第十九章 つながっていくもの

タイガの“初恋”


冬から春に季節が変わる頃。

タイガはクラブの練習帰り、同僚のアシスタントコーチ・千夏に何気なく言った。


「……俺、この仕事、たぶん“人生で一番好き”です」

「ふふ、それじゃあ恋は?」


「恋……」


タイガは一瞬言葉を失い、そして笑った。


「……あるかも、です」


彼の視線の先には、児童養護施設出身で、最近見学に来ていた新任スタッフの沙耶香がいた。

自分と同じように“居場所”を探している彼女に、タイガは心を重ねていた。


ある夜、タイガは蓮に電話をした。


「俺、人を“好きになる”のが、少し怖かった。でも、今……話したいことが、たくさんある相手がいるんです」


蓮は、ゆっくりと答えた。


「“伝えたい”って思えるなら、それはもう、始まってるよ。怖がるな」



二 美月と“実家”


結婚してから、初めて美月は自分の実家に蓮と紬光を連れて行くことにした。

母はどこかぎこちなく、蓮にこう言った。


「……あなたが“父親”をやっているのを見るのは、まだ慣れないわ」


それは、ただの偏見ではなかった。

かつて美月が苦しんでいた時、何もできなかった後悔の表れでもあった。


だが、帰り際。

母はふと紬光に声をかけた。


「また、おばあちゃんと遊んでくれる?」


「うん!パパとママと一緒なら、どこでも行く!」


その言葉に、母は微笑み、小さく頭を下げた。


「……この子は、幸せね」


蓮は静かに答えた。


「僕が、そう思わせてあげたいんです。何があっても」



三 養子縁組の決断


ある日、美月が提案した。


「蓮……紬光の戸籍、あなたの名前にしない?」


蓮は、しばらく沈黙したあと、小さくうなずいた。


「彼女が、望むなら」


その夜、紬光に尋ねてみた。


「……パパと“ほんとの”名字、一緒にしたい?」


紬光は、蓮の腕にしがみつきながら言った。


「ずっと前から、わたしは“パパの子”だったよ。だから、名前も一緒がいい」


涙が止まらなかった。

過去の痛みも、寂しさも、報われたような気がした。



四 “家族”というかたち


春の陽気のなか、蓮たちは小さな食卓を囲んでいた。


海翔は新生活の準備で忙しく、タイガは恋に揺れ、美月は仕事復帰に向けて研修を受けていた。

それぞれが、“新しい自分”を始めようとしていた。


だが変わらずここにあるのは、家族の会話と笑顔。


血のつながりも、戸籍の記録も、関係なかった。

ここに「心でつながる家族」が、確かに存在していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る