第2話

第五話:新たな日常


それからというもの、秀昭の生活は変わった。


通勤ラッシュの電車の中。コンビニのレジ待ちの列。カフェの隅のテーブル。彼は、見つけては紐を引いた。


「今日も3人の紐を引いた。成功を夢見る学生は炎上で学校を辞め、昇進を期待する会社員は不祥事で左遷され、恋愛に胸を躍らせる女性は恋人から裏切られた。妬みの紐は、彼らが妬まれることの恐怖を体験させる。これほど効果的な復讐があるだろうか」


秀昭の頭の中には、そんな言葉が並ぶ。


「世の中が不公平なら、せめて皆を不幸にしてやる」


ただ、体調は日に日に悪化していた。食欲も落ち、体重も減っていく。


第六話:妬みの楽園


やがて、秀昭は「妬み」が渦巻く場所に強い快感を覚えるようになった。


銀座の高級ホテルのロビー。青山のブライダルフェア会場。代官山の高級カフェ。


Tシャツに汗染みが浮いた状態で、彼は紐を探して徘徊した。頬はこけ始めていた。


愛し合うカップルの足元から紐を引けば、数分後には険悪な空気が漂い、互いのスマホを覗き合って罵声が飛ぶ。妬みの紐が作り出す幻想の中で、彼らは世間からの批判と炎上を体験している。


(ああ、愉快だ……!)


だが、ある日――公園のベンチで、三人の家族がたこ焼きを分け合っていた。


父、母、娘。誰からも紐が出ていない。


(……珍しいな)


秀昭はその光景を、なぜか立ち止まって見つめていた。軽い咳が出る。


第七話:逆転の操作


ある夜、ふと思い立った秀昭は、自室に並べた「紐の記憶」から一つを取り出した。


過去に引いた紐の束は、触れただけでどんな思考だったかを彼に蘇らせる。


選んだのは、かつて成功目前で崩壊させた「株式トレーダー」の紐。


(……これ、あの紐の出てない父親に差し込んだらどうなるんだ?)


鏡を見ると、自分の顔はすっかり痩せこけていた。


第八話:崩壊の喜び


次の週末、秀昭は例の家族が現れる公園を徘徊した。三日目の昼過ぎ、ようやく彼らを見つけた。歩くのが少し辛くなっていた。


今日も三人は仲良く、菓子パンを分け合っていた。


「はい、パパの分」

「ママは、これね」

「私、このメロンパン!」


笑顔が交錯する。そんな光景に、秀昭は歯噛みした。


(なんで、こいつらには紐がないんだ…)


こっそり近づき、用意しておいた「株トレーダーの紐」を父親の足元に滑り込ませた。


「わっ、急に寒気が…」


父親が身震いする。そして、その瞬間から変化が始まった。


「ねえ、菓子パンばっかりじゃなく、たまには豪華に外食しない?」

「え?ここで充分じゃない?」

「たまにはさ、贅沢したっていいじゃん」


微妙な空気が流れる。秀昭は木陰に隠れて、にやりと笑った。


翌週末も同じ場所へ。今度は母親と娘にも、別の紐を仕込んだ。

女子会好きのOLの紐。猜疑心の強い少女の紐。


三週間後、公園の同じ場所。


「だから言ってるでしょ!あなたが株に手を出すからこうなるのよ!」

「俺だけのせいじゃないだろ!お前だって無駄遣いばっかりで…」

「もう聞きたくない!」


娘は耳を塞ぎ、母親は涙を流し、父親は地面を蹴る。


(おお…壊れていく…素晴らしい!)


秀昭は心の中で歓声を上げた。平和な家庭が、彼の妬みによって崩壊していく。これほど愉快なことはなかった。だが、興奮の後に激しい疲労感が襲った。

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