第二十章 父になる、ということ
もう一人”の命
春の終わり。
美月は微熱が続き、どこかぼんやりしていた。
「風邪……じゃないと思うんだよね」
そう言って買ってきた検査薬の結果を見たとき、
美月はしばらく動けなかった。
蓮に報告したのは、その日の夜。
ベランダで星を見ていた彼の隣に座り、静かに言った。
「……赤ちゃん、できたみたい」
その瞬間、蓮は言葉を失い、そして笑った。
「……そっか。会えるんだな。今度は、最初から」
涙ぐむ美月の手を、彼は強く握った。
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二 父親の記憶と、決意
それから数日、蓮の心にはひとつの問いが浮かび続けていた。
「自分に“父親”ができるのか?」
育てられた記憶は、施設か暴力か──
優しい父親の姿は、自分の中に存在しなかった。
そんなある日、タイガから久しぶりに電話があった。
「……蓮さん、俺、“父親”ってどう思います?」
蓮は少し笑って、答えた。
「うまくやろうとしなくていい。大切なのは、“逃げない”って決めることだけだよ」
そう語るうちに、自分自身にも言い聞かせていた。
逃げない──
今度こそ、自分の手で、誰かを守る。
⸻
三 紬光の想い
ある日、紬光がふいに言った。
「ねえ、ママのお腹に赤ちゃんいるんでしょ?」
美月は驚いて聞き返した。
「どうして分かったの?」
「なんとなく。ママの顔、柔らかくなってるから」
蓮が笑う。
「さすが我が家の探偵だな」
紬光は少しだけ考えて、こう続けた。
「赤ちゃん、いいなって思う。わたし、ちゃんと“お姉ちゃん”するからね。だから……パパとママのこと、ひとりじめはしない。……でも、ちょっとだけ、寂しいかも」
蓮は彼女を抱きしめた。
「紬光は、パパとママの“最初の宝物”だよ。誰が来ても、それは変わらない」
その言葉に、紬光は安心したように微笑んだ。
⸻
四 変わっていく日常
日々の生活は変化の連続だった。
美月はつわりと仕事の調整に追われ、蓮は家事と育児を担う比重が増えた。
それでも、夜中の洗濯、朝食の準備、保育園のお迎え──
一つひとつが「家族」であることの証だった。
ある夜、蓮はベッドにいる美月の膨らんだお腹に手をあてて、静かに話しかけた。
「なあ、お前には俺みたいな孤独、絶対に味あわせないからな。
お前が生まれてくる世界は、ちゃんと“温かい”って、最初から思ってほしい」
美月が、優しく彼の手を包んだ。
⸻
五 “父になる”ということ
数週間後、蓮たちは役所で養子縁組を正式に届け出た。
書類に名前を書き、押印を済ませた瞬間──
紬光は、正式に「中川 紬光」となった。
「これで、私たちほんとの“家族”だね」
その言葉に、蓮も、美月も、涙がこぼれた。
そして、心から思った。
自分は、父になる。
生まれたとき、何も持っていなかった。
与えられなかったものばかりだった。
だけど今、誰かに与えることができる自分になれた。
それが、何よりの“再生”だった。
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