ドラフト7位で入団してⅡ(ドラフト7位で入団した僕が、紆余曲折の結果、プロ野球の監督になった話)
青海啓輔
プロローグ
いよいよ今日は開幕戦。後、30分ほどで試合が始まる。
僕はベンチを一歩出て、世田谷ドーム内を見回した。
東京チャリオッツのホーム球場ということもあり、超満員のお客さんの9割5分以上が相手チームのファンのようだ。
ライトスタンドの一角にポツンとスカイブルーの一団が見える。
球場内のほとんどの方が東京チャリオッツの圧倒的な勝利を期待しているだろう。開幕戦勝利はただの一勝とは言え、特別なものである。
もっとも我が静岡オーシャンズは引き立て役になる気はさらさらない。
僕はベンチに戻り、モニターでブルペンの様子を見た。
我がチームの先発投手は順調のようだ。
捕手相手に気持ちよさそうに、ボールを投げ込んでいる。
頼むぞ、天邪鬼。一泡吹かせてやれ。
やがて開幕セレモニーが始まり、クリーム色の帽子と服を身にまとったミス静岡の綺麗な女性から花束を受け取った。
始球式は若手人気女優の柴田玲香さん。しっかり試合前に僕の名前入りのサインを頂き、ロッカールームに入っている。ツーショット写真も撮ってもらい、後でカメラマンからプリントアウトしたのをもらうことになっている。
始球式が終わり、いよいよプレイボールがかかった。これより我が静岡オーシャンズの存亡を賭けた戦いが始まる。僕は武者震いを感じた。
東京チャリオッツの先発は右腕の菅本投手。自信に満ちた顔で、投球練習をしている。
何しろ昨シーズン。我が静岡オーシャンズは東京チャリオッツ相手に3勝21敗1引分。そして菅本投手に対しては0勝8敗。65イニングで奪った点は僅か3点。完膚なきほど叩きのめされた。
菅本投手は昨シーズン、19勝で最多勝を獲得したが、静岡オーシャンズは彼のタイトル獲得に大きく貢献した。
新生静岡オーシャンズの1番バッター、新外国のブラウン選手が左打席に入った。身長190近い菅本投手に対し、163センチと殊更小さく見える。
ブラウン選手はバットを短くもっており、東京チャリオッツの内野陣は前進守備を敷いている。セーフティバントを警戒しているようだ。
バットを短く持っているのはチームからの指示である。ブラウン選手が非力なのもあるが、1番の目的は球数を投げさせるためだ。
ブラウンは視力が良く、バットコントロールが良い。一説では視力は2.0を超えていると言われている。
菅本投手がどこに投げても、バットに当て、9球粘った。だが菅本投手は顔色一つ変えず、辛抱強くストライクゾーンの四隅に投げ込んでいる。この辺りはさすがベテランの好投手だ。カウントは1ボール、2ストライクが続いている。
B● 1B
S●● 2B
O 3B
そして10球目。ようやくブラウン選手は外角低めのストレートを前に打ち返した。平凡なショートゴロだ。
ショートの伊庭選手は名手。軽やかな足取りで打球を捕球し、一塁に送球した。
「セーフ」
球場内が大きくざわついている。
何だ今のは…。球場全体がそう言っているかのようだ。
伊庭選手はムダのない動きで一塁に送球した。だがブラウン選手の走力はそれを上回った。
東京チャリオッツの亀田監督はリプレイ検証を要求…はしなかった。
ベンチで見ても間一髪、セーフに見えたのだろう。
ノーアウト一塁。菅本投手はまだ恨めしそうに一塁を見ている。彼にとって先頭打者を塁に出したのは大きな誤算だったのだろう。
しかもランナーは俊足。盗塁にも警戒しなければならない。
B 1B◎
S 2B
O 3B
2番は大向選手。岡山パイパーズを戦力外になって、静岡オーシャンズが獲得した29歳の右打の選手だ。
俊足には定評があったものの、じっくり球を見るタイプだが非力で三振も多く、守備も平凡だったのでここ数年はほとんど2軍暮らしだった。
