第7話 父親の話をする

 俺の父親の話をしよう。


 あくまで俺から見た俺の父親の話だから、本当のところはどう思っていたかはわからない。

 言われるまで二人いるなんて知らなかったぐらいだから、なおさら自信なくなっちゃうな。 

 モアはケバブ食べながらでいいよ。弐瓶准教授は、興味があるのなら聞いていてください。お忙しいようなら帰られたほうがいいですよ。

 まあ、そんなに長くはならないと思います。 


 で、どこからがいいだろう。 

 家族の、馴れ初めの話からしようか。 


 英伍さんの母親とは離婚し、俺の母親には逃げられ……自身三度目の結婚相手となる真尋さんと引き合わせたのは、仕事先のコンビニのオーナーさんだった。

 真尋さんは元旦那(一二三ひふみちゃんの父親にあたる人)から暴力を振るわれていて、そいつから逃げ出して、親子ギリギリの生活をしているなかで、困り果てて顔見知りだったオーナーさんに相談。結果、俺の父親と出会ったらしい。


 そこで『実家に帰る』という選択肢はなかったのか。……いやまあ、俺が言ったところで、なんだけど。真尋さんにも真尋さんなりの考えがあって、戻ってこなかったんだろうし。 


 実家である四方谷よもや家の真尋さんの部屋(今はモアが使っている部屋)には、真尋さんの私物がほとんどそのまま残されている。現在俺の部屋になっている空き部屋を、将来的に一二三ちゃんの個室とすれば、真尋さんが一二三ちゃんを連れて実家に戻ってもよかったんじゃあないか。


 真尋さんの実母であるところのおばあさまは、娘の帰りを待っていたように思える。そうでもないと葬式であんな状態にはならないじゃん。普段穏やかな人なのに、大泣きに泣いて別室待機だったわけで。たらればだし、真尋さんが『実家に帰る』の選択をしていたら俺と四方谷家の繋がりがなくなっちゃうわけだけど。


 うん、やめようか。


 俺の父親――参宮隼人さんぐうはやとは、コンビニの雇われ店長をしていた。 従業員の都合に合わせてシフトがバラつく。急に都合が悪くなって出勤できない人もいるし、明確な理由を告げずに来なくなって連絡が取れなくなる人もいる。


 それでも二十四時間営業だから、たとえ客が一時間に一人しか来なくとも、店員がゼロというわけにもいかない。防犯的な意味で。


 そんな時に穴を埋めなくてはならない立場にあるのが店長だった。どうしても無理って時にはオーナーが本部に連絡して本部の社員さんがくることもあったらしいけど。


 あんまり来てほしくないんだよね、とは言っていた。タバコをふかしながら。 


 タバコ、一日一箱みたいなペースで吸う日もあれば、全く吸わない日もあった。ほら、アルコールには休肝日ってあるじゃん。俺はまだ飲めないけどさ。タバコも吸わないし年齢的にも吸っちゃダメだし、吸える年齢になったからといって吸うつもりはないけど、禁煙週間みたいなのがあんのかなって思ってたんだよ。吸っちゃいけない期間みたいなの。 


 今考えると、本来の父親の時はタバコを吸っていて、そうでない、モアのいうところの偵察隊? みたいな存在と代わっていたときには吸ってなかったんだな。納得した。ここで答え合わせが来るのか。 


 コンビニを訪れる、様子のおかしな客の話を聞くのは面白かった。近所の別のコンビニで万引きした犯人がこちらの店に逃げ込んできた話とか、レジの真ん前でケンカし始めた人たちの話とか。父親がネタを提供してくれるおかげで学校でもウケていた。ただ、そのぶん、自分ではそういう客を相手にしたくない、父親のような働き方はしたくないとも思ってしまった。完全週休二日制がいい。……もしかしたら、そう思わせたくて、わざと悪いことばっかりを俺に話してたのかもしれない。そうでもないのかな。 


 ああ、でも、つらいことばっかりでもなくて、いい話もしてくれた。クリスマスケーキはたくさんあったし。お歳暮? お中元? もいっぱい届く。でもまあ、普通じゃあないって言えば普通じゃあないか。


「大学を卒業して、いいところに就職してほしい」


 何度も聞かされた言葉だ。いいところってどこだよ、と聞くと「座って働けるところ?」と我が父親ながらアホっぽい返答をされていた。


 本人にもはっきりと『いいところ』の具体例は浮かんでいなくて、とにかく自分とは違う道を歩んでほしかったんじゃん? たぶん。


 本物の参宮隼人と宇宙人のニセモノ、二人で〝俺の父親〟という一役を演じていたとわかった今、なんだかホッとした。


 仕事と家庭とを一人で両立させていて、周りのオトナから「タクミくんのお父さんはすごいね」って、よく言われてたし。そうか、すごいのかあ。ただ、それって、俺の存在が負担になっているんじゃあないかって、思うこともあった。二人いたんなら、まあ、できることも二倍だし。 


 生きているうちに言ってくれたらよかったのに。と、思うけど、父親なりにカッコつけたかったのかもしれない。そういうところある。そういうところがダメで元妻のおふたりからは嫌われたのかもしれない。その辺はわからない。悪い人ではなかったのにな。……親孝行できないのか。


「お父さん、今はいらっしゃらないのん?」


 俺の話を聞きながら、ドーナツを一箱開けて食べ始めている弐瓶准教授。箱にぎっしり十二個、同じドーナツが並んでいる。同じ味ばっかりってことになるけど、研究室への差し入れかな。差し入れだとしたらこの場で食べ始めないか。……ん?


「三月九日に、不忍池しのばずいけにタコの怪物が出現したの、覚えてません?」「ああ、あったねえ」


 他人事だしこういう反応にはなるよな。大体そう。その程度の事故だったよ。 

 俺の隣に座るモアは「想像よりも冷たかったぞ!」と弐瓶准教授のこの反応に不満――とはまた違うな。どう解釈していいか悩むようなことを言っている。


「あの事故で犠牲になりました」

「……それはまた。ご愁傷様です」

「まあ、なんていうか、運が悪かったみたいなところあるので」


 本当にそうか? たまたま通りかかった三人が狙われたんじゃあなくて、最初からそのタコの怪物が三人の殺害を目的としていたのだとすれば――。


「タクミには我がいるぞ!」


 ケバブを平らげたモアが力強く宣言した。弐瓶准教授は「いいじゃーん。末長くお幸せにねん」と祝福の言葉を述べる。


 今は、そう、俺にはモアがそばにいて。頼りになるおばあさまも近くにいて。……ああ、これまでは、弐瓶准教授の存在があるからモアを大学には連れて行けなかったけど、こうしてご縁ができて、弐瓶准教授との見た目の差異ができたことで、モアの活動範囲も広げられるのか。大学、行ってみたいって言ってたし。連れて行くぐらいなら問題ないんじゃん? 無料で講義を聞くとなると問題だろうけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る