第7話:放課後の告白、揺れる感情

文化祭の準備もいよいよ大詰めを迎え、クラスは連日、熱気に包まれていた。放課後の教室は、生徒たちの活気と、道具がぶつかる音、絵の具の匂いで満ちている。陽菜と月見も、他のクラスメイトに劣らず、毎日遅くまで作業に励んだ。陽菜が指示を出し、月見が黙々と飾り付けを作る。その連携は完璧で、陽菜が次に何を必要としているか、月見は言われなくても理解しているようだった。クラスメイトからも「陽菜と月見って、息ぴったりだよね! まるでずっと前から一緒にいたみたい!」と声をかけられるほどだった。陽菜は、その言葉を聞くたびに、胸の奥が温かくなるのを感じた。月見もまた、陽菜の隣で作業することに、静かな安らぎを覚えていた。


しかし、陽菜の心の中では、月見への特別な感情が募る一方だった。その感情は、ただの友情では収まらない、もっと深く、甘く、そして切ないものへと変化していた。特に、月見が他のクラスメイトと話す様子を見るたびに、胸がチクリと痛むような感覚を覚える。それは、昨日の昼休みに感じた微かな不安が、少しずつ形を帯び始めている証拠だった。陽菜は、月見の全てを、月見の小さな癖も、静かな声も、時折見せるはにかんだ笑顔も、全てを自分だけのものにしたいと、本能的に願うようになっていた。その思いは、日に日に陽菜の心を支配していくかのようだった。


その日の放課後、全ての飾り付けが完成した。巨大なトランプの兵隊、色とりどりの花、アリスの世界が教室いっぱいに広がっている。生徒たちの歓声が上がり、達成感に満ちた笑顔で、次々と教室を後にしていった。陽菜と月見だけが、誰もいなくなった教室に残った。西日が差し込み、教室は茜色に染まっている。窓の外からは、遠く運動部の声が聞こえるが、この教室の中は、まるで別世界のようだった。静寂の中で、二人の息遣いだけが聞こえた。


陽菜の心臓が、ドクン、ドクンと大きく鳴り響く。まるで、胸の奥で太鼓が打ち鳴らされているかのようだった。これまで胸の奥に秘めていた熱い感情が、まるで堰を切ったように溢れ出しそうになっていた。今、この静かな空間で、月見と二人きり。これ以上ない好機だと、陽菜の心が叫んだ。


(今だ……今しかない……! ここで伝えなきゃ、きっと後悔する……!)


陽菜は意を決して、月見に背を向けたまま、静かに声をかけた。その声は、陽菜自身も驚くほど震えていた。


「ねえ、月見さん。少し、話があるの」


月見は、陽菜の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。陽菜の背中からは、いつもとは違う、張り詰めた空気が伝わってくる。月見の胸には、微かな緊張が走った。陽菜のその声の響きに、月見の心は、漠然とした不安を抱き始めていた。月見の心の中で、これまで経験したことのない、不穏な「予感」が静かに広がり始めていた。


陽菜は深呼吸をして、震える声で月見への想いを口にする。言葉を選ぶ余裕などなかった。ただ、この溢れんばかりの感情を、月見に伝えたい。それだけだった。陽菜は、自分の足元から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。


「月見さんのこと、もっと知りたい。友達としてじゃなくて……もっと、月見の隣にいたい。私、月見さんのこと……その、大好き、なんです」


陽菜の言葉は、夕暮れの教室にはっきりと響いた。その瞬間、月見の瞳は大きく見開かれた。驚きと同時に、心の奥底で抑え込んできた感情が激しく揺さぶられるのを感じる。月見の胸には、陽菜の真っ直ぐな言葉が、まるで雷鳴のように響き渡っていた。これまで月見の感情を覆っていた透明な壁が、陽菜の言葉によってひび割れ始め、その奥に秘められた感情が波打つのを感じた。それは、喜び、戸惑い、そして微かな恐怖が入り混じった、嵐のような感情だった。月見は、自分の心の中に、これまで感じたことのない「混乱」という感情が生まれていることに、戸惑いを隠せないでいた。陽菜の言葉が、月見の均衡を保っていた世界を、大きく揺るがしたのだ。


月見は何も言えず、その場に立ち尽くす。陽菜の告白は、月見の予測の範囲をはるかに超えていた。彼女の心は、処理しきれないほどの感情の奔流に圧倒されていた。月見は、自分の感情が、制御不能なほどに膨れ上がっていくのを感じた。その混乱は、月見の頭の中で白い靄のように広がり、思考を鈍らせた。


陽菜は、月見が何も答えないことに、不安に押しつぶされそうになる。陽菜の瞳には、涙が滲み始めていた。それでも、陽菜は月見の答えを待った。沈黙が、重く教室にのしかかる。秒針の音が、やけに大きく聞こえた。陽菜の喉が、カラカラに乾いていた。


月見は、陽菜の視線に耐えきれなかった。陽菜の真っ直ぐな瞳が、月見の心の奥底を覗き込んでいるように感じられたのだ。月見は、自分のこの混乱した感情を、陽菜に見せるのが怖かった。こんな醜い感情を、陽菜に見せてしまってはならない。そう、月見の心が本能的に叫んだ。


月見は、小さく「……ごめんなさい」と呟いた。その声は、震えていた。そして、陽菜に背を向け、逃げるように教室を後にした。月見の心は、嵐の中の小舟のように揺れ動き、一刻も早く、この感情の渦から逃れたかったのだ。廊下を走る月見の足音は、まるで自分の心の混乱から逃げ出そうとしているかのように、焦燥感を孕んでいた。


陽菜はただ、月見が残した沈黙と、夕焼けに染まる教室に一人取り残された。月見の「ごめんなさい」という言葉が、陽菜の心臓を深く抉った。涙が、陽菜の瞳から止めどなく溢れ落ちる。ポタポタと、床に落ちる涙の雫が、夕焼けに照らされて、きらめいた。陽菜の胸は、絶望と戸惑いでいっぱいだった。なぜ月見は去ってしまったのか。自分の気持ちは、月見を困らせてしまっただけだったのか。陽菜の心は、深い闇に包まれていった。夕焼けが、まるで陽菜の傷ついた心を嘲笑うかのように、赤く、赤く燃え上がっていた。教室に残された陽菜は、月見の背中が遠ざかっていくのを、ただただ見つめることしかできなかった。陽菜の心は、冷たい氷で覆われたかのように、感覚を麻痺させていた。

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