第12話 遺跡探索・其の四

 通路を進むにつれ、空気の冷たさが一段階増した。

 壁に付着した苔は濃く、足元には砕けた石片が転がっている。


(さっきより、奥に来てるな)


 慎重に歩を進める。

 少し前までは、この静けさにも慣れてきた気がしていた。


 ──不意に。


 低く、短い唸り声。


「……来たか」


 影が一つ、通路の横から滑り出る。

 灰色の毛並みをした狼型魔物。先ほど倒したものと同種だ。


『さっきと同じタイプだね。動きも似てると思う』


 俺は小さく息を吸い、刀を抜いた。

 構えは低く、無駄に力を入れないよう意識する。


(型をなぞるな。今は“相手を見る”)


 狼が地を蹴る。

 俺は半歩下がり、刃を斜めに走らせた。


 ──浅いが、確かな手応え。


 狼は着地に失敗し、体勢を崩す。

 その隙を逃さず、一歩踏み込んで首元を狙った。


 鈍い音とともに、魔物は倒れ伏す。


 光の粒子が舞い、魔石が残った。


「……よし」


『今のは、かなり良かったよ。無理に力を込めてなかった』


 俺は軽く息を吐いた。

 確かに、さっきよりも体が自然に動いている。


(少しは慣れてきた、か)


 その後も、同じような狼が二体現れた。

 一体ずつ。連携もなく、動きも単調。


 刀を振るうたび、少しずつ無駄が削れていく感覚がある。

 剣道で身につけた足運びや間合いが、ようやく噛み合ってきた。


『お兄ちゃん、今のは“剣道っぽい”動きだった』


「やっぱりか」


『うん。たぶん、刀を使ってるから余計に出てるんだと思う』


 魔石を回収し、通路の奥へ。


 ──そのときだった。


 空気が、変わった。


 さっきまで感じていた緩さが、一瞬で消える。

 肌に張り付くような、重たい圧。


(……?)


 足を止めた、その直後。


 通路の奥、闇の中から現れた影は──

 今までの狼より、一回り大きかった。


 毛並みは濃い灰色。

 ところどころに、黒く変色したような筋が走っている。

 何より、目。


 こちらを“獲物”として完全に捉えた、濁りのない視線。


『……お兄ちゃん』


 花音の声が、わずかに硬くなる。


『たぶん、希少個体。普通の個体より、身体能力が高い』


「……なるほど」


 狼は低く身を沈め、動かない。

 ただ、じっとこちらを見据えている。


(様子見、か)


 一歩踏み出した瞬間──

 視界が、ぶれた。


「っ!?」


 気づいた時には、狼は目の前にいた。

 反射的に刀を振るうが、完全に読まれている。


 牙が、すれすれで頬をかすめた。


『速い……!』


 俺は即座に距離を取る。

 心臓が嫌な音を立てていた。


(同じだと思うな……全然、違う)


 狼は地を蹴り、今度は横から回り込む。

 直線じゃない。フェイントだ。


 刃を振り遅れ、空を切る。


「くっ……!」


 背中に、冷たい汗が伝った。


『焦らないで。動きは速いけど、無茶はしてない』


 花音の声は、落ち着いていた。

 分析している。


『たぶん、“確実に噛み殺す”タイプ。隙を待ってる』


「……なるほどな」


 俺は一度、深く息を吸った。


(速さで勝てないなら──読め)


 狼が再び踏み込む。

 今度は正面。


 俺は半身になり、刃を“置く”ように構えた。


 噛みつこうとした瞬間。

 体を捻り、刃を引く。


 ──手応え。


 狼の脇腹が裂け、血が散る。


 だが、倒れない。


「まだか……!」


 次の瞬間、狼は無理やり距離を詰めてきた。

 牙が迫る。


『お兄ちゃん、下!』


 反射で膝を折り、刀を逆手に突き上げる。


 切っ先が、喉元を貫いた。


 希少個体は、短く鳴いて崩れ落ちた。


 静寂。


 俺は、その場に膝をついた。


「……はぁ……」


(危なかった……)


『……うん。今のは、ちゃんと“戦って”勝ったね』


 狼の体は、通常よりも強い光に包まれ、

 少し大きめの魔石を残して消えた。


 俺はそれを拾い上げ、握りしめる。


(これが……希少個体)


 胸の奥に、恐怖と同時に、確かな手応えが残っていた。


「……先に進もう」


『うん。気をつけてね。ここから先は、もっと“普通じゃない”かも』


 暗い通路の奥。

 まだ見ぬものが、待っている気配がした。

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転生兄妹の異世界冒険譚 ~ブラコン妹を異世界に道連れした結果?~ 紅色の図書館 @redkini81

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