最初から送りバントの構えをしている。
菅本投手は一塁ランナーのブラウンを警戒し、3球立て続けにけん制球を投げた。
そして初球。ブラウンはスタートを切らず、大向選手はバットを引いた。
だが投球はストライク。外角低めにツーシームが決まった。
敵ながら素晴らしいコントロールだ。
あのボールをバントするのは難しい。
簡単には二塁に進ませないという意思表示だろう。
B 1B◎
S● 2B
O 3B
そして2球目。またも外角低めへのストレート。これもバントは難しいボールだ。
だが大向選手はバットを引き、腕を伸ばし振り抜いた。右打ちを意識したうまいバッティングだ。
なぜこんなに、技術があるバッターがずっと二軍に塩漬けになっていたのか。理解に苦しむ。きっと岡山パイパーズは選手層が厚く、同じタイプのもっと若い選手がゴロゴロいたのだろう。でも静岡オーシャンズにとっては貴重な戦力だ。
打球は右方向に転がり、うまく一二塁間の真ん中を抜けた。
一塁ランナーのブラウン選手はスピードを落とさぬまま、二塁を蹴って三塁に向かい、滑り込んだ。送球が来たがセーフ。
これでノーアウト一、三塁。絶好の好機だ。
B 1B◎
S 2B
O 3B◎
山梨捕手がマウンドに行き、菅本投手に声をかけている。菅本投手は苛立ちを隠せないようだ。彼にとって、静岡オーシャンズは単なる引き立て役であり、初回からこんなピンチを背負うことは想定外だったであろう。
さてここはどう攻めようか。次は3番のディクソン選手。僕は内沢バッティングコーチの方を見た。彼は僕を見て、軽くうなづいた。僕は黒沢ヘッドコーチにアイコンタクトし、黒沢コーチはブロックサインを出した。
ディクソンも身長は180センチあり、長打力も一定程度あるが、俊足でもある。
守備シフトはバックホーム体勢。1点もやらないという意思表示だ。
ディクソン選手は左打席に入り、サインを確認し軽くうなづいた。
初球。
外角低めいっぱいにカーブが決まった。ストライクワン。
今日の試合で初めて投げた球種だ。ディクソンは苦笑いしている。かなり遠く見えたのだろう。
B 1B◎
S● 2B
O 3B◎
2球目。
ストライクゾーンギリギリを掠め、外に逃げていくボールだ。
ディクソン選手は見送ったが、これもストライク。
何かを呟いているが、訳さないほうが良いだろう。最近はネット小説でもコンプライアンスが求められている。
これでノーボール、ツーストライクと追い込まれた。
B 1B◎
S●● 2B
O 3B◎
3球目、内角へのストレート。
ディクソンはやや仰け反って避けた。
これは布石であり、4球目はきっと外角に来るだろう。
B● 1B◎
S●● 2B
O 3B◎
そして4球目。予想通り外角低めへのストレート。ディクソンは何とかバットに当て、ファールとした。
B● 1B◎
S●● 2B
O 3B◎
5球目。外角低めへのツーシーム。これもファールで逃げた。
B● 1B◎
S●● 2B
O 3B◎
そして6球目。真ん中高めへのストレート。
ディクソンは狙いすましたように打ち返した。
打球はセンター前に弾んでいる。
幸先よく1点先制し、さらにノーアウトランナー一二塁だ。
菅本投手は呆然とセンター方向を見つめている。まさか初回に点を取られるとは思ってもいなかったようだ。
静岡1-0東京
B 1B◎
S 2B◎
O 3B
4番は仲村選手。チーム生え抜きの28歳の選手で昨シーズンは124試合に出場し、打率.245、ホームラン7本と絶不調のチームの中では気を吐いた。
50秒台6.0の俊足を誇り、入団時は走攻守三拍子揃った大型外野手として期待された。
だがなかなか数字が伸びないまま、早くもプロ入り10年目を迎えた。
今季にかける思いは並々ならぬものを感じる。
そして初球。真ん中低めへのスプリットをうまく拾った。
