第6話 モデルと遭遇する

 事件はアメ横で起こった。 具体的には、モアが『モリモリだよー』の甘言に惑わされてケバブを購入した直後に。


 家に帰ればおばあさまの手作りおやつがあるにもかかわらず、モアは「たくさんモリモリにしてくれ!」とそのピタパンにぎゅぎゅっと肉を詰めてもらっていた。宇宙人はよく食べる。モアが来てから四方谷よもや家のエンゲル係数は右肩上がりだろうけど、おばあさまはモアにストップをかけない。むしろ「いっぱい食べてね」と、モアがわざわざ言わなくともデフォルトでお茶碗にご飯を山盛りにしているぐらいだ。まあ、モアから生活費を徴収してるってのもあるんだろうけど。


「あーっ!」


 その人はモアと同じ背格好で、というか、モアが同じ背格好なのであって。 クリスピー・クリーム・ドーナツのデカい箱が三つ。店のロゴの入ったビニール袋をその右肘に引っ掛けて、俺たちを指差す。違いといえばその服装か。モアは基本的には真尋さんのお古のワンピースを着ているのに対して、その人はスーツ姿。に、赤縁あかぶちの丸メガネをかけている。


「おお、ユニ!」


 食欲に勝った。モアはケバブを俺に押し付けると、人懐っこい笑みを浮かべてその人に近寄っていく。 その人、弐瓶柚二にへいゆに准教授。初遭遇が学外、しかもモアと二人で買い物した帰りとは。


「あんたが例のニセモノね!」


 弐瓶准教授はファイティングポーズをとって、シュッシュッとパンチを繰り出している。そのたびに揺れるドーナツの入った箱、と袋。殴りかかろうとしている、というよりは、間合いに入られないように牽制しているような感じ。


「ここで会ったが百日目! 引導を渡してやるんだから!」


 なんだか穏やかじゃあないな。表情も険しい。向かい合うモアはニコニコしているのに。ここは俺が仲裁するべきか。


「あの、弐瓶准教授」


 俺が話しかけると「ひょえ。私のことご存知?」と臨戦態勢を解除してくれた。自分を知っている人の前でみっともない姿は見せられないよな。立場もあるし。 そりゃあもちろんご存知ですとも。将来的には弐瓶准教授の講義を受ける予定だし。一年生は取れないっぽいから履修登録してないけど。


「タクミはユニのことが好きだからな!」「おい!」


 そこで言うやつがあるか。空気を読んでくれよ侵略者。


「まーじでぇ?」


 そのショートボブを整えつつ「ユニちゃん、引く手あまたじゃーん」と満更でもない様子の弐瓶准教授。この人こういうキャラだったんだな。ひょっとしてこれって脈アリですか?


「マジだぞ! だから我はユニの姿を選んだ!」「こら!」


 そこで人外要素を出してくる? おとなしくケバブ食べていてくれよ。返すねこれ。冷める前に食べたほうがいいし。


「ユニちゃんのパチモノがいるってウワサはホントだったってことねん。身に覚えのない目撃情報が相次ぐわけだよ……」


 弐瓶准教授のこの話ぶりからすると、モアはご本人の許可なく弐瓶准教授の姿をしていたっぽいよな。ご本人の許可を取るってのもわけのわからない話ではあるか。この前のタクシー運転手のフジワラさんはどうしているんだろう。まさかご本人と完全に入れ替わって――いや、最後まで俺にも腰低かったし、そんな悪い奴には見えなかったから、疑うのはよくないな。 モアは俺からケバブを受け取ると、弐瓶准教授に「ユニも、我と分業制にしないか?」と持ちかける。


「デッドコピーが私の代わりに研究してくれるってかーんじ? その間はユニちゃんの自由時間、ブイブイ!」「話が早くて助かるぞ! ……して、デッドコピーとは?」「海賊版ユニちゃん」


 知らないうちに自分の姿をしている存在が現れて、好き勝手していた。これが、弐瓶准教授からしたら承服しかねる出来事らしい。さっきからずっとモアのことをパクリ呼ばわりしている。


「我はアンゴルモアだぞ! 宇宙の果てより、タクミと結ばれるために地球へ来た」「宇宙人ってこと?」「そうだぞ!」「あー、そっかあ。……でもでも、アンゴルのモアちゃんには悪いけど、私はタクミくんと付き合う気はないよーん。彼氏いるしね。周りの人たちに勘違いされたら、私が困っちゃうじゃーん?」


 フラれた。 弐瓶准教授に彼氏がいるってのは知らなかった。いやあ、そうか。そうかそうか。まあ、そうだよな。フリーで放っておくわけないじゃん。それはそう。英伍さんにも伝えておこう。二人で悲しみをシェアしような。


 にしても宇宙人に対して反応薄くない? こういうもの?


「ユニは、ユニが二人いたほうが楽とは思わないか?」「私に似てるのはいいけどけど、私と間違えられないようにしてほしいよーん。ユニちゃんからのお願い」「……ふむ」


 どうやら交渉決裂のようだ。モアはまたケバブを俺に渡して、腕を組んで口をへの字に曲げる。すると、モアの髪が伸びた。弐瓶准教授とお揃いのショートボブから、肩ぐらいの長さまでのセミロングへ変更される。


「どうだろう?」


 俺と弐瓶准教授に交互に視線を向けてきた。カチューシャの位置がズレたので直してやる。似合っているかどうかの感想を聞きたいっぽいけど、弐瓶准教授は「呪いの市松人形かな?」と引き気味。


「いいんじゃない?」


 まあ、素体がいいし。何しても似合うよ。前髪切りすぎても、たとえ坊主にしてもそれなりに可愛いんじゃあないかな。あとは見慣れるかどうか。


「しかし断られるとは思っていなかったぞ。タクミの父親とは違うのだな」


 モアは店の前に設置された椅子に座り、ようやくケバブに齧り付く。もぐもぐと咀嚼しながら俺の父親の話をし始めた。 とは違う?


「……どういう意味?」


 モアには俺の反応が意外だったらしく「聞いてないのか?」と聞き返されてしまう。何も聞いてないけど。特に違和感を、――違和感。父親に対する違和感といえば、あの、名前の由来を聞いた時とか、仕事の時間のはずなのに遠足に弁当を持ってきた時とか。思い出そうとすると、ボロボロと出てくる。


「タクミくんの父親が、モアちゃんみたいな宇宙人に分業制を持ちかけられて、オッケーしたってこと?」


 弐瓶准教授が俺たちの向かいに座りつつ、簡単にまとめてくれた。

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