ルートゼロ 出会い③

 知らぬが仏。


 そんな言葉があるのはほとんどの人が知っているだろう。


 要は「知らない方がいいことだってある」みたいなこと。


 だったら偏見だけで相手のことを見るのが正解なのかと言われたらまた違うんだろうけど、そういう場合もあるってことだ。


「次行こうか」


「色々と聞きたいことがあるんですけど?」


「俺が話す義理ある?」


「全く無いから善意にかけてますね」


真中まなかさんがいいって言ったらいいよ。無理やり聞こうとしてたら俺はその人を一生軽蔑する」


 そもそも俺が何も考えずに真中さんと家が隣同士だと言ったのか原因だけど、それ以上を語るつもりは無い。


 それ以上と言っても特に誰かが聞いて面白いようなことは無いけど。


 ということで次は俺の机に入っていた黒く、男心をくすぐるような手紙を書いたであろう……


「次は眼帯のあなた」


「わ、われか?」


なんじの名を教えてくれ」


「よく聞いてくれた。我は汝と前世でパートナーだった者だ」


 これはきた。


 初めて見る本物だ。


「前世か。俺には前世の記憶は無いけど、汝は記憶を持っているのか?」


「やっぱり覚えてないのか。我と汝は前世で『影夜シャドウナイツ』という組織に所属していた。その団長が汝だ」


 なんだろうか、周り、特に原中はらなかさんからの視線が痛く冷たい気がする。


 あ、違う、最後に残ってる後輩の子が無で一番痛いかも。


 俺はそういうの気にしないから続けるけど。


「悪いけど全然覚えてない」


「そうか、やはり最期のアレが……」


「ちなみになんだけど、俺と汝の関係ってどんなだった?」


 なんだかそろそろ『汝』と言うのに飽きてきた。


 こういうのはやめ時が分からないから困る。


 とりあえず呼びやすいように名前が知りたい。


「形式上の関係は団長と副団長だな」


「なるほど。形式上以外にもあるんだろうけど長くなりそうだからまた今度な」


「あ、聞かないんだ……」


「いきなり素を出すな。やるなら最後まで頑張れ」


 あんまり長くなると帰る時間が遅くなるし、正直設定を聞いても仕方ない感がある。


 それに眼帯さんも少しホッとしてるし。


「……ふっ、これが素だが?」


「ちゃんと作れて偉い。それで名前は?」


「やはり我のことも知らないか」


「前世の記憶は無いって言ったろ」


「今世でも我はそれなりに有名だと思っていちのだよ」


 なんかさっきも聞いたようなセリフだ。


 確かにこんなゴリゴリの中二病を普段からしてるなら有名にならない方がおかしい。


「まあいい。我は北山きたやま 千夜ちやだ。呼ぶ時は前世のように『副団長』でいいぞ」


「分かったよ、北山さん」


「北山さん言うな!」


 名前だけは聞いたことがあった北山さんがふくれっ面で俺を睨みつける。


 わざとなのかな?


