第5話・決闘騒ぎ

「どうしたんだ? Cランク冒険者がアタシに火急の知らせって。珍しいこともあるもんだ」


そう言うと、目の前の女は指に挟んでいたタバコを口に咥えた。


「メーネ様、冒険者様たちの報告のときくらいは、禁煙してください」


「……ふぅー、それくらい好きにさせろ。それで? その報告とやらを聞こうか」


エルフの女性に戒められた女は、それを無視して煙を口から吐き、俺たちに鋭い眼光を向けてきた。

あまりの威圧感に、俺は喉が締め付けられたような感覚を覚える。


「お、俺は、Cランクパーティー『竜の剣』の、バルドといいます」


「竜の剣、竜の剣……えーと――」


「およそ1ヶ月ほど前に、ハザクラ商会所属の商人、ダージ様から護衛依頼を受注されていますね。行き先はシーナギで、その往復路の護衛となっています」


エルフの女性が、手元の資料を見ながら女に説明をする。


「ふーむ、そうか。バルドとやら、報告を続けろ」


そう言うと女は、もう1度タバコを咥えた。


「わ、わかりました。実は、シーナギからナートレアへの帰路、街道でゴブリンロード率いるゴブリンの軍勢と接敵しました」


「ふぅー……ゴブリンロードか。しかも街道ってことは、森の浅層。なるほど……それは明らかに妙だな」


煙を吐いた女は、そう呟きながらタバコの火を机で消した。


「そうか……わかった。アーミナー大森林の調査依頼をこちらから出そう。3人とも、報告感謝する」


目の前の女――ナートレア支部ギルドマスターはそう言い終えると、そのまま席を立って部屋を出ていった。

それを見届けた俺は、体の力を抜いて大きく息を吐いた。


(なんて威圧感だ……あれがここのギルマスか……)


「申し訳ございません。ギルマスはとても自分勝手で――」


ギルマスが部屋から出ていくのを見届けたエルフの女性が、俺たちに軽く頭を下げる。

次の瞬間、1人の受付嬢が焦った様子で部屋に飛び込んできた。


「あの! 今、冒険者登録をしたベリル様は、御三方のお連れ様ですよね?」


「ん? ええ、ベリルは私たちの連れよ。登録でなにか問題でも?」


受付嬢の質問に、リーフがそう答える。

次の瞬間、彼女の口から信じられない言葉が出てきた。


「ベリル様が! Bランク冒険者の方と、決闘をすることになってしまいました!」











「おいおいおい、弱そうなやつが冒険者やろうとしてやがるぜ。そんなほっそい腕で剣振れんのかぁ?」


唐突に声をかけられ、俺は振り向く。

そこにいたのは、ニヤニヤと嗤いながらこっちを見る男だった。


「にしても高そうな剣使ってやがんな。おい、俺様にちょっと貸してみろよ」


そう言うと男は、俺の方に近付いてきて手を伸ばしてきた。

俺はそれを体を逸らして避けると、男がイライラとした様子で舌打ちをする。


(なんだこいつ? 俺の剣を勝手に取ろうとしやがって)


不躾な男に俺は表情は澄ましたままだが、心の中で苛立ちを覚える。


「おい、なに避けんだよてめぇ。早くその剣を渡せや!」


男は言い終える前に握り拳を作り、俺に殴りかかってきた。

それを見た俺は、首を左に傾げて拳を避ける。

俺が体勢を崩して素早く蹴り上げると、男の顎に足がクリーンヒットした。


「ガッ!?……ッ、て、テメェ! よくもやりやがったな!」


俺の蹴りをもろに受けた男は、よろけながら後退する。

男はフラフラとしたまま自分の手で顎を押さえると、興奮したように叫び出した。


「テメェ表出ろやァッ! Bランクであるこの俺様に喧嘩売ったこと後悔させてやる! 決闘だ決闘!!!」


俺に指を突きつけた男は苛立った様子ながらも、なぜか勝ち誇ったような表情を浮かべていた。






冒険者ギルドの地下――そこにある訓練場で、俺は男と向かい合っていた。

周りでは、審判としてDランク冒険者の1人が、そして野次馬としてたくさんの冒険者が俺たちのことを囲んでいる。

そして、先ほどの苛立ちはどこへ行ったのか、男は剣を肩に担ぎながら、最初のようにニヤニヤと笑顔を浮かべている。


「さあ早く始めようぜ? ま、テメェが無様に負けるだけだけどな」


そう言って男は、俺を見下した様子で笑い声を上げる。

俺はそんな男の様子に呆れながらも、鞘から剣を引き抜いた。


(Bランク冒険者……どの程度なのか試させてもらおうか)


