ルートⅡ 二葉 怜花の手⑤

 今の状況を簡単に説明しよう。


 自分で言ったことが恥ずかしくて丸くなっている女の子を眺める変質者が一人。


 それが俺だ。


「そろそろ元に戻らない?」


「そう思うなら見るのやめてください」


「それは出来ない相談なんだよな。可愛い女の子が恥ずかしがってるのは余計に可愛いから」


「そ、そんなこと言って、松原まつはら君は私のこと別に好きじゃないじゃないですか」


 可愛いと思うだけなら好き嫌いは関係ないような気もするけど。


 そもそも俺は二葉ふたばさんのことを嫌いではないし、そういった意味で言えば好きと言える。


 というか……


「実は好きになりかけてたり?」


「そう言って私をからかっても騙されません」


「信じないなら別にそれでもいいけど、二葉さん見てると飽きないから」


 二葉さんの第一印象は『完璧系お嬢様』だった。


 完全な雰囲気で完璧な人間だと感じていたけど、実際は普通の女子高生。


 少し背伸びしてる感じはあるけど、そこがまた可愛いところでもある。


「今は人として好きかな。あともう一押しで俺は落ちる」


「そういうのって自分で言います?」


「それが俺だから。そんな俺を好きになってくれたんじゃないの?」


「好きですよ。そういうずるい言い方ばっかりする松原君が」


 やっと二葉さんが顔を上げてくれた。


 微笑みを浮かべたその表情が好ましい。


 そして懐かしい。


「だけど、松原君が昔の私を知った上で同じことが言えるとは限らないんですよね」


「ロリ二葉さん?」


「気を使っていただかなくて大丈夫ですよ。ちゃんとお話しますから」


 二葉さんの表情が少しだけ暗くなる。


 光留みるがあれだけ態度に出す理由。


 昔会っているという二葉さんがどんなだったのか。


 重たい話は苦手だけど多分この話を聞いた後、俺は二葉さんを本当に好きになるか嫌いになる。


 その分岐点なんだと思う。


 大事な話を床に座りながらなのはあれなので二葉さんとソファに移動する。


「よし、まずですね、私と松原君の接点なんですけど……」


 意を決して話始めようとした二葉さんの口が止まる。


「やっぱりやめる?」


「あ、違くて。その、松原君ってご両親のことをどこまで……」


「両親? そういえばいたっけ」


 俺が人間である限り、両親は必ず存在している。


 だけど俺には両親の記憶がほとんど無い。


「中学の時まではいたような気がするんだけど、なんでか曖昧なんだよね。物忘れが酷くても親のことって普通は忘れないよね?」


 これが認知症とかならまだ分かるけど、さすがにそんな年齢では無いと思うし、謎だ。


 今まで気にしてなかったのもよく分からない。


「要するに俺と二葉さんは親同士が知り合いとかなの?」


「そうですね。私の父の会社で働いていたのが松原君のお父さんなんです」


「世間は狭いってことか」


 本人達は知らなくても親同士が知り合いなんてよくある話、かは知らないけど、俺が知らないところで二葉さんが俺を知っていた説明にはなる。


「じゃあ俺がたまたま親の職場に行った時に二葉さんと会ってたと?」


「そうなりますね。松原君が一人で居るのを見つけた私が話しかけたんです」


「優しいことで」


「言葉だけ見たらそうですね。実際は……」


 二葉さんが途中で言葉を止めて落ち込む。


 そこまで言うなら落ち込む前に全部話して欲しいのだけど、内容が分からないから何も言えない。


「今更言い淀んでも仕方ないですよね。昔の私って、ちょっとで片付けられないぐらいに酷かったんです」


「お転婆だったの?」


「そういう可愛いやつではなく、ほんとに人として酷くて……」


 お嬢様あるあるみたいな感じなのだろうか。


 親がお金持ちだと自分が他よりも優れていると勘違いするという。


 実際にすごくて偉いのは親なのに。


「『この腐れ下民が!』みたいなことを言ってた系?」


「……」


 肯定の沈黙。


 今の二葉さんからは想像……


「ちょっと昔の二葉さん体験したい」


「嫌です」


「それが最後のひと押しかも」


「そう言えば私がやると思ってるんですか?」


「うん。あれだよ、ギャップ萌え。二葉さんの新しい一面を知って好きになる」


 知らんけど。


 見てみたいのは事実だけど、それで俺が二葉さんを本当に好きになるかなんて分からない。


 だけど、それは必要なことな気がする。


 知らんけど。


「まあ、二葉さんがどうしても嫌ならいいけど」


「……そんなに見たいんですか?」


「実際そこまでだけど、気になってはいる」


「そこは嘘でも『好きな子のことは何でも気になるよ』ぐらい言ってください」


 二葉さんが拗ねたように言う。


 さっきからかったつもりは無かったけど、からかったことを怒っていたから言わなかったのに、女心は難しい。


 そういうことも楽しめるのが恋愛なのだろうか。


「俺にはまだ早かったかな」


「何がですか?」


「二葉さんっていう素敵な女の子と付き合うなんてこと」


「そういう嘘は求めてません! でもありがとうございます!」


 やっぱり難しい。


 だけどこれを乗り越えた時、俺はまた強くなれる。


 知らんけど。


「じゃ、じゃあ少しだけ昔に戻りますよ?」


「ありがとう。嫌になったら止めるから」


「もしも私が元に戻らなかったら?」


「……」


「やめます」


「冗談。もしもの時はキスでもして止めるよ。それが嫌なら戻ってきて」


「……言質取れた?」


 何か聞こえたような気がするけど、多分聞こえたらいけないタイプなやつな気がしたから聞き返すことはしない。


 それはそれとして、昔の二葉さん体験ツアーの開始だ。

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