第3話 高校の残響

>【効果音】自転車のベルが二度鳴る。遠くから蝉の声が混じり、校庭のざわめきが風に乗って届く。木々の上で小鳥がさえずり、柔らかな風が葉を揺らす。


若いさくら(少し茶化すように、でもどこか遠い思い出の声で)

「ねえ、悠人くん……一つだけ約束してくれる?」


若い悠人(少し照れたように、からかうように)

「また何だよ? 秘密の部活でも作るのか?」


若いさくら(小さく笑って、声が少しだけ切なくなる)

「もし私が……どこか遠くに行っちゃったら……桜の木の下で待ってて。そしたら、また会えるから。」


若い悠人(軽く笑いながら、でもどこか引っかかる)

「そんな変なこと言うなよ。どこにも行かないくせに。」


若いさくら(風に溶けるように、くすっと笑う)

「いいから、約束して。じゃないと……ずっと夢に出るからね。」


>【効果音】記憶がすっと遠ざかる。自転車のホイールが回る音だけが残る。

そして現在——古い校門がきしむ音。


悠人(今、静かに)

「何度ここをくぐっただろう……君が校庭の奥で手を振ってたあの日々。テストの日も、文化祭の日も……春が来るたび、君がそこにいてくれた。」


>【効果音】空っぽの廊下に足音が響く。教室のドアが軋む。チョークが黒板を叩く音。遠くで誰かの笑い声——まるで残響のように。


悠人(懐かしそうに、でも声が少し揺れる)

「この教室……窓際の君の席。退屈になると、机の隅に小さく何か刻んでたね。まだ……残ってる。」


>【効果音】指先が木の机をなぞる音。爪が小さな文字をなぞるような微かな擦れる音。


さくら(すぐ隣で囁くように、優しく)

「一度だけ、君の名前も刻んだんだよ。小さくて誰にもバレないように。……気づかなかったでしょ?」


悠人(小さく笑って、息を吐く)

「君が僕の名前を……実は僕も、机の裏に君の名前を書いてたんだ。お互い……ずっとここに置いてたんだな。」


>【効果音】窓がゆっくり開く音。遠くで運動部の歓声が風に混じって届く。


さくら(風の音に紛れて、そっと)

「覚えてる?体育をサボってここから野球部を眺めてたこと。『走るの嫌だ』って言ってたけど……本当は、ただ私の隣にいたかったんだよね?」


悠人(微かに笑い、切なさを滲ませて)

「走るのは大嫌いだった。でも……ゴールの先に君がいるなら、一日中でも走れたのに。」


>【効果音】チャイムが鳴り、放課後を告げる音。駆けていく生徒の足音が窓の外に遠ざかる。


悠人(小さく息を吐き、目を伏せて)

「みんな卒業して、それぞれ進んで……でも俺の心だけは、ここに置いてきた。……君を待って。」


さくら(優しく、少し寂しげに)

「ばか……別に待たなくても良かったのに。桜の木の下に……」


悠人(声を強く、でも震えながら)

「いや……待つって決めたんだ。君が言ったから。『そこで待ってて』って。だから……毎年、春が来るたびに戻ってきたんだ。誰もいなくても……花びらだけでも。」


>【効果音】机の中でチョークが転がる音。ノートのページが一枚めくれる。


さくら(かすかに、でも真剣に)

「ねぇ……もし同じ時間を繰り返せたら、また待ってくれる?桜の下で、一人きりでも……。」


悠人(目を閉じて、小さく笑いながら)

「何度だって待つさ。声だけでも、風に乗って君がいるなら……俺はそこでずっと……。」


>【効果音】桜の花びらが教室に舞い込む音。机の上に一枚落ちる。


さくら(後ろからそっと抱きしめるように)

「それから……約束して。あなたは教室の雰囲気、笑い声、黒板の粉の匂いを覚えておく。約束して、私をここに生き続けさせて。」


悠人(囁くように、でもはっきりと)

「約束するよ。桜が咲く限り……全部、ずっと、ここに残す。」


>【効果音】遠くで野球ボールが打たれる音が微かに響く。歓声が風に溶ける。机に刻まれた小さな文字の上に一枚の花びらが落ちる。


悠人(小さな声で、微笑んで)

「……また、桜の下で。」


さくら(優しく、遠くに溶けていくように)

「……うん、待ってるね。悠人くん。」


>【効果音】教室が静まる。窓の外で葉がわずかに揺れ、一枚の花びらが地面に落ちる。






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