第4話・冒険者ギルド

ゴブリンの死体をみんなで片付けたあと、俺は馬車に乗せてもらうことになった。

馬車の床に座り込んだ俺は、改めて3人の見た目を観察する。


最初に俺と会話をしたガタイの良い男は、得物である大剣を背負っている。

そして、耳の長いエルフらしき女性は、蔦や蔓のような装飾の施された槍を――


「落ち着いた事だし、お互いに自己紹介をしない?」


俺が女性の持っていた槍を眺めていると、彼女が口を開いた。

彼女は長い耳を手で摘むと、そのまま言葉を続ける。


「私の名前はリーフ、見ての通りエルフよ。それと、冒険者ランクはC。よろしくね」


そう言い終えた彼女は、「次は貴方の番よ」という視線を大剣の男に向ける。


「わかったわかった。俺はバルド、エルフの女と同じCランクだ」


するとバルドは、隣に座っていたもう1人の男の頭を鷲掴みにした。


「痛い痛い痛い!?」


「んで、この細いのがジグだ。ランクは1個下のDで、俺とパーティーを組んでいる。パーティーの名前は『竜の剣』だ」


冒険者、ランク、パーティー……

ネット小説などで良く目にした単語に、俺は改めて異世界にいる事を実感した。


「それじゃあ、お前さんのことを教えてくれ」


「えーと……まず、俺はベリルといいます。実は――」


バルドにそう尋ねられた俺は名前を名乗ると、あらかじめ用意していたカバーストーリーを3人に語った。

その内容は――


俺は個人的な調査で、未探索の遺跡を訪れていた。

探索は順調に進んでいたが、途中で恐ろしく強い魔物と接敵。

その魔物から逃走しているときに罠に引っかかってしまい、そして気が付けばどこかもわからない森の中にいた。


というものだ。

3人は俺が話し終わるまで、黙って耳を傾けていた。


「そりゃあ災難だったな! にしても兄ちゃん、まさかゴブリンロードを一撃とは。とんでもねぇな!」


最初に口を開いたのはジグだった。

ジグはそう言いながら、俺の肩を叩いてくる。

力が強いからか、普通に痛いので止めてもらいたい。


「それと兄ちゃん。わざわざ敬語を使う必要はないぜ? だって俺らは戦友だからな!」


「わかりま――分かったよジグ。ただ……暑苦しい」


強引に肩を組んでくるジグに対して、俺はそう返事をする。

すると、バルドが近付いてきてジグの首根っこをガシッと掴んだ。


「だから痛いって!? 馬鹿力を自覚しろよ!」


バルドは無言で俺から引き離すと、ジグの腹を思いっきり殴った。

ジグは「グハッ!?」と呻き声を上げると、そのまま馬車の床に突っ伏す。


(えぇ、まさかの一撃……哀れ、ジグ)


ピクリとも動かないジグに、俺は心の中で手を合わせた。


「そうだ! この国について今から、ベリルに色々と教えましょ」


ポンっと手を合わせたリーフが、そう提案してくる。

バルドの方を見ると、首を振って肯定していた。


「それじゃあ始めましょ」


こうして俺は、馬車が到着するまでの間に色々な事を教えてもらった。


今、俺たちがいる国は、アルケレス王国というらしい。

カジーロ大陸の南東部に位置しており、大陸の三大国の1つだそう。


「治安もいいし、ご飯もすごく美味しい。ほんと過ごしやすい国ね」


と、説明の最中にリーフが独り言のように呟いていた。






「――、今日は私のお気に入りの宿屋を紹介するわ。そこはね――」


「皆様方、もう間も無くナートレアに着きますよ」


泊まる場所をどうしようかと考えていた俺は、リーフからおすすめの宿屋を訊いていた。

すると馬車の前側から、ダージさんの声が聞こえてきた。


「おー、やっと着いたぜ! 今日はパーっと酒を飲むぞ!」


「その前にギルドに報告だバカ。それに、ベリルも冒険者登録するってさっき話しただろうが」


1人で盛り上がってるジグを横目に、俺は耳を澄ましてみる。

すると、微かに街の喧騒が聞こえてきた。


(活気がありそうな街だな。楽しみだ)


俺は馬車に揺られながら、静かに気持ちが高まっていた。






少し時間が経つと、徐々にスピードを落としていた馬車が、完全に停止した。

すると外から、知らない男の声が聞こえてくる。

どうやら男は、ダージさんに話しかけているようだ。


「止まれ! って、ダージさんじゃないですか! お久しぶりですね、ご無事そうでなによりです」


「お久しぶりです、トッポさん。ええ、護衛の皆様が優秀だったので、怪我もなく帰って来られましたよ」


「それは良かったです。実は最近、大森林でのゴブリンの行動が活発になってまして」


「それは恐ろしいですねぇ。何事も無ければ良いのですが」


「ほんとですね。おっと、引き留めてしまってすみません。それでは、どうぞお通りください」


男がそう言い終えると、馬車は再び進み出した。

いつのまにか、先ほどまで微かだった街の喧騒が、はっきりと聞こえている。

俺はちょっとした感動を覚えながら、まだ止まらない馬車に揺られていた。






「皆様方、ナートレアに到着しましたよ」


馬車が再び止まると同時に、ダージさんが俺たちに声をかけてくる。

俺は馬車から降りると、目に映った街並みに息を呑んだ。


(これが、異世界の街か……)


古代ヨーロッパに近い街並みだが、行き交う人々は活気に溢れている。

帯剣をした男や杖を持った女性も当たり前に歩いており、改めて異世界だというのを実感した。


「着いたぞベリル。ここが冒険者ギルドだ」


馬車から降りたバルドはそう言って、右腕を広げて1つの建物を指し示した。

そこにあったのは、『冒険者ギルド』とシンプルに書かれた看板が取り付けられた、木製の建物。


(なんというか……冒険者らしいな)