だが打球はセカンド正面をつき、セカンドライナー。スタートを切っていた一塁、二塁ランナーはいずれも塁に戻れずトリプルプレー…。
良い当たりだったが、ヒットエンドランが裏目に出た。
まあ長いシーズン、こういうこともある。
先制できただけ良しとしよう。
静岡1-0東京
B 1B
S 2B
O●●● 3B
1回裏、静岡オーシャンズのマウンド。故障明けの左腕、ミスター天邪鬼が上がっている。彼にとっても捲土重来、名誉挽回を期すシーズンとなる。
3年前に肘の手術を受け、なかなか調子が戻らず、過去2年間は試合登板が無い。
所属チームとの契約が終了し、契約更新がなされなかったため、懇願され、仕方なく我がチームに加えてやった。
オープン戦は3試合に登板し、9イニングを投げて自責点17失点。防御率は何と17.00…。なかなかお目にかかれない数字である。
マスコミやファンからは終わった投手とささやかれている。
なぜそんな彼を開幕投手に起用したか?
それは他にめぼしい投手がいないという事情もあるが、基本的には彼を信じているからである。
彼のことは昔からよく知っている。
いや知りすぎている。
手を抜いているわけでも無いだろうが、練習試合とか親善試合では全く力を発揮できない。というかしない。
だが大事な試合になると物凄い力を発揮する。僕は批判受けることを覚悟で、そこに賭けたのだ。
1回裏。東京チャリオッツの1番打者は昨シーズン、.295、ホームラン17、盗塁33を記録した丸本選手。
走攻守揃った球界を代表するリードオフマンだ。自分で言うのも何だが、僕の全盛期に近い選手である。
初球。ど真ん中のストレート。
余りにも絶好球過ぎて見逃したか。
ストライクワン。
球速表示を見ると、154キロ。
オープン戦では140キロ台前半がやっとだったのに…。流石というか…。
B
S●
O
2球目。
外角低めへのストレート。
これも見逃した。というよりも手がでなかったように見える。
球速は155キロ。
嘘だろ。さっきよりも速い。
昔から大舞台になればなるほど、力を発揮する奴ではあるが…。
B
S●●
O
そして3球目。
真ん中高めへのストレート。
丸本選手はスイングしたが、空振りの三振。球速は152キロ。
球速以上に球が伸びているように見えるだろう。
丸本選手は首を傾げながら、ベンチに帰っていった。こんなボールを投げるとは聞いてない、と言わんばかりだ。
B
S●●●
O
2番打者はミートがうまい、河森選手。
とにかく空振りの三振をしないことで有名である。
しかしその河森選手に対しても、3球オールストレートで三振を奪った。しかも全て空振り。エンジンがかかってきたか?
B
S●●●
O●
続く3番の本村選手もストレート、ストレート、スプリットで3球三振。
何とこの回、わずか9球で3三振に切って取った。
ボール球を一球も投げずに三者三球三振…。相変わらず派手な事が好きな奴だ…。
B
S●●●
O●●
かくしてこの大事な開幕戦。1対0で見事に初戦を飾った。
東京チャリオッツの菅本投手も意地を見せ完投したが、初回の1失点で負け投手になった。
我らの先発投手はというと、ボテボテの内野安打とポテンヒットのわずか2安打完封。16奪三振…。
奴はここ数年は故障に苦しみ、オープン戦も滅多打ちに遭い、もう終わった選手と囁かれていたが、見事に復活した。
ゲームセットの後、波が引くようにお客さんが帰宅していき、スタンドには僅かにスカイブルーの一団が残っている。
僕はヒーローインタビューを見ることなく、ロッカールームに引き上げた。
アイツのドヤ顔は見たくない。
幸先よく勝利したが、シーズンは始まったばかり。俺達の戦いはこれからだ。
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