ルートⅠ 真中 玖喜の手⑧

 忘れていたかった記憶。


 そんなのは誰しもが持っているだろうし、忘れたい記憶だってあるだろう。


 だけどそういう記憶と向き合わなければいけない時は必ずくるのかもしれない。


「単刀直入に言いますと、松原まつはらくんは一部の記憶を失っています」


「最初っからすごいことを言うな。なんとなくそんな気はしてたけど」


 俺には確かに思い出そうとしても思い出せない記憶が多々ある。


 だけどそれは俺が物忘れの多い人間だからと最初は思っていた。


 でも、真中まなかさんとこうしてまた関わることになって気づいた。


「さすがに昔の記憶が無さすぎるよな」


「はい。僕と一緒に遊んでたのは小学校の低学年の時までぐらいのことでしたけど、忘れすぎてて悲しくなりました」


「すいません」


「自分勝手に拗ねてるだけなので謝らないでください。仕方ないところもありますし、全部話します」


 真中さんがからかうように笑ってから真剣な表情に変わった。


 俺は本当にこの後の話を聞いていいのだろうか。


 この話を聞いたら、俺と真中さんの関係だけでなく、他の何か大切なものまで失うような気までする。


「やめますか?」


「……やめないよ。俺がこれから真中さんと付き合っていくのに必要なことなんだよね?」


「さっきも言いましたけど、これは僕の自己満足なので、松原くんが聞かなくても大丈夫です。それに、聞いたら松原くんは悲しむかもしれません」


「俺が悲しむね。想像できん」


 真中さんが何を心配しているのかは分からないけど、俺が昔の記憶を思い出して悲しむなんていう繊細な心を持っているとは思えない。


 そう、そんな心があるわけない。


 だから悩む必要なんて最初からなかった。


「教えて。俺が何を忘れてるのか」


「分かりました、それでは話します。僕が初めて松原くんに会った時、僕は松原くんに口説かれました」


「冗談はいいから本題」


「ほ、ほんとですよ! 『口説かれた』は言い過ぎですけど、似たようなことは言われたんです」


 真中さんの顔が赤い。


 なんだろうか、とても本当のことを言ってるように見えてしまう。


 俺が初対面の女子を口説く?


 記憶が無くなる前の俺はどんなコミュ強だというのか。


「そ、そんなことがあって僕は松原くんと仲良くなったんです」


「真中さん大丈夫? 知らない男の人に騙されないでね?」


「松原くんだから気を許したんです。それからたまにこの公園にやって来て、もう一人男の子と出会って一緒に遊んでました」


「修羅場みたい」


 男二人に女一人の構図は色々とめんどくさいことになると相場が決まっている。


 まあ、さすがに幼稚園児の時にそんなめんどくさいことになるとは思えないけど。


「そうですね、松原くんとその子が楽しそうに遊んでて僕は一人拗ねてました」


「あれですよ、真中さんみたいに可愛い女の子と遊ぶのが恥ずかしくて」


「絶対に思ってないのは分かってるんですからね!」


 記憶が無いからその時のことは覚えてないので理由なんて確かに分からない。


 だけど、こうしていちいち顔を赤くして可愛い反応を見せる女の子と一緒に居たら、恥ずかしくなってもおかしくない。


「とにかくです、僕達は三人で遊んでたんですけど、その男の子が小学校にあがるタイミングで引っ越しすることになってお別れしたんです」


「俺はそれが悲しくて記憶を閉じたと?」


「あ、すいません。これは僕と松原くんの思い出話なので記憶は関係ないです」


 なんとも恥ずかしい勘違いを。


 確かに真中さんは俺に全てを知ってもらうみたいなことを言ってたような気がする。


 俺が真中さんを知るには過去語りは必須だ。


「じゃあ続きをどうぞ」


「あ、はい。えと、その子とは疎遠になってしまったんですけど、僕と松原くんは小学生になっても遊んでたんです」


「そこで異性を意識するようになったんだよな?」


 それはなんとなく覚えてる。


 真中さんはずっと可愛かったけど、小学生になって更に可愛さが増し、それで俺は……


「もしかして俺と真中さんが遊ばなくなったのって俺が好き避けしてたから?」


「………………そうです!」


「違うのね」


 俺が真中さんを女の子として意識して好きになったから避けたのかと思ったけど、真中さんの今の間で違うのは分かる。


 でも、それならどうして俺は真中さんと疎遠になったのか。


「そういえば俺って真中さんを助けたことがあるんだっけ?」


「はい。そしてそれが疎遠になるきっかけです」


「助けた時に何か鬼畜なお礼でも求めた?」


「それならむしろ……ではなく、違いますよ」


 突っ込んだら負けだから俺は何も言わない。


 でも、それならなんで疎遠になったのか。


「そ、疎遠のきっかけはまた後でです。それよりも松原くんの記憶が無くなったことです」


「誤魔化してない?」


「ないです」


「そう。じゃあ真中さんの僕っ子ってどこからきてるの?」


「それも後でです!」


 怒られた。


 どうも真中さんの顔を赤くして怒る姿が可愛らしくてからかってしまう。


 だけどこの反応からして、真中さんの一人称も俺が関わっている可能性が出てきた。


「ちょっとシリアスなお話なので茶化さないでください」


「善処する」


「普通ならしないんでしょうけど、松原くんならちゃんとしてくれるの知ってます」


 真中さんに優しい表情でそんなこと言われたら茶化せない。


「では、お話します。松原くんのご両親について」


 そうして真中さんは語り出す。


 俺の記憶に無い、両親についての話を。

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