ルートⅡ 二葉 怜花の手⑥
『可愛い』の定義とはなんなのだろうか。
人によって違いはあると思うけど、容姿や性格が自分の好みだった時にその人のことを『可愛い』と思う。
そして今、二葉さんは昔の二葉さんになっている。
俺はその二葉さんを……
「さっきから返事が無いようだけど、私がせっかく話してあげてるのに何様なの、庶民」
「あぁ、ごめん。なんか無理して再現してくれてる二葉さん見てたら可愛らしくて。黙ってればずっと見てられるんでしょ?」
「……しょ、庶民のくせに生意気!」
耐えた。
今元の二葉さんに戻ったら何かを失うような気でもしたのだろうか。
そうして頑張ってる姿を見ると、もっと頑張らせたくなってしまう。
「昔の二葉さんも今と変わらずに可愛かったみたいで」
「そ、それ以上言ったら分かってる?」
「二葉さんが可愛くなる?」
「……可愛くないし」
拗ねたように言う二葉さん。
今のは少し危なかった。
確かにこの性格を素でやってたらどう思ってたかは分からないけど、頑張って演技してると思うと可愛らしくて仕方ない。
最後には「頑張ったね」と言って抱きしめてあげたくなる。
まあ、俺が恥ずかしいからしないけど。
「そもそも私は完璧な存在なんだから可愛いとか当たり前なんですけど?」
「戻った。何もしなくても可愛いけど、拗ねたり怒ったりして感情を出してくれると更に可愛いって意味だよ」
「ふん、別にそんなこと言われたって嬉しくないんだから」
「『ね!』は!」
ツンデレになるなら最後までやって欲しいものだ。
そっぽを向くだけなんてそんなのは誰でも出来る。
やっぱりツンデレには強めな語気が必要不可欠。
「
「終わり?」
「もう許してください。私は昔の私が嫌いなんです」
「なして?」
「それは……」
二葉さんが何かを言おうとしてやめ、そのまま口を閉じた。
なんだか俺を睨んでるような気がするのは気のせいだろう。
「それよりもです。松原君と私は昔会ってます。私が変わったきっかけも松原君と会ったおかげなんです」
「俺に何か弱みでも握られたの?」
「ある意味ではそうですね。私は、松原君に嫌われたくない一心で変わりました。そうしたら松原君以外の男の子に好かれるように……」
何か恨めしそうに俺を見てるけど、それを俺に言われたって仕方ない。
俺が本当にきっかけを与えたとして、それを実践して結果を出したのは二葉さん自身だ。
つまり可愛くなってモテ出したのは二葉さんの努力の結果であって俺は関係ない。
「自分を変えたところで、好きな人に気づいてもらえなければ意味ないんですよね」
「なんかごめん。でも結局気づいたよ?」
「それは本当に嬉しかったです。松原君が忘れているのは分かってましたけど、それでも私に何かを感じて選んでくれて」
二葉さんと昔会っているのなら、俺はその時のことを記憶の奥底で覚えていて、それで二葉さんを選んだ。
もしかしたら俺はその時には……
「やっぱり、松原君は私のことが許せなかったんですよね」
二葉さんの表情が一気に暗くなった。
「なんでそうなるの?」
「私は、松原君に最低なことを言ったんです」
「最低? 庶民とかの?」
「もっと最低なことです。本来なら松原君を好きになる資格も、松原君に選ばれる資格もないような。それを松原君が忘れてるのをいいことに……」
二葉さんが今にも泣き出しそうな表情で自分の服を握りしめている。
一体何を言ったと言うのか。
正直、俺が忘れてるなら俺にとって大したことでは無いと思うけど、多分そういう話じゃないんだろう。
「私は、そのことをずっと謝りたかったんです。だけど、ある日を境に松原君とは会えなくなって、それで、松原君のご両親のことを聞いて……」
「……」
俺はこういう時にどう反応するのが正しいのだろうか。
二葉さんは俺に酷いことを言って、それを謝れなかったことで自分を責めている。
でも俺はその時のことを覚えてない。
俺が二葉さんを責めて、そして許せば形的には落ち着くのだろうか。
だけどそれは二葉さんの望む結果なのか。
多分違うんだろうな、だから──
「どうせ俺は二葉さんを全部許すんだから単刀直入に話して。ぶっちゃけ飽きた」
「い、一応シリアスな雰囲気なんですけど……」
「俺シリアスとか嫌いだから。それ以上続けるなら話全部聞かないでモヤモヤ抱えたまま付き合い続けてやるから」
その時の俺が何を思ったのなんか覚えてないから分からない。
だけど俺は昔からそんなに深くものを考える性格じゃなかったと思う。
だから二葉さんが俺に何を言ったところで特に気にしてないはずだと思われる。
「どうする? ちなみに二葉さんが話さないで別れたいって言ったら既成事実でも何でも使って責任取らせるから」
「……それ、言うの男女逆じゃないですか」
やっと笑った。
さすがに既成事実は言葉の彩だけど、これ以上二葉さんが俺のことで悩む必要なんて無い。
対等でなければ恋人ではなく主従になってしまうから。
「やっぱり松原君は松原君なんですよね」
「当たり前なことはいいから。それで、話すの?」
「話さなければ私のことを松原君以外にお嫁に行けないようにしてくれますか?」
「話してくれたら二葉さんが楽な状態でどっちがいいか選べるよ?」
「そっちの方がいいですね。話します。私は昔、松原君にこう言いました『あなたのお父さんは私のお父さんの部下だからあなたは私に従うの』って」
二葉さんが俯きながら弱々しく言う。
まどろっこしいのは無しだ。
というか正直な感想が声に漏れた。
「……あ?」
キレたわけじゃない。
ただ、思ってしまった「それだけ?」と。
そしてその説明をする前に家のチャイムが鳴り、少し複雑な空気の中、俺は玄関に向かう。
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