第4話 禁断の錬成と心の揺らぎ
迷宮の最深部は、まるで世界の傷口のような場所だった。
悠斗の足音が石畳に響くたび、壁に刻まれた古代文字がかすかに発光する。その光は血のように赤く、彼の影を長く歪ませていた。リアとミラが後に続くが、二人の表情には明らかな不安が宿っている。
「悠斗...」リアが呟く。「ここに来てから、あなたの錬金術の光が変わった」
確かに、悠斗が錬金術を発動させる時に手から放たれる光は以前とは違っていた。最初は青白い炎のような美しさがあったが、今は血色を帯び、時折黒い筋が混じる。まるで彼の憎しみが魔力に混じり込み、可視化されているかのようだった。
「気のせいだ」悠斗は振り返らずに答える。しかし、自分でもその変化に気づいていた。錬金術を使う度に、心の奥底で何かが蠢く感覚がある。それは快感でもあり、同時に得体の知れない恐怖でもあった。
最深部の扉の前で、悠斗は立ち止まった。扉には絡み合う魔法陣が刻まれ、その中央に古代文字で「生命の理を超えし者、汝の魂を代価とせよ」と記されている。
「これは...」ミラが眉をひそめる。「生体錬成の封印術式ね。こんなものが存在するなんて」
「生体...錬成?」リアの声が上ずる。彼女の弓を持つ手が、わずかに震えていた。
ミラの唇が、氷のような微笑みを形作る。「ねえ、悠斗。あなたは死体を見たことがある?」
「何を...」
「私は見たことがあるの」ミラの指先が、まるで何かの感触を確かめるように宙をなぞる。「帝国の錬金術師が実験に使った『素材』を」
静寂が三人を包み込む。重く、息苦しい静寂が。
「人間の肉体を、まるで鉱石のように扱うのよ」
リアの顔が青ざめる。
「肉が金属に変わり、血が毒素に変換され、骨が武器になる」ミラの声が淡々と続く。「美しいほどに完璧な変換術式。そして...」
彼女の瞳に、一瞬だけ狂気に似た光が宿る。
「その威力は、神にでもなった気分になれるでしょうね」
悠斗は扉に手を触れた。瞬間、彼の脳裏に映像が流れ込む。
燃え盛る村。泣き叫ぶ人々。血に染まった大地。そして、その中心に立つ一人の錬金術師の姿。男は悠斗と同じ年頃で、同じように絶望と憎しみに歪んだ表情をしていた。
「これは...過去の記憶?」
男は生体錬成を使い、死体の山から巨大な怪物を生み出していた。その怪物は村を襲い、無数の命を奪う。しかし男の表情に満足はなく、ただ虚無だけがあった。
「復讐を果たしても、何も残らなかった」男の声が悠斗の心に響く。「憎しみは憎しみしか生まない。だが、もう後戻りはできない」
「悠斗!」リアの手が彼の肩に食い込む。爪が服を貫くほど強く。「大丈夫?顔が...死人みたいよ」
悠斗の唇が震える。言葉が出てこない。
リアの緑の瞳が、彼の顔を覗き込む。そこには純粋な心配と、そして──恐怖があった。
「...大丈夫だ」
嘘だった。全く大丈夫ではなかった。
映像の男の絶望が、まるで自分のもののように胸を締め付ける。あれが自分の未来なのか?復讐に固執し、力に溺れ、最後には何も残らない虚無にたどり着く──それが、自分の運命なのか?
