第1話 着信履歴

 “カラン”

 トールグラスの中で、氷が動く音が心地よい。カラメル風味の炭酸が、心地よく喉を潤していく。

 ホテルの部屋で、シャワーを浴びた後、夜景を眺めながらルームサービスのコーラーを飲む。至福のひと時だ。

 この美味しさはホテルのルームサービスでなければ、味わえない。


 古本屋で暇つぶしに買った自己啓発本に即発されて、一度頼んでからやみつきになってしまった。

 ルームサービスでコーラーを頼むと、従業員の方がコーラーの瓶ボトルとグラス、氷、カットしたライムまたはレモン、そして喉の渇きを潤すための水、それらをトレーに載せて持ってきてくれる。

 ホテルによっては缶コーラのところもあるが、それではダメなのだ。

 僕がホテルを選ぶ時は、ルームサービスで瓶のコーラーがあるかが重要なファクターとなっている。

 自宅で飲むよりも、バーで飲むよりも、ホテルの部屋から夜景を眺めながら飲むコーラが一番美味しい。

 最高の場所で、最高の一杯。

 これこそ真の贅沢だと思う。 

 えーと、何の話をしていたっけ。


 そうそう。申し遅れたが、僕の名前は高橋隆介という。

 バッファロー・グレートフォールズに所属する、しがないメジャーリーガーである。

 僕が所属するバッファロー・グレートフォールズは地区5位に終わり、今シーズンもプレーオフに行くことができなかった。

 よって最終戦終了と同時に、チームも僕もシーズンオフに入った。

 アメリカ球界4年目となる今シーズン、途中マイナー落ちの憂き目にも遭いながらも、メジャーリーグで63試合に出場して、打率.236、ホームラン0、打点4,盗塁9の成績を残した。

 代走や守備固め等、途中出場がメインのいわゆるスーパーサブである。

 まだ来季のオファーを受けていないので、次のシーズンもこのチームに残れるか不明である。

 もっともアメリカに来て2年目からは、キャンプは招待選手として参加し、シーズン開始直前に契約してきた。

 大体僕のような控えの選手は最後に契約となる。もし同じ程度の成績であれば、30歳代の僕よりも若い選手を取るのは理解できる。

 これまで4年、何とかメジャー契約を勝ち取ってきたが、来シーズンは厳しいかもしれない。

 来シーズンの事は、来年ゆっくり考えることにする。幸いお金には困っていないし、当面暮らしていけるだけの貯金はある。


  今はシーズンの疲れを取るため、そしてシーズン中はできない家族サービスも兼ねて、家族同伴でフロリダへバカンスに来ている。

  今日は家族でフロリダのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートで1日中子供たちの相手をした。

 9歳になる長男の翔斗は、誰に似たのか落ち着きがなく、じっとするということを知らない。常に落ち着きなく走り回っているので、ついて回るだけで大変である。ある意味、試合に出るよりも大変かもしれない。

  このわんぱく小僧に加えて、我が家には6歳のお転婆娘、結茉もいる。妻の結衣はシーズン中はこの二人の面倒を一人で見ている。母親業というのもなかなか大変なようだ。

 

 僕はホテルの窓際に立ち、コーラと氷が入ったトールグラスを片手に、プライベート用の携帯電話を開いた。

 携帯電話は2台持ちしており、1台は球団関係者など多くの人に番号を教えているが、もう1台は親族や特に親しい友人にしか教えていない。よって滅多に着信はない。

 この携帯は日中はホテルの部屋に置いていたので朝確認したきりであった。

 急ぎの用ならもう一台の方にかけてくるはずである。


「誰だろう?」

 着信履歴に気がついた。

 連絡先に登録のない番号から、昼から夕方にかけて3回着信があったようだ。


 この携帯電話番号はほんの一部の人にしか教えていない。

 そしてその携帯電話に、見知らぬ番号の着信履歴が残っている。

 こういうことは稀にある。基本的に間違い電話だ。だが時間を開けて、3回も間違い電話というのも考え難い。僕はかけ直そうか躊躇して、しばらく画面を見ていた。

 すると突然、その番号から着信が来た。

 

