第6話 大衆居酒屋グラテマル ⑥
「はい。――――と――――ですね。かしこまりました」
串盛りと相対している間にも、次の矢を用意しておく。
空白こそが一人呑みの最大の敵であり、少し間が開くと、眠気とか満腹感とかがいきなり襲ってくる。
だから、できるだけ絶え間なく食べて呑み、最後のシメにまでたどり着いてこその一人飲み、ウタゲなのである。
飲みの具合から言えば、今はちょうど半ば。
いちおう俺もいっぱしの肉体労働者なので、けっこう食える方だと思うし、お酒もそこそこいける口だ。
残りのキャパ的には、腹は半分いったかいかないかぐらい、お酒の楽しく飲めるラインのとこまでは、あと2~3杯ぐらいというとこだろう。
普段は割と今ぐらいの注文で終えて、あとどっかで腹に溜まるもの入れて家に帰るという場合が多い。
ただ今日に関しては、稼いだ報酬額もそこそこあり、明日が休養日である。そういったこともあって、何時もより呑みに比重を置いて豪遊したろ、となっている。
まぁ豪遊と言ってもリーズナブルな大衆居酒屋なんだけどね。
いつかもっと塔の上層を探索するようになって、お高いところで好き放題飲み食いできるようになりたいものだ。
さて、再び串盛りと向き合う。
残りの串盛りは3本。
モモ肉、砂ずり、キノコ串、である。
モモ肉は名前の通りトリの足の太もも部分であり、脂の乗ったジューシーな部位。トリ肉界のトップオブトップで、一番人気といっても決して過言ではない。
トリ肉といえば基本的には、モモかムネであり、ムネはモモよりも脂肪分が少ない部位なため、ジューシーさという面では、モモの方が強い。
つまり、モモ串というのは、最もトリの肉々しさが味わえる串というわけである。
砂ずりはトリの胃の一部であり、食べたものをすり潰す消化器官。消化器官だけあって強い部分なのか、弾力があって食べ応えがある。トリ肉にしかない器官なので、内臓系ではあるが、人気のあるイメージ。
ここのトリは基本的にドロップして即この店に出荷されているので、未使用のままこうして食べ物になっていると考えると、何とも不思議な気分である。
まぁ大好物だから、美味しく食べるんだけどね。
もうひとつ、クセ者枠のキノコ串。
ここのキノコ串は何種類かのキノコを、一口大の同じ大きさに揃えて串打ちして焼いてくれる。今日は、イシタケ、エリンキ、マッシュルゥ、の3種類。個別で頼むことも可能である。俺としてはイシタケ串は毎回注文候補に上がるぐらい好き。今回は塩味だが、ソイソースをかけるのも抜群にウマい。
この3本の中でまず手を出すのが、モモ肉である。
メインディッシュっぽいやつだから、最後かなと思われるかもしれないが、俺はあえてここでいく。
きれいな焼き目がついたモモ串にかぶりつくと、口内にじゅわ~っと広がる肉汁。先ほどトマムのじゅわ~が山間部の川の渓流だとしたら、こちらは海、全てを飲み込み慈愛溢れる、母なる海である。
口内では旨みと脂の大波が猛り、波浪警報発令中。
トリ一色に染まった口内だからこそ、ここで酒。大時化の海に無謀に挑む一隻の船の如く、モレンの雫が注ぎ込まれる。
!!!
見えた。
遙かなる水平線の、その先。夢にまでみた新大陸。
黄金郷はここにあった。大いなる旅路はここに至るためにあったのだ。
うん。やっぱりモモ肉はウマい。
ウマいからこそ、安心して他の部位にいくことができるのだ。
帰る場所がある。だから人は冒険することができるのだ。
モモ肉の衝撃を受け止めるの容易ではない。同じトリ系で攻めると、余程のもので無いと味がぼやけてしまう。
故に全く違うベクトルの旨み、キノコ串の登場である。
キノコは特殊な食べ物だ。
味も独特のクセがあるし、食ったところでほとんど腹の足しにならない。ただ単純に生きながらえるための食事なら、キノコなどまったく存在価値がないのだ。
だが、楽しむための食事において、キノコほどその幅を広げてくれる食材もない。
クニュッとした食感と共に、トリの旨みに支配された口内に一気に大地の味が駆け巡る。
俺たちが地に足がついた人間だっていうことを思い出させてくれるような、土の滋味を感じる旨み、野を吹く風のように鼻を抜けていく風味。
ウマい。
ただあえて言うなら、ここは他の酒でもいいかも。サワーも悪くないのだが、しっかりとした味で受け止める系の酒でもいいかもな。
3種のキノコによる複雑なコントラストは、複雑な旋律を奏でて、自分自身の見せ場をきっちりと創りながらも、次への期待を演出する。
ジュワ~、クニュ、と続いた食感。
こうなってくる湧いてくる、しっかりとした歯ごたえの渇望。
さぁ、場は整った。
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