ルートⅢ 北山 千夜の手⑥

 さすがに恥ずかしいからと手を離されてしまった。


 俺の方も引くに引けなくて困ってたから助かったと言えば助かったけど、少し手が寂しい。


「ということでもう一回手を繋ごうか」


「どこに繋がってんだし。いつか首輪でも付けて散歩してあげるから我慢しなさい」


「仕方ない」


 俺には別にそういう趣味はない。


 いつも適当だから今回も適当に返事をしただけだ。


 だからそんな変態を見るような目で俺を見るんじゃない。


「後でちゃんと話そうね」


「優しくしないで」


「あ、やっぱり……」


北山きたやまさんが優しくしてくれるならそれでいいよ。俺もやり返してあげるから」


 これはあくまでイメージだけど、俺よりも北山さんの方がそっち側な気がする。


 いじめられるのが好きというよりは、いじめられるとものすごく可愛らしくなるような。


「団長は昔から天然タラシの主人公だったからな」


「誰が天然だ」


「じゃあ女の子にモテたくてあんなことやこんなことを……」


「俺が何をしたのか言ってみ?」


「こんなに人がいるところではちょっと……」


 北山さんが意味ありげに俺の方をチラチラ見てくるが、俺は絶対に何もしていない。


 ……してないし。


「団長ってほんとに昔のこと覚えてないのか?」


「昔のこと?」


妹君いもうとぎみが言ってたぞ。団長は歳だから昔のことを覚えてないって」


 昔のこと。


 北山さんの言う『昔』がどの時期のことを言ってるのかは分からないけど、確かに俺には小さい頃の記憶はない。


 だけどそれは俺だけでなく、ほとんどの人が覚えてないはずだ。


 特に俺のような友達を作ろうともしないようなやつは、学校生活の思い出なんて無いから何も記憶に残らない。


「北山さんはそういった意味で言えば記憶力いいよね」


「と言うと?」


「だって俺は今の人生の記憶すらないのに、北山さんは前世の記憶まであるんでしょ?」


「……うん。団長が団長だった時のことは今でも覚えてるよ。たとえ、団長が忘れても……」


 北山さんの悲しそうな顔を見て心臓がズキッとした。


 なんだか前にも同じ痛みに襲われたことがあるような気がする。


 その時も隣には北山さんが居て、俺は怒った?


 ……


「考えても分かんない。なのでお手を拝借」


「ちょ、え?」


 思い出せないことを考えても無駄なので、とりあえず北山さんの手を握る。


 やっぱりさっきまでの温もりが無くなって寂しくなった。


「……団長ってほんとに団長なんだよね」


「他意はなく、君だけのね」


「普通にドキッとしたが?」


「照れ隠しの喧嘩腰ありがとう。それよりもそろそろお店入らないの? ひよってんの?」


 さっきからおそらく北山さんの(光留みるチョイス)来たかったお店には着いている。


 だけどその近くで立ち止まってさっきから話している。


「団長よ、我を誰だと思ってる」


「デートに行くことを強要されたけど、どこに言っていいか分からないから言われた通りに服屋に来てはみたんだけど、実際来たらなんかキラキラしてて入りくくなって入口でひよってる可愛い女の子」


「最後のいらん!」


 北山さんからジト目をいただきました。


 でも、なんとなく気持ちは分かる。


 俺だって服屋に入って服を買おうなんて基本的に思わない。


 というか一人で服屋には入ったことが無いし、自分で服を選んだこともない。


「なんかさ、実際に服の値段見ると買う気失せない?」


「なる。わざわざ誰かに見せるわけでもないし、着れればいいんだもん」


千夜ちやは何を着ても可愛いもんな」


「……団長よ、我も怒る時は怒るんだからな?」


 北山さんの可愛い照れ顔が見れると思ったけど、なんか頬が痛い。


 さすがにやり過ぎて慣れてしまったのだろうか。


 次からはもう少し捻らなくては。


「変な決心したな?」


「しへないら?」


「団長可愛いぞ」


「あっほ」


「誰がアホだ」


「……」


「誰がアホだ!」


 何も言ってないのに北山さんが怒って俺をつねる指に力を込める。


 ここで「怒った顔も可愛いね」とか言ったら照れてくれるだろうか。


 火に油か。


「そんで結局入らないの?」


「なんで普通に喋れんだし」


「どうすんの? 俺は別に北山さんが本当に行きたい場所に行くんでもいいよ?」


「本当に行きたい場所ね。確かにあるけどそれは妹君に駄目と言われてるから」


 こういう言い方は北山さんに失礼なんだろうけど、服屋なんかは北山さんに似合わない。


 俺は北山さんのことを何も知らないけど、北山さんは服をネットで買うタイプな気がするし、服に頓着が無いようだ。


 興味の無いものをわざわざ見たって仕方ない。


「光留としてはデートっぽいことをして欲しいんだろうけどさ、世間一般のデートが必ずしも俺達の正解とは限らないでしょ」


「いいの? 服に関してはお互いに興味ないけど、我の行きたいところ行っても団長が楽しいか分からないよ?」


「俺は北山さんが楽しそうならそれで満足だからいいよ」


 北山さんに顔を逸らされた。


 何か変なことを言っただろうか、北山さんに肩をポスポス叩かれる。


「痛くないからいいけど、どうするの?」


「……我の行きたいとこ、一緒行こ」


「……破壊力よ」


 危うく隣の可愛い子を抱きしめるところだった。


 なんとか耐えた俺は、呆れ顔の北山さんに手を引かれながら別の場所へ向かいました。

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