扉がゆっくりと開く。
内から漏れる光は純白──だが、その美しさには死の冷たさがあった。まるで雪に埋もれた墓場のような、静寂と絶望に満ちた光。
部屋の中央には、水晶でできた棺が浮かんでいる。その中で、古い羊皮紙の書物がゆらゆらと舞っていた。
「『真理の錬成書』...」ミラの声が震える。「まさか、本当に存在したなんて」
悠斗が一歩踏み出すと、書物の文字が炎のように浮かび上がった。それは彼だけに読める、血で書かれたような深紅の文字。
『汝、復讐を望む者よ』
文字が空中で踊る。
『この書は汝の憎しみを力に変える。しかし、その代償を忘れるな。憎しみは汝を支配し、やがて汝自身を滅ぼすであろう』
悠斗の手が、まるで意志を持つかのように前に伸びる。
「代償...」彼の唇が呟く。
『第一の錬成:物質の操作』
『第二の錬成:エネルギーの変換』
『そして第三の錬成:生命の支配』
文字が悠斗の瞳に焼き付く。
『汝が真に望むならば、最後の力を与えよう』
悠斗の手が──震えていた。
カインの顔が脳裏に浮かぶ。あの傲慢な笑み。自分を奈落に突き落とした時の、氷のように冷たい瞳。クラスメイトたちの嘲笑の声。
「力が...」悠斗の声がかすれる。「力が欲しい」
その瞬間、リアが悠斗の前に飛び出した。
「悠斗、お願い──やめて」
彼女の瞳に涙が浮かんでいる。透明な涙が頬を伝い、床に小さな水音を立てて落ちる。
「その力は危険よ。あなたを...あなたを壊してしまう」
「壊れても構わない」
悠斗の声は氷よりも冷たかった。
「俺には復讐しかない。それが俺の存在理由だ。俺が生きている意味だ」
その時、ミラがゆっくりと前に出た。
彼女の普段の皮肉な笑みは消え、代わりに深い悲しみが瞳に宿っていた。まるで古い傷口が再び開いたような、痛々しい表情。
「待ちなさい」
ミラの声に、今まで聞いたことのない感情が籠っていた。
「私も...」彼女の唇が震える。「私も復讐に生きた時期があった」
悠斗とリアが振り返る。
ミラの手が、胸元の小さなロケットを握りしめている。その手は、まるではかない花を握り潰さないよう大切に扱うように、震えていた。
「帝国に家族を殺された時」彼女の声が割れる。「私は復讐だけを考えて生きていた。魔導術を学び、力を得て、ついに...ついに仇を討った」
ミラの瞳から、一筋の涙が頬を伝う。
「でも...復讐を果たした瞬間、私は気づいた」
彼女の声が絞り出すように続く。
「家族は戻らない。失ったものは何も戻らない。仇を殺した瞬間、私の手に残ったのは...」
ミラが両手を見つめる。その手は、まるで血に染まっているかのように震えている。
「虚しさだけだった。ただの、どうしようもない虚しさだけが」
ミラの告白に、悠斗の動きが止まる。
「でも、あなたは違う」ミラが悠斗を見つめる。「あなたにはまだ仲間がいる。守るべきものがある。復讐なんかより、もっと大切なものが...」
「黙れ!」
悠斗の叫び声が部屋を震わせる。
「お前に俺の何が分かる!俺を信じて──信じて裏切られた気持ちが分かるか!毎晩、毎晩、カインの笑い声が頭から離れない気持ちが分かるか!」
彼の声が割れる。怒りと悲しみが混じり合い、まるで子供のような絶叫になっている。
「俺は...俺はずっと、君の本当の痛みに気づけなかったんだ!」
悠斗の拳が床を打つ。血が滲むほど強く。
「親友だと思ってた。心から信頼してた。なのに、あいつは俺を...俺を殺そうとした!」
涙が頬を伝う。涙は怒りに焦がれ、悲しみに濡れ、彼の胸を引き裂いていった。その涙はもはや、単純な感情では説明できない複雑な痛みの結晶だった。
「分からない」
ミラの声が静寂を破る。
「でも、一つだけ言える。復讐は終わりじゃない」
深い沈黙が三人の間に漂う。その沈黙は重く、しかし同時に温かかった。
「始まりなのよ。憎しみの連鎖の始まり」
悠斗の手が再び書物に向かう。しかし──
リアが彼の前に立ちふさがった。
彼女の小さな体が、悠斗の進路を完全に塞ぐ。エルフの細い体躯が、この瞬間だけは鉄の壁のように見えた。
「私を殺してからにして」
リアの声に迷いはない。
「あなたが本当にその力を使うというなら」彼女の瞳が悠斗を見据える。「まず私を殺しなさい」
涙が彼女の頬を濡らしているが、その瞳は決然としている。
「私はあなたを信じてる。あなたは優しい人よ。復讐に狂った怪物なんかじゃない。絶対に」
悠斗の心に、温かい記憶が蘇る。
迷宮で過ごした日々。リアの笑顔──屈託のない、純粋な笑顔。ミラの毒舌に隠された優しさ。三人で焚き火を囲んで話した夜。星空の下で語り合った夢。
「俺は...」
悠斗の声がかすれる。
「俺は何をしようとしているんだ」
書物に向けていた手が、力なく下がる。指先が震え、まるで重い病にかかったかのようにふらつく。
「カインが憎い」彼の声が絞り出される。「今でも憎い。あいつの顔を見るたび、心臓が破裂しそうになる」
