後編
「私の幸せな人生を返しなさいよ!」
アマリアはガブリエラにそう叫ぶ。
「えっと、その……」
アマリアに詰め寄られ叫ばれたガブリエラは涙目になっていた。
「ガブリエラ!」
そこへ、品のある貴婦人が颯爽とやって来てガブリエラを抱きしめる。
「ガブリエラ、大丈夫かしら? 酷いことを言われたわよね?」
「お母様……」
どうやらガブリエラの母のようだ。
ガブリエラは母が来たことで安心していた。
「大丈夫です、お母様。ありがとうございます」
「ガブリエラ……
ガブリエラの母は優しげであった。
しかしその優しげな表現から一変し、アマリアを見る目は絶対零度のように冷たくなる。
「貴女……
口元は笑っているが、冷たい目にアマリアはゾクリとした。
「だってそれは……」
ガブリエラの母を前にして、アマリアは何も言えなくなってしまう。
ガブリエラの母は意味ありげに口角を上げ、ゆっくりとアマリアの耳元で囁く。
「貴女に言っておかないといけないわね。アドラム子爵家が販売している便利な道具の数々……あれは
それを聞いたアマリアはハッと目を大きく見開きガブリエラの母を見る。
「そうよ。
ふふっと蠱惑的に微笑むガブリエラの母である。
同性でも思わず見惚れてしまいそうになる笑みだ。
アマリアも余裕があればうっとりしていただろう。
「まさか令嬢系アンソロジーの世界に転生するなんて思わなかったわ。でも、大切な娘が破滅する未来なんて選ぶわけないじゃない。ヒロイン如きが
挑発的な囁き声だが、ガブリエラの母は諭すようにアマリアの肩に手を置く。
それにより、恐れもあったがアマリアの神経は逆撫でされる。
「モブの癖に出しゃばりやがって!」
思わず肩に置かれたガブリエラの母の手を振り払うアマリア。
その時、ガブリエラの母の手にはアマリアの爪により引っ掻き傷が生じ、うっすらと血が流れる。
「お母様、血が……!」
「ガブリエラ、このくらい何てことないわ」
青ざめるガブリエラに対し、彼女の母は優しい笑みを向けた。
「これは何事ですの?」
凛として品のある声が響き渡る。
「もう! 次から次へと誰よ!?」
色々と思い通りにならないアマリアは、苛立ちを隠そうともしない。
するとやって来た女性の護衛らしき人物が声を張り上げる。
「無礼者! このお方はこの国の女王陛下だ!」
「え?」
ガブリエラの母が転生者だったり、女王が登場したりとアマリアは頭が追いつかなくなった。
(もう、本当に何なのよ!?)
「ルシア、怪我をしておりますわね。急いで王宮の医師を呼んで治療をしましょう」
「女王陛下、この程度は擦り傷ですので王宮の医師の方々のお手を煩わせるわけにはいきません。お気持ちだけお受け取りいたします」
ガブリエラの母――ルシアは女王に対して落ち着いて対応していた。
「いいえ、ルシア。貴女の発明品には
「……そこまで仰っていただけますのであれば、後程治療をお受けいたします」
「そうしてちょうだい。ガブリエラ、貴女も大変でしたね」
「恐縮でございます。ですが、母や陛下がいらしてくださり心強かったです」
ガブリエラはこの国の最高権力者である女王に少し緊張しつつも、品のある笑みを浮かべた。
女王もガブリエラと彼女の母ルシアには優しい表情を向けていた。
しかし、アマリアには冷たい表情を向ける。
「貴女はディラック伯爵家のアマリアですね。よくも我々王家主催の夜会で騒ぎを起こしてくれましたね。衛兵、アマリアを会場の外に連れ出しなさい」
「え、ちょっと!?」
先程から頭が追いつかないアマリアは、衛兵により会場から締め出されてしまった。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂
「アマリア! よくもディラック伯爵家に泥を塗ってくれたな!」
「そうよアマリア! 女王陛下とアドラム子爵夫人とガブリエラ嬢に失礼を働くだなんてとんでもない!」
夜会から締め出された後、アマリアはディラック伯爵家で両親からこっ酷く叱られていた。
「それに何なの!? パターソン伯爵家との縁談や、タウナー侯爵家との縁談だなんて! 王家主催の夜会であんな嘘を叫ぶだなんて恥ずかしいわ!」