「もうにいなでいーい?」


「あ、うん。お願い」


 北山さんは満足したようにそっぽを向いてしまったので次のあざと……後輩女子に自己紹介をお願いする。


 そういえば最初は俺がここに呼ばれた理由を聞こうと思っていたけど、いつの間にか自己紹介になっているような。


「下駄箱に入ってたあ……女の子らしい手紙は君だよね?」


 思わず「あざとい手紙」と言おうとしたのをギリギリのところで抑えられた。


 なんだかこの十数分で俺の空気を読む力が強くなったかもしれない。


「そうだよー。にいなはねぇ、中山なかやま 新凪にいなって言うの。にいなって呼んでね」


「分かった、中山さん」


「に・い・な!」


 中山さんが頬を膨らませながらおそらく一番可愛く見える角度から俺を睨みつける。


 俺はこの子と初めて会ったけど、自分がどこから見たら一番可愛いかを研究してるタイプなんだというのが分かる。


 実際可愛い。


「中山さんは一年生なんだよね?」


「つーん」


「まだ五月なのに俺のことなんてどこで知ったの?」


「つーーん」


「こんな可愛い子と知り合ってたら忘れるわけないんだけど」


「つー……か、可愛いって言った!?」


 焦りはその人間の素が見れる。


『可愛い』を着飾るのをやめた中山さんもそれはそれで可愛い。


 なんだか無性に頭を撫でたくなる可愛さがある。


 撫でないが。


「えへへー、これはにいなの不戦勝かなー」


「あ、マジでそっち系なの?」


 人は見かけによらないとはこのことか。


 見た目だけで言っても美少女しかいないのに、裏では戦う関係性。


 女って怖い。


「やっぱり信じられるのは妹だけか……」


「そこの馬鹿。お前がシスコンなのは分かったけど、あたし達で変な妄想すんのやめろ」


「変な妄想!?」


 原中さんに注意された。


 確かに勝手な偏見で決めつけるのは良くない。


 だからそれは俺が悪いでいいんだけど。


 その後に少し変な感じの声が聞こえたんだけど、一体それは誰の声?


 全員で犯人探しをしてるから誰なのか分からない。


 声の場所とそもそも声で分かるって?


 色々察して気づかないフリをするのが空気の読める人間というものだ。


「つーかそんなのはいいんだよ。結局俺がここに呼ばれた理由ってなんなの? 手紙を入れる場所間違えたとかなら早く言ってね?」


 分かりきってる犯人探しなんて今はよくて、俺がここに呼ばれた理由を早く知りたい。


 間違いなら間違いでいいからほんとに早く。


 妹との時間が減る。


「一応、松原まつはら君が来るまでで話していたので、みんな同じ理由で間違えてないのは確認してます」


 俺の質問に答えてくれたのは、金髪の二葉ふたばさんだったか。


 覚えた俺偉い。


「原中さんは?」


「あたしは直接連れて来てんだからお前に用があるのは分かるだろ」


「それもそっか。んで、原中さんは知らないけど他の四人は同じ理由で俺を呼び出した。つまり俺はこれからリンチに……」


「そのふざけた頭は一回どつけば治んのか?」


 原中さんが指を鳴らして笑いながら俺に近づいて来る。


 どうやら俺の命運もここまでのようだ。


 最期に「愛してる」と妹に伝えたかった。


 ……最期に引かれたくないから言わなくていいや。


「だ、だめ……です」


 俺が妹への遺言を何にしようか考えていたら、俺と原中さんとの間に誰かが両手を開いて割り込んだ。


 震えているのが背中でも分かる。


「ちか……松原くんをいじめたら、だめです」


「いや、少し小突く程度だよ」


「そ、それでもです」


 ライオンと小鹿。


 実際原中さんは口調が強いだけで怖い人ではないから怯える必要はないんだけど、真中さんはそれを知らないから本当に怖いんだろう。


 ここは俺がなんとかしないと二人の間に軋轢が生まれてしまう。


 元凶? 何それ美味しいの?


「……どうしよう。原中さんの可愛いとことか言って場を和ませようとしたのに可愛いとこ知らない」


「お前はお前で喧嘩売ってんのか」


「知らないから教えて、原中さんの可愛いとこ」


「知るか」


「無いの? 実はぬいぐるみが無いと夜寝れないとか、猫を見たら近寄って猫語で話すみたいなやつ」


「……あるかばか」


 原中さんがあからさまに視線を逸らした。


 ほうほう。


「期待してる」


「何がだよ」


「期待してる」


「くそうぜえ……」


 女の子が「くそ」なんて言うものじゃない。


 別に言ったからって何かあるわけでもないけど。


「真中さんも大丈夫だよ。原中さんって口が悪いだけのいい人だから」


「で、でも、松原くん、原中さんにいじめられるって……」


「……俺がいじめられたら一緒に逃げようね」


 どうやら俺が適当に言ってたことを信じてしまったようだ。


 いや、俺がここに呼ばれた理由に関してはまだいじめの可能性があるけど、さすがに無い……と思いたい。


「要するに、手紙に用件書かなかった君達が悪い」


「それに関しては分からないお前が悪い」


「責任逃れか」


「自分の発言から逃げてるやつが何言ってる」


「そうやって正論で言葉を潰すのは良くないよ。もういいから早くここに呼んだ理由教えてよ」


 これ以上話してたら俺が負ける未来しか訪れない。


 さっさと理由を聞いてさっさと帰る。


 そう決めたけど、早計だったかもと思うのはすぐだったりする。

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