悠斗がリアを見つめる。
「でも、お前たちを失うのは...」
彼の声が震える。
「お前たちを失うのは、もっと怖い」
リアの表情が、安堵で崩れる。
しかし──その時だった。
書物が──勝手に開いた。
ページが風もないのにめくれ、めくれ、めくれ続ける。そして文字が、まるで生きているかのように宙に舞い上がった。
『憎しみを否定することはできない』
赤い文字が空中で踊る。
『それもまた汝の一部。ならば、その憎しみと共に生きる術を学べ』
悠斗の体に──激痛が走った。
「うあああああああ!」
彼の絶叫が部屋を満たす。右腕に、まるで溶けた鉄を流し込まれるような痛みが奔る。
皮膚が裂け、血が流れ、そして──螺旋状に絡み合う紋様の刺青が浮かび上がった。
それは血のように赤く、まるで生きているかのように脈動している。細かな魔法陣が蔦のように腕を這い上がり、肩まで達していた。
「これは...何だ...」
悠斗が自分の右腕を見つめる。渦巻く魔導紋から赤い光が漏れ、周囲の魔力を貪欲に吸収し始めていた。
『第三の錬成の一部を与える。ただし、完全な力ではない。汝が真に選択する時まで、封印しておこう』
悠斗の右腕が熱を帯びる。禍々しい魔法陣から赤い光が漏れ、空気中の魔力を吸収し始める。
「悠斗!」リアが駆け寄る。
「大丈夫だ...多分」悠斗は苦笑いを浮かべる。「完全に力を受け入れたわけじゃない。でも、この刺青は消えないだろうな」
ミラが蛇のように這う紋様を見つめる。「生命操作の術式ね。でも不完全な形。まるで...」
「まるで?」
「まるで、あなたの心の迷いを反映しているみたい」ミラが小さく笑う。「完全に復讐に染まりきれなかった証拠よ」
悠斗は自分の右腕を見つめる。血管のように浮かび上がった紋様は確かに力を秘めているが、どこか不安定で、まるで彼の心そのもののようだった。
「俺は...俺はまだ迷ってる」悠斗が呟く。「復讐したい気持ちは消えない。でも、お前たちと一緒にいると、それだけじゃダメなような気がしてくる」
リアが悠斗の手を握る。「迷ってもいいのよ。完璧な人間なんていない。大切なのは、迷いながらも正しい道を探し続けること」
「正しい道...」悠斗が遠くを見つめる。「まだ分からない。でも、お前たちと一緒なら、きっと見つけられる」
その時、迷宮全体が震え始めた。書物が光に包まれ、消失する。
「迷宮が崩壊し始めてる!」ミラが叫ぶ。
三人は急いで最深部から駆け出す。悠斗の右腕の魔導紋が脈動し、崩れ落ちる岩石を金属の盾に変換して道を切り開く。しかし、その力を使う度に、彼の心に囁く声があった。
『もっと力を。もっと憎しみを。それがお前の本当の望みだろう?』
「違う」悠斗は心の中で叫ぶ。「俺の望みは...俺の望みは...」
答えは分からない。しかし、少なくとも今は、目の前の仲間たちを守ることが最優先だった。
迷宮の出口が見えてきた。外からは久しぶりの太陽の光が差し込んでいる。
「やったね!」リアが嬉しそうに叫ぶ。
「まだ油断しないで」ミラが警告する。「本当の試練はこれからよ」
悠斗は右腕を見つめる。古代文字が編み込まれた刺青はまだ微弱に光っている。この力をどう使うか、それは彼次第だった。
迷宮の外に出ると、緑豊かな森が広がっていた。しかし、遠くには帝国の旗を掲げた砦が見える。
「あそこに...カインたちがいるのか」悠斗が呟く。
復讐への想いは消えない。しかし、もう一人ではなかった。隣にはリアとミラがいる。彼女たちと共に歩む道が、きっと答えを教えてくれるだろう。
「行こう」悠斗が二人を振り返る。「俺たちの旅はまだ始まったばかりだ」
リアとミラが頷く。三人は夕日に向かって歩き始めた。悠斗の右腕の神秘的な紋様は、夕日を受けて複雑な影を作り出している。それは彼の心と同じように、光と闇が入り混じった複雑な模様だった。
復讐か、赦しか。破壊か、創造か。
答えはまだ見つからない。しかし、悠斗は歩き続ける。仲間と共に、自分だけの答えを探して。
◇
迷宮を出てから三日後、一行は小さな村にたどり着いた。しかし、その村は異様な静寂に包まれていた。
「誰もいない...」リアが不安そうに呟く。
家々は無傷だが、人の気配が全くない。まるで住民が忽然と消えてしまったかのようだった。
「魔力の残滓がある」ミラが地面に手を触れる。「強力な魔法が使われた痕跡ね。でも、これは...」
「これは何だ?」悠斗が問う。
「生体錬成の痕跡よ」ミラの顔が青ざめる。「誰かがこの村の住民を使って...」
その時、村の中央から声が聞こえてきた。聞き慣れた、嫌悪感を催す声だった。
「よう、悠斗。久しぶりだな」
現れたのはカインだった。しかし、以前とは明らかに違っていた。彼の周りには不自然な霧が立ちこめ、瞳は血のように赤く染まっている。そして、その背後には...