「そうだぞアマリア! それに、パターソン伯爵家にダミアンなんて人物はいない! あの家は令嬢しかいないんだ!」
「え……!? 何で!? ダミアンがいない!?」
前世で読んだ漫画と全く違う設定に、アマンダは混乱している。
「だったら私、レオン様と結婚して贅沢で幸せな生活が出来ないじゃない!」
「何馬鹿なことを言っているのよ!」
「アマリア、あの夜会の後、タウナー侯爵夫妻からこう言われた! 贅沢を好む上、妄想癖まである令嬢をタウナー侯爵家に入れるなどあり得ないとな!」
「え……!?」
アマリアは父からの言葉に頭が真っ白になった。
「レオン様と結婚出来なければ、誰が贅沢な暮らしをさせてくれるの!? 私、真面目に生きて来たのに!」
「ふざけたことを言うんじゃない! お前はディラック伯爵家の恥だ! 女王陛下も夜会でトラブルを起こされたことに怒り心頭らしい! お前のようなとんでもない妄想癖のある奴はもう修道院に一生入っていろ!」
「アマリア、修道院へ行く手続きもしてあるわ。明日、この屋敷から出て行きなさい」
「そんな……」
両親からそう言われ、アマリアは呆然とした。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂
翌日。
アマリアは失意の中修道院へ向かおうとした時、来客があった。
ガブリエラの母ルシアである。
「何しに来たのよ? 私を見て笑いに来たわけ?」
すると、ルシアは蠱惑的に口角を上げる。
何を考えているか全く読めないのが恐ろしいと感じるアマリアである。
「貴女が一生修道院から出たくないと思えるような話をしてあげに来たのよ」
ルシアは妖しげな笑みだった。
「……何よ?」
思わず後ずさるアマリア。
「
「……ガブリエラをダミアンに近付けない?」
「まあ、それも考え付いたけれど、大切なのはガブリエラとダミアンが幼馴染にならないことなのよ。だから
ルシアは妖艶な笑みを浮かべた。
「あ……」
アマリアの表情が青ざめる。
前世でアマリアが小学三年生だった時、一番下の妹が生まれた。
その時に、母親から妹が一歳になるまで蜂蜜は絶対に与えてはならないことを教わった。
アマリアはまだ小学生だったので詳しいことは分からなかったが、一歳未満の子供は蜂蜜の中に含まれる菌のせいで死んでしまう可能性もあるということだけは分かった。
だから前世のアマリアは弟と協力して家にある蜂蜜を棚の奥に厳重保管しようとして母親から「そこまでしなくても良いけど」と苦笑されたことがあった。
「流石に分かるみたいね。
楽しそうにクスクスと笑うルシア。対するアマリアは顔色が悪くなる。
「その結果、ダミアンは死んでしまったわ。可哀想だけれど、ガブリエラを守る為だもの。仕方ないわ。それに、ああいうのは男のダミアンがしっかりしないのが悪いのよ。愛する娘ガブリエラを破滅させる諸悪の根源は徹底的に排除しておかないと。だからダミアン以外に男児が生まれた場合も、同じ手口で始末したわ。ガブリエラに男の幼馴染がいたら大変ですもの」
アマリアの目の前にいるのは、紛れもない人殺しである。
「どうして……そこまで……?」
アマリアの呼吸は浅くなっている。
「どうしてって、愛する娘の為よ。愛する娘ガブリエラが破滅せず幸せになれるのならば、
ルシアは「それに……」と言葉を続ける。
「
美しくも恐ろしい表情だった。
アマリアは「ひいっ」と小さく悲鳴を上げる。
「別に、この話を誰かにしても構わないわ。でも、妄想癖のある貴女の話なんて、誰が信じるのかしらね?」
ルシアはクスクスと笑っている。
「それと、もしも修道院から抜け出そうとした場合、
口元は笑っているが、低く冷たい声である。
アマリアは震えながら首を横に振る。
「絶対に……修道院から抜け出しません……!」
修道院の中にいた方が安全だと感じたアマリアである。
こうしてアマリアは修道院へ行き、生涯をそこで過ごすのであった。
※一歳未満の子供に蜂蜜を与えてはいけません。
とんでもない転生者が原作崩壊させていた 宝月 蓮 @ren-lotus
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます