気にならない。


「この粘り強さが私の持ち味なので」


笑顔を向けた奏太に、ルキは困惑の表情を浮かべる。


「俺は自信がないんで。他を当たってくださいよ」


彼は取りつく島もないといった様子だが、奏太は負けなかった。


「他なんていませんよ」


奏太の言葉に、ルキは意表を突かれたようだ。


「え!?」


「本当はオーディションでモデルを募ろうと思ってたんです。でも、そんな時にこの店であなたをみかけて……あなたしかいないと思ったんですよ」


奏汰が誠意を込め真摯に告げると、ルキは何やら考え込んだ。

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