「は、はい。高橋です」反射的にに着信ボタンを押していた。

「こちらは高橋隆介選手の携帯電話で間違いないですか?」

「はい、そうですが…」きっと僕の声は警戒して、強張っているだろう。

「私、静岡オーシャンズのゼネラルマネージャーをしている東田と申します」

「東田さん…ですか?」

 僕は記憶を巡らせた。そう言えば人的補償で泉州ブラックスに移籍した際に、僕に引導を渡した人物がそういう名前だったような…。

 確かアメリカの大学でMVPを獲得したエリートだ。(作者注:MBAの間違いですね)

 そのエリートが僕に何の用だろう。


「大変ご無沙汰しております。高橋選手のご活躍はいつもスポーツニュース等で見させて頂いておりました」

「はあ、それはありがとうございます…」

「今、お話しても大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

 妻の結衣と息子の翔斗、娘の結茉は別室にいる。この部屋には僕しかいない。

「実は折り入ってお話したいことがありまして…」

「はあ…」

 静岡オーシャンズのGMが僕に一体何の用だろう。考えられることは1つしかない。つまり僕を獲得したいというオファーだ。

 

 僕のプロ野球選手としてのキャリアは、静岡オーシャンズにドラフト7位で入団した時から始まった。

 入団時の僕は二軍の試合を行うための数合わせで獲得した、とファンからも揶揄されるほど、期待は低かった。

 しかしながら持ち前の粘り強さと根性を武器に16年間プロの世界で生き抜き、メジャーリーグの舞台にまでたどり着いたのだ。


 なぜ、東田ゼネラルマネージャーはこの番号を知っているのだろう。その疑問を伝えると、帰ってきた答えは大変腹立たしいものだった。

「実は三田村二軍コーチから、この番号を教えて頂きました」

 あの野郎…。僕は不幸にも義兄弟となってしまった、長身男性の顔を思い浮かべた。

 彼は僕と同じ年にドラフト4位で投手として指名された。肩を痛め最後に登板した2軍の試合で、完全試合達成という強烈なイタチの最後っ屁をかました。

 引退後の彼は大学を経て、トレーナーとして静岡オーシャンズに戻り、昨シーズンから二軍の投手兼トレーニングコーチに就任していた。

 彼は何の因果か、僕の妹と結婚してしまったため、大変不本意ながら形式上は義弟ということになる 


「そうですか…。ところで話したいことって何でしょうか」

「はい。明日以降、どこかでお時間を頂けないでしょうか」

「はあ…。まあ先週でシーズンは終わりましたので、時間はいっぱいありますが…」

 来年、35歳になることを考えると、アメリカでの野球は潮時かもしれない。

 子供たちの学校のことを考えると、そろそろ日本に戻るのも悪くは無い。


「そうですか。それでは明日の10時にホテルの一階のカフェでお会いできませんか」

「ホテルって、僕が泊っているこのホテルですか?」

「はい。実は私もこの近くに宿泊しているのです」

「何で僕がここに宿泊しているのを知っているのですか?」

「はい、それも三田村二軍コーチから聞きました」あの野郎。個人情報をペラペラと…。

「そ、そうですか。承知しました」

「それでは明日、お待ちしております」

 そう言って電話が切れた。

 僕は茫然として、通話が終わった携帯電話を眺めていた。

 静岡オーシャンズのゼネラルマネージャーが、わざわざアメリカくんだりまで来ているという事は、やはり僕を獲得したいという話だろう。


 僕は部屋の窓に立って、外の夜景を眺めた。部屋は8階なので夜景が綺麗に見える。

 静岡オーシャンズか…。

 静岡オーシャンズに入団してから、泉州ブラックス、札幌ホワイトベアーズを経て、大リーグまで到達した。

 流浪のプロ野球選手生活の締めくくりに、静岡オーシャンズに戻るのも良いかもしれない。

 氷が溶けて、薄まったコーラを飲みながら、そんな事を考えた。




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