第8話:心の迷路、見つける答え

月見は、教室を飛び出すように駆け出した。陽菜の告白が、月見の心を激しく揺さぶっていた。廊下を走り、階段を駆け下り、ただひたすら、どこかへ向かって走った。目指す場所などなかった。ただ、あの教室から、陽菜の真っ直ぐな瞳から、そして、自分の心の中で渦巻く混乱した感情から、逃れたかったのだ。校舎の裏手にある、普段誰も来ないような物置小屋の影に身を隠し、月見は膝を抱え込んだ。呼吸が乱れ、心臓が大きく鳴り響いている。早鐘のように打つ心臓の音が、耳の奥で響き渡っていた。


(どうして……どうして、あんなことを……陽菜さんは、どうして私なんかに……)


月見の心は、嵐の海のように荒れ狂っていた。陽菜の「大好き」という言葉は、月見にとって予測不能な雷のようなものだった。これまで、月見の心は常に一定の秩序を保っていた。感情は、冷静に観察され、深く踏み込むことはなかった。しかし、陽菜の言葉は、その完璧な均衡を、一瞬にして打ち破ったのだ。月見の胸には、喜び、戸惑い、そして説明のつかない恐怖が入り混じっていた。陽菜の真っ直ぐな愛情が、月見の閉ざされた心を無理やりこじ開けようとしているかのように感じられたのだ。月見は、自分の心が制御不能なほどに揺さぶられていることに、深い困惑を覚えていた。


数日間、月見は陽菜を避けてしまった。登校しても、陽菜と目が合わないように視線を逸らし、休み時間にはすぐに教室を出て、誰もいない場所に身を隠した。食堂には行かず、パンを購買で買って済ませた。陽菜からのメッセージにも、返事を躊躇った。メッセージアプリを開けば、陽菜からのメッセージが既読にならずに残っている。そのたびに、月見の胸はチクリと痛んだ。月見の心は、深い迷路に迷い込んだかのように、出口を見つけられずにいた。月見は、自分のこの混乱した感情が、陽菜を傷つけるのではないかと恐れた。陽菜を傷つけるくらいなら、いっそ、この感情ごと消えてしまいたいとさえ思った。


放課後、月見はいつも図書室の奥の席で時間を過ごした。古びた本の匂いと、静寂が、月見の心をわずかに落ち着かせるようだった。いつものように絵本を開いても、物語の内容が頭に入ってこない。文字の羅列が、ただ意味のない記号にしか見えなかった。月見の心の中では、陽菜の笑顔、声、そしてあの告白の言葉が繰り返し響く。陽菜の温かさや優しさ、そして自分を「もっと知りたい」と言ってくれた真っ直ぐな気持ちを思い出すたびに、月見の心は温かい光に包まれるような、しかし同時に胸が締め付けられるような、複雑な感情に襲われた。その光は、月見の閉ざされた世界に、一筋の希望をもたらすようでもあった。


(陽菜さんは……どうして、あんな風に、私を……陽菜さんの笑顔、声、私を心配してくれたあの手……)


月見は、陽菜が自分にこれほどまでに深い感情を抱いてくれていることに、驚きと同時に、微かな喜びを感じ始めていた。その感情は、月見の心の奥底で、ゆっくりと、しかし着実に形を変えていく。陽菜の存在が、月見にとって「未知の感情」ではなく、「かけがえのないもの」になりつつあることを、月見は漠然と、しかし確信的に感じていた。それは、まるで、自分の心を縛っていた透明な鎖が、少しずつ解けていくような感覚だった。


ある日の夜、月見は自室の窓から満月を見上げていた。静かな夜空に輝く月は、いつも月見の心を落ち着かせてくれる存在だった。しかし、その夜は違った。月を見つめていると、陽菜の「月の精と星の物語」への共感の言葉が思い出された。「月の精が、初めて誰かと心を通わせる場面が……孤独だった世界に、光が差し込むような……」。その言葉が、月見の心に深く響いた。月見は、まるで、自分が絵本の中の月の精になったかのように感じられた。そして、陽菜こそが、自分の孤独な世界に光を灯してくれた、「小さな星」なのではないかと思った。陽菜の明るい笑顔、陽菜の優しい声、陽菜の温かい手。その全てが、月見の心を満たしていく。


月見の心の中で、これまで抑圧されていた感情が、堰を切ったように溢れ出した。陽菜が自分にとって、どれほど大切な存在であるか。陽菜の温かさが、どれほど月見の心を癒してくれたか。陽菜の真っ直ぐな言葉が、どれほど月見の世界を鮮やかに彩ってくれたか。その全てが、月見の脳裏に鮮明に蘇る。それは、月見にとって、初めて経験する感情の奔流だった。


陽菜の告白は、月見にとって大きな混乱をもたらしたが、同時に、月見自身の本当の気持ちに気づかせる決定的なきっかけだった。月見は、自分の心の中で「好き」という感情が、陽菜への確かな愛情として芽生えていることを、はっきりと自覚した。それは、もう疑いようのない事実だった。月見の心は、もう迷路の中ではなかった。出口は、陽菜のいる方向を指し示していた。陽菜の笑顔を思い出すと、月見の心は温かく、そして力強く満たされていくのを感じた。


月見は、陽菜が自分にとってかけがえのない存在であることを確信し、彼女の隣にいたいという、これまでにない強い願望が芽生える。それは、理性や論理では説明できない、純粋な心の声だった。月見は、陽菜の告白を受け止めるべきだと、心の底から答えを見出した。月見の表情に、これまでになかった決意の光が宿る。その瞳には、陽菜への深い想いが宿っていた。


翌朝、月見は、いつものように早く家を出た。しかし、今日はもう、陽菜から隠れることはしない。月見の足取りは、昨日までとは違い、確かな意志に満ちていた。陽菜に、自分の本当の気持ちを伝えたい。月見の心は、希望の光で満たされていた。空には、昨日の雨が嘘のように、明るい太陽が輝いていた。月見の心は、澄み渡った青空のように、清々しい気持ちになっていた。月見の心に、新しい朝が訪れたかのようだった。

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