「村人たち...」リアが息を呑む。
村人たちが立っていた。しかし、彼らの瞳には生気がなく、まるで操り人形のようだった。
「驚いたか?俺も錬金術を覚えたんだ」カインが邪悪な笑みを浮かべる。「帝国の秘術でな。お前だけが特別だと思うなよ」
悠斗の右腕の千切れ雲のような紋様が激しく脈動し始める。憎しみが心を駆け巡る。
「貴様...無関係な人々を」
「無関係?」カインが笑う。「お前を倒すためなら、何だってやるさ。それがお前に教わったことだ」
「俺が...教えた?」
「そうだ。力こそが全て。弱者は強者に従う。お前が迷宮で見せつけたことだろう?」
悠斗の心に激痛が走る。確かに彼は迷宮で力を求め、力を使って道を切り開いてきた。それがカインにこんな歪んだ影響を与えていたとは。
「お前の影響で、俺も変わったんだ」カインの声に狂気が混じる。「ありがとう、悠斗。お前のおかげで、俺は本当の力を手に入れた」
操られた村人たちが一斉に悠斗たちに向かってくる。悠斗は腕に巻き付く魔法陣を発動させようとするが、手が震える。
これは戦いではない。虐殺だ。
「悠斗!」リアが叫ぶ。「彼らは無実よ!」
「分かってる...でも」
悠斗の心は混乱していた。村人を傷つけずにカインを倒す方法はあるのか?それとも、カインを倒すためには彼らを犠牲にするしかないのか?
その時、ミラが前に出た。
「私がやる」
「ミラ、まさか...」
「心配しないで。殺しはしない」ミラの瞳に決意が宿る。「でも、あなたに一つ見せておきたいものがある」
ミラが魔導術を発動する。しかし、それは攻撃魔法ではなく、精神に働きかける術だった。
「記憶抽出術『リメンバー・トゥルース』」
突然、村人たちの記憶が空中に映像として浮かび上がる。それは彼らが操られる直前の記憶だった。
家族と笑い合う老人。子供を抱いて歌を歌う母親。畑で汗を流す青年。平凡だが幸せな日常の記憶。
そして、カインが現れて彼らを操った瞬間の記憶も映し出される。村人たちの絶望の表情、助けを求める声、そして意識を奪われる瞬間。
「これが...これがお前のやったことだ、カイン」悠斗の声が震える。
しかし、カインは笑うだけだった。
「だから何だ?弱者は強者に利用されるものだ。それが世界の理だろう?」
「違う!」悠斗が叫ぶ。「これは理じゃない!ただの...ただの残虐さだ!」
悠斗の右腕の渦巻く刺青が今まで以上に激しく光る。しかし、その光は血色ではなく、純白だった。
『憎しみではなく、正義のために力を使うか』
心の奥底で声が響く。それは書物の声ではなく、悠斗自身の心の声だった。
「そうだ...俺の力は復讐のためだけじゃない」
悠斗が交錯する魔導紋を発動する。しかし、その術は攻撃的なものではなく、村人たちにかけられた操作術を解除するものだった。
「物質分解錬成『パーティクル・リリース』」
カインの術式が分解され、村人たちが我に返る。彼らは混乱しながらも、急いでその場から逃げ出していく。
「貴様...俺の術を」カインが驚愕する。
「お前の術なんて、所詮は帝国の劣化コピーだ」悠斗が冷静に答える。「本物の錬金術を前にしては無力だ」
しかし、悠斗の心は複雑だった。確かにカインの術を破ったが、それは単なる技術的な優劣に過ぎない。本当の問題は別のところにある。
「カイン」悠斗がカインを見つめる。「なぜここまで堕ちた?」
「堕ちた?」カインが笑う。「俺は上がったんだ!お前みたいな偽善者とは違う!」
「偽善者...」
「そうだ!お前はいつもそうだった!正義面して、みんなに好かれて!俺は...俺はいつもお前の影だった!」
カインの声に、長年の嫉妬と劣等感が滲み出ている。
「だから、お前を迷宮に突き落とした!お前がいなくなれば、俺が主役になれると思った!」
悠斗の心に、高校時代の記憶が蘇る。確かにカインはいつも彼の後ろにいた。決して前に出ようとせず、しかし常に不満を溜め込んでいたような気がする。
「俺は...俺はお前の気持ちに気づけなかった」悠斗が呟く。
「今更何を言う!」カインが魔力を集中させる。「俺はもう戻れない!お前を殺して、全てを終わらせる!」
カインが新たな術を発動しようとする。しかし、その時リアが悠斗の前に立った。
「待って」リアがカインに向けて言う。「あなたの痛みは分かる。でも、これ以上憎しみを重ねても何も解決しない」
「エルフが何を知ってる!」
「私も...私も憎しみに支配されていた時期があった」リアの声が震える。「人間に村を襲われ、家族を失った。その時は人間全てを憎んでいた」
リアの告白に、悠斗とミラが驚く。リアがそんな過去を抱えていたとは。
「でも、悠斗と出会って分かった。憎しみは人を孤独にする。本当に必要なのは、理解し合うことだって」
カインの動きが止まる。彼の瞳に、一瞬だけ迷いが浮かぶ。
「理解...?俺を理解する人間なんて...」
「いる」悠斗が前に出る。「俺だ。俺はお前を理解したい。もう一度、友達として」
「友達...」カインの声が震える。「でも、俺は...俺はもう」
その時、カインの体が突然光に包まれる。そして、その光が消えると、カインの姿は変わっていた。彼の瞳から血色が消え、普通の人間の瞳に戻っている。
「これは...」ミラが驚く。「術式が自壊した?」
「憎しみと迷いの間で、精神が不安定になったのね」ミラが分析する。「強制的に術式が解除された」
カインがその場に崩れ落ちる。彼はもう、以前の傲慢な青年ではなく、ただの迷った子供のように見えた。
「悠斗...俺は...俺は何をしてたんだ」カインが震え声で言う。
悠斗がカインに近づく。右腕の古代文字が編み込まれた刺青が微かに光るが、それは攻撃的な光ではない。
「俺たちは皆、間違いを犯す」悠斗がカインに手を差し伸べる。「大切なのは、そこから立ち直ることだ」
カインが悠斗の手を見つめる。しかし、彼は手を取らなかった。
「無理だ...俺は村人たちに酷いことをした。もう戻れない」
「戻れる」悠斗が断言する。「俺も、お前も、まだ終わってない。これから始めればいい」
長い沈黙が流れる。風が二人の間を通り抜け、木々がざわめく音だけが響いていた。やがて、カインがゆっくりと悠斗の手を取る。
「ありがとう...悠斗」
悠斗がカインを引き起こす。二人の間に、かつてのような友情が戻ってきたわけではない。しかし、少なくとも憎しみは消えていた。
「これからどうする?」ミラが問う。
「まずは村人たちに謝罪だ」悠斗が答える。「そして...」
悠斗は右腕の蛇のように這う魔法陣を見つめる。陣は今、安定した光を放っている。憎しみでも恐怖でもない、静かな意志の光だった。
「俺たちの本当の戦いはこれからだ。帝国の陰謀を暴き、この世界を変える。それが俺たちの使命だ」
リア、ミラ、そしてカインが頷く。四人は村を後にし、新たな旅路についた。
悠斗の心に、もう純粋な復讐心はなかった。あるのは正義への意志と、仲間への信頼だけだった。
右腕の星座のような刺青が夕日に照らされ、美しい虹色の光を放つ。それは悠斗の心の変化を象徴しているかのようだった。
復讐の錬金術師は死んだ。そして、真の錬金術師が生まれた。
「壊れた人間は、壊れたままでも、誰かを守れると思いたかった」悠斗が空を見上げて呟く。「でも、本当は違うんだ。壊れた人間でも、立ち直ることができる。そして、立ち直った時にこそ、本当に人を守れるんだ」
仲間たちが微笑む。長い旅路が、今ここから始まる。
夕日が地平線に沈みかけている。空は茜色に染まり、最初の星が瞬き始めていた。四人の影が長く伸び、やがて暗闇に溶けていく。
しかし彼らの心には、もう闇はなかった。明日への希望だけが、静かに燃え続けていた。
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