第5話 大衆居酒屋グラテマル ⑤

「お待たせしました、スペシャルモレンサワーです」

「ども」

「あっ、ジョッキありがとうございまーす」


 麦酒との別れを済ませたタイミングで、ちょうど良く給仕ちゃんが新たな飲み物を持ってきた。

 スペシャルモレンサワーの登場である。

 ソーダで割ったお酒に爽やかなモレンという柑橘類を入れたモレンサワー。食事の脂をすっきり洗い流してくれる、食事にもピッタリな呑みやすいお酒だ。

 ただこのモレンサワー、ただのモレンサワーではなく”スペシャル”なモレンサワーである。普通のモレンサワーが30ウェンのところ、42モレンするからね。コレ。

 いったいなにがスペシャルなのかというと、グラスいっぱいに氷の代わりにカチコチに凍ったカットモレンが敷き詰めてあり、そこにお酒が注がれているのだ。当然、ジョッキ(通常よりちょい大きい)もキンキンに冷えてて、持ち手も冷たい。

 そしてウマい。サワーはキンキンであればあるほど、いいからね。

 さらにだんだんと中が溶けてモレンみが増してくるから、時間経過で味変できるのもよき。


 モレンサワーは甘い派甘くない派に別れるが、俺はビター寄りの甘い派。

 正直、もの食ってるときの飲み物はほとんど甘くなくてもいいのだが、モレンサワーは若干甘みがあることで、その方がモレンが引き立っていて飲み物として美味しいような気がする。

 たまに過激無糖派層が、甘いヤツじゃ料理の味が分からなくなるとかいって全否定してくけど、言わんとしてること解らないではないけど、そんなこと無いと思うんだよなぁ。

 特にパンチなる濃い味の時に、ちょっと甘さがある飲み物とかがカウンターになってウマくはまるときもあるしね。

 要はどんな酒も楽しみ方次第、ということ。

 それぞれの嗜好を否定するもんじゃないね。

 まぁ、串焼きとモレンサワーは最高なんですけどね。


 あぁ、肝臓もウマー。

 いつの間にか1本目を瞬殺し、サイレントで2本目にいってました。

 肝臓だけに沈黙ってか。 ←これ、今の時代でも意味解る人おるんかな?

 弾力のある心臓と違って、肝臓はふわっと柔らかい食感。

 質の悪い店なんかだと、ぐじゅっとした食感で独特の臭さがでてしまう扱いの難しい肝臓だが、ここのようにきちんとした処理をすれば、一気に串の主役へと躍り出るポテンシャルを持っている。

 この独特のクセがまた魅力的で、とある知り合いは肝臓が好きすぎて、それのみを大量に注文し続けて、バクバク食っていた。

 俺もそこまでではないにしろ、けっこう好き。

 ただし、塩味は鮮度がよくてきちんとしたものを出す店だけにした方が良い。はじめてきたとこは、タレで様子を見るのが無難だろう。


 肝臓に取りかかりつつも、次の一手を思考する。

 この串盛り6本(肉4野菜2)のいいところは、戦略が考えやすいところでもある。肉を2本食べたら、野菜を間に挟むというローテーションが上手く回る。ただし、肉で最後を締めたい場合は、肉肉野菜肉野菜肉という変則ローテもアリだ。

 今の俺は、心臓肝臓ときている。心臓から砂ずりだと若干食感が近いので、肝臓のエアリーな食べごこちを次鋒に持ってきた。

 となると、次なる3番手だが、今回の串盛りは内臓系中心のラインナップのため、全体的に肉食ってる感という意味では、少し弱いところがある。

 ただそれを見越してなのか、盛りのバランスを整えるために野菜串に少し特殊なメンバーが控えていた。

 ベーコントマム串、である。

 ミニトマムを一個一個ベーコンで巻き、串に刺したこの一品。じっくりとカリカリに焼かれたベーコンを纏ったミニトマムは、破裂しそうなほどにパンパンに膨れている。これ、速攻でいくと熱々のトマム果汁で、口内デロンデロンになるやつである。

 なので、いったんステイさせ食べ頃まで落ち着くのを待っていたという側面もある。熱いけど、火傷しない程度のギリギリの温度。

 それが今さ。


 カリッ、プチュ、ジュワ~。


 うぅ、ウマい。まず脂をとばしてカリカリ状態なベーコンの塩味と食感に出会う。その勢いのまま先にあるトマムに歯を立てると、堰を切ったように溢れ出る熱された果汁。少し時間を置いて落ち着かせたとはいえ、まだまだ熱々のトマムに口内の温度は急上昇。それと同時にトマムの濃い味が、熱されて急激に上がった甘みが、口内を支配する。

 ここでヒエッヒエッのモレンサワーをイン。

 爽やかな熱と爽やかな涼の頂上決戦が口内ではじまって、そしてすぐに終わる。なぜなら、次のトマムを投入するからだ。

 ここから先は短期決戦。

 串、酒、串、酒の連続投入に、口内もてんやわんや。それでも一気呵成にベートマ串を片付けた。

 他の料理も当然そうではあるんだけど、トマム串に関しては特に、ぜったいに熱いうちに食べきるべきだ。

 なんか冷めたトマム串って、悲しくなるんだよな。

 うっかり食べ忘れてて、冷え固まったベーコンとヌルくてヤワい食感のトマム。それを惰性で口に放り込む宴の終盤。それぐらいなら火傷してても速攻で食べておけばと、後になって後悔したくない。

 ベーコントマム串は火傷しない程度に落ち着いたら、冷め切る前に食い終える。これ、お兄さんとの約束な。



スペシャルモレンサワー  42ウェン

 

 

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