第3話
ウェイターの質問に、店の予約をしてくれていた塩野が答えた。
「はい、八時に予約をしている塩野です」
塩野の答えに、男は恭しく頭を下げる。
「お待ちしておりました」
彼に案内されて、奏太と塩野は席に着いた。
メニューを渡され食事を選んでいる間も、ウェイターの彼に気がいってしまう奏太。
何とかパスタとピザなどの料理を注文し終えても、ウェイターのことが気になる。
彼なら、自分のブランドの服が似合うだろう、ステージでも映えるだろうと思ったのだ。
そう、奏太は初めて行った店の店員に一目惚れしたのである。
ただ一目惚れと言っても、自社の専属モデルになって欲しいと思ったということ。
オーディションを実施するのもいいが、奏太はぜひこの男に自身の服を着て欲しいと思った。
それほどまでに、彼に惹かれたのだ。
勢いのままに、ウェイターの男に「うちのブランドの専属モデルになって欲しい」と言おうかとも思った。
しかし奏太は考えた末に、突然に声をかけることは止めた。
もしかしたら、彼以上の男が現れるかもしれないから。
とはいえ、奏太の心にはたまたま見つけたこの男が強烈に心に刻まれたのである。
その夜は、色々と考えはしたが、食事を済ませるとすぐに店を後にした。
塩野の運転する車の中で、奏太はそれとなく運転者に尋ねた。
「なぁ、さっきの店にいたウェイター、どう思った?」
「どう、といいますと?」
奏太の問いの意味を図りかねたのか、塩野が聞き返してくる。
「うん……なかなかヴィジュアルがいいし、スタイルも良さげだったからさ。うちの服、似合うんじゃないかと思って」
「あぁ、そうだったかもしれません。モデルにもなれそうな男性でしたね」
「そうなんだよ。彼に、うちの専属モデルになってもらえないかと思うんだ」
奏太の提案に、塩野は少しだけ目を瞠った。
「彼に、ですか……」
「そうだ。どうだろう?」
「でも、オーディションはどうされるんですか?」
そうだ、一ヶ月後には専属モデルを決めるオーディションを開催する予定になっている。
「会場もまだ仮押さえだし、正式に発表してないだろ?」
「はい。ちょうど明日、世間に発表する予定でした」
早くブランドを立て直したいのもあり、オーディションは急いで行いたいと考えていた。
しかし、あの男が首を縦に振ってくれるなら、オーディションは必要ないかもしれない。
もし彼が業界の素人なら、一から教育する必要は出てくるが……。
それでも、その手間さえも惜しくないと思えるものが、あのウェイターにはあるような気がしたのだ。
「俺は、あいつがいい。オーディションは不要だ」
「奏太さんがそうおっしゃるなら、彼に打診してみましょう。しかし……」
奏太の意向に賛成してくれたと思った塩野だが、何か懸念があるのか。
「何?」
「その……彼はさほど若くはなさそうですが……」
「あぁ、そのことか。俺も、取り立てて若そうではないなとは思ったよ。もしかしたら、俺よりも年上かもしれない」
それでも、どこか色々と経験してきた深みとかが滲み出ているように、奏太には感じられたのだ。
人生には紆余曲折があるものだし、人生を頑張っている人に自分の服を着て欲しい。
あの彼がどんな人生を歩んでいるのかは分からないが、きっとブランドにマッチするに違いないと思える。
奏太の思いを聞いた塩野は、納得してくれたようで、頷いた。
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