「そ、それでは今から、Fランク冒険者ベリルと、Bランク冒険――」


「オラァ死ねやァ!」


審判の決闘の合図が終わる前に、男が剣を持って突っ込んできた。

俺は剣を横にして構えると、振り下ろされた剣が刃と勢い良きぶつかる。


「ふっ!……はっ!」


俺は力を込めて相手の剣を押し返すと、剣を持ち直してから薙ぎ払う。

刃は相手の剣身を捉えて、そのまま流れるように切断した。


「は……? な、お、俺様の剣が!? テメェふざけんじゃグガッ!?」


綺麗に真っ二つになった剣を見た男が、口を開いて文句を言ってきた。

俺は剣を振るった勢いのまま回転すると、その力を利用して回し蹴りをする。

男の顔の左側に蹴りはぶち当たり、男はそのまま吹き飛んでいった。


「バッ、グハッ、ゴハッ……!?」


事件にひれ伏した男は声を上げようとしたが、なにも喋ることが出来ずに気絶してしまった。


「あ、しょ勝者! Fランク冒険者ベリル!」


審判がそう言い切った瞬間、訓練場にいた全ての冒険者が歓声を上げた。


「ふぅ……これがBランク冒険者か。弱いな」


俺は気絶している男を横目に、剣を鞘へと仕舞う。

次の瞬間、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてくる。


振り向くとそこには、焦った様子でこちらに走ってくる、バルドたちの姿があった。


「ベリル! 決闘は一体どうなっ……あれは、ボージン!?」


そう声を上げたバルドの視線の先にいたのは、まだ気絶している男の姿。


「まさか、ボージンに勝ったのか!? お前さん本当に強いな!」


満面の笑みを浮かべるバルドは、バシバシと俺の肩を叩いてくる。


「あの男、ボージン? って、そんなに強いやつなのか?」


「ええそうよ。あの男、素行は悪いし新人にはダル絡みするし、ほんと最悪なやつだったの。けど、実力だけは無駄にしっかりとあってね……それで、どうしてになったの?」


「わかったよ。そうだ、俺の話が終わったら、そっちの報告がどうなったか教えてくれ」


リーフに説明を求められた俺はそう返事をする。

そして俺は、3人に決闘騒ぎになった理由を続けて話し始めた。






「先ほどは止めることが出来ず、申し訳ございませんでした!」


3人への説明を終えた俺は、ギルドの制度についての説明を受けようと、受付に戻った。

そして受付に着いた途端、リナリスさんに頭を下げられたのだった。


「いえ、大丈夫ですよ。それに俺、怪我1つないですし」


「まさか、ベリルさんがあんなにお強いなんて! 改めまして、受付嬢のリナリスです。それと、敬語でなくて構いませんよ」


「分かったよ、リナリスさん」


俺が敬語を止めると、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「あれでもボージンさんは、あまり多くないBランク冒険者のうちの1人なんですよ? まさかそれを無傷だなんて……」


そう言いながら彼女は、ジーッと俺のことを凝視してくる。


「最初、『竜の剣』の2人と、ソロでCランクまで上がったリーフさんの3人と一緒に入って来たじゃないですか。そのとき私、他の街から訪れた熟練の冒険者さんなのかと思いましたからね? そしたらまさか、『冒険者登録をお願いしてもいいですか?』だなんて。私すごいビックリしましたからね!」


彼女は受付から身を乗り出しながら、興奮した様子でそう声を上げる。


「……っと、こほんっ。それでは、冒険者ギルドの制度について説明していきます――」

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