建物は俺の想像通りに、武骨な見た目をしていた。


「それでは私はこの辺で失礼します。およそ1ヶ月の間、護衛をしてくださりありがとうございました」


そう言い終えたダージさんは、近くにいたリーフに紙を手渡すと、礼をしてから馬車を発進させた。


「よし、これで依頼は完了ね」


渡された紙を確認し終えて、リーフはそう言った。

少し辺りを見渡してみると、武装をした人たちがこちらに向かってきているのが分かる。


「今はちょうど夕方だから、みんな依頼から帰って来てるのよ」


リーフはそう言いながら、前に出てギルドのドアを開けた。


「さ、行くわよ」


スタスタと進んでいくリーフに続き、バルドとジグも入っていく。

俺初めて訪れるギルドに、興奮と不安を覚えながら3人に着いていった。


入った瞬間感じたのは、血と思わしき鉄のにおいと、鼻が曲がりそうな程の酒のにおい。

俺はローブの袖で鼻を押さえながら、ギルドの中を見渡してみた。


まず正面に見えたのが、ギルドの受付カウンターだ。

ギルドの制服を身につけた4人の女性が並んでおり、全員とも顔が整っている。

俺はそのうちの1人と目が合うと、手を振られたので会釈を返した。


左側には酒場が広がっており、まだ夕方なのにも関わらず、たくさんの冒険者たちが酒を飲んでいた。


(……はなりたくないなー)


そんなことを考えながら俺はサッと視線を外し、今度は右側に視線を移した。

右側の壁は掲示板のようになっており、依頼だと思われる紙が大量に貼られている。

今は見ている人が少ないが、朝にはたくさんの人が群がってそうだ。


ひと通りギルド内を眺めた俺は、これから何をするのかと、ふと疑問に思う。

『報告をする』とは言われていたが、詳しい話は聞いていなかった。

そんなことを考えていると、バルドとリーフが声をかけてくる。


「よしベリル、お前さんは冒険者登録をしてこい。その間に俺らは、今回のことについて報告してくる」


「ここは先輩である私たちに任せて、ね?」


そう言ってバルドは俺の肩をバシバシと叩き、リーフは得意げに胸を張った。

それにしても、ずいぶんと慎まし――


ギロリッ


「ん? 今なにか、考えた?」


「いえ、なんでもないです……」


リーフに思いっきり睨まれた俺は、萎縮しながら返事をした。

やはり、やましいことを考えてはいけない。


「おいジグ、なにボーッとしてんだ。お前も早く行くぞ」


「え、あー、いやぁ……お、俺は遠慮しとくわ!」


そう言ってジグが、2人の視線から逃れようと俺の後ろに回ってくる。

次の瞬間、素早く迫ってきたバルドが、ジグの首根っこを掴んだ。


「何言ってんだ、お前も行くんだよ」


「嫌だ! ここのギルマスめっちゃ怖いじゃん!」


バルドはギャーギャーと喚くジグを引きずりながら、受付の所まで連れて行った。

そんな2人を見ていたリーフは、呆れた様子で後ろをついていく。


(それじゃあ、俺も冒険者登録するか)


俺は3人が向かった受付の真反対にある、1番左端の受付を選んだ。

そこにいたのは、可愛らしい笑顔を浮かべた茶髪でボブヘアの女性。

胸元には『リナリス』と書かれた金属製のネームプレートが付けられている。


「ようこそ、冒険者ギルド・ナートレア支部へ! 本日はどういったご用件でしょうか」


「冒険者登録をお願いしてもいいですか?」


俺がそう言うと、リナリスさんは驚いた表情を浮かべる。

しかし、すぐに表情を笑顔に戻すと、彼女は言葉を続けた。


「かしこまりました! それでは、お名前をお教えください」


「ベリルです」


俺がそう伝えると、彼女は手元にあった用紙に書き込んでいく。

彼女は書き終わってペンを置くと、「少々お待ちください」と言って受付を離れて左奥の部屋――倉庫だろうか?――へと入っていった。


それにしてもさっきから、すごい視線を浴びている気がする。

もしかしたら、Cランクだと言っていたバルドやリーフと、一緒にギルドに来たからだろうか。


「お待たせしました! こちらの魔導具を使用して、登録を行います」


戻ってきたリナリスさんは、『ドンッ』と持ってきた器具を受付の上に置いた。

彼女が「魔導具」と呼んだものは、四角い箱の上の上に乗った透明な球体。

どこからどう見ても水晶玉であった。


「こちらに手を添えてください」


言われた通りに俺は、ぽんっと水晶玉に手を乗せた。

すると、乗せた右手から魔力がどんどんと水晶玉に吸われていく。


「はい、ありがとうございます。今ので魔力登録が確認できました。これで、冒険者登録は完了となります! こちら、ベリル様の冒険者証となっています」


そう言って手渡されたのは、『ベリル Fランク』と書かれた木製のタグだった。


「冒険者証が破損する、または紛失してしまった場合、再発行には料金が発生するので注意してください」


(金がかかるのか。気をつけないとな)


俺は彼女の説明を聞きながら、ひとまずはローブのポケットに冒険者証を突っ込んでおく。


「それでは、次に冒険者ギルドの制度について――」


「おいおいおい、弱そうなやつが冒険者やろうとしてやがるぜ。そんなほっそい腕で剣振れんのかぁ?」


唐突に声をかけられ、俺は振り向く。

そこにいたのは、ニヤニヤと嗤いながらこっちを見る男だった。











「どうしたんだ? Cランク冒険者がアタシに火急の知らせって。珍しいこともあるもんだ」

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