第5話 デートに出かける

「レッツゴー!」


 四方谷よもや家の前に停まっていた車に、意気揚々と乗り込むモア。俺を見て「ほら、行くぞ!」と自分の座っている隣のシートを叩いて早く座るように急かしてくる。


「ちょっと待ってくれ」


 今日はモアが「デートするぞ!」と一際気合を入れてカレンダーに丸をつけた日。の朝。モアは俺の部屋に入ってきて「朝食だぞ!」と俺の口にバナナを突っ込み、咀嚼する時間も惜しんでパジャマを剥ぎ取った。さすがに怒っていいじゃん。


「タクシーでデートするの?」


 俺に怒られたモアはしぶしぶ部屋の外に出てくれたが、今度は外から「急いでくれ!」と祭り太鼓のようにドアを叩いた。そんで、着替えて出てきたら腕を引っ張られ、家の扉を開けたら車が待機している。


「ふむ」


 モアは運転手に話しかけた。なんだか知り合いっぽいな。宇宙人の知り合いで地球に住んでいる人? ……二人とも車から降りてこっちに来た。


「紹介しよう。我が母星の誇る偵察隊の一体、地球での活動名はフジワラだぞ!」


 背広で白髪混じりの頭の、どこをどう見ても宇宙人には見えない初老の男性が恭しくお辞儀してくるので、俺もつられて頭を下げる。まあ、モアも弐瓶准教授の姿だし。こうやって、宇宙の果てにあるっていうモアの母星からの偵察隊とやらが、人間の生活に溶け込んでいるのかな。……これまでも、気付いていないだけですれ違ってたのか? なんだかちょっと怖いな。


「なんか、モアのせいですみません」


 となると、このフジワラさんにも通常の業務があるわけで、俺とモアとのデートなんぞに付き合わされている場合じゃあないだろ。モアは金払ってんの?


「いえいえ。アンゴルモア様のためですし。無料かつ最速でご案内いたします」


 無料でいいんだ……。モアってもしかして母星でもくらいが高いのかな。フジワラさんはモアをフルネームで呼んで様まで付けてるし。 でも、スピードは出さなくていいよ。法定速度があるしさ。ご存知だろうけど。


「タクミと我のデートのために、フジワラが特別にスプリンタートレノを用意してくれてな」


 モアがバシバシと車を叩く。スプリンタートレノ……っていう、車の名前なのかな。車、詳しくなくて。


「ハチロクだぞハチロク!」


 俺がピンと来ていないのを察してくれたみたいだけど、そう言われてもわからないものはわからない。車に興味があれば「ああ!」ってなる愛称なのかな。四方谷家には車ないし、モアはどこでそういう情報を入手してんだろ。スマホか。……最近はレースゲームでもやってんのかな。それなら納得できる。いろんな車出てくるしさ。ちょっと前はパズルゲームに熱中してたけど。


「フジワラ、スピンしない程度にドリフトしてくれ!」「仰せのままに」「やめてください」


 そんなこんなで葛西臨海水族園まで来た。なお、デートコースはモアが決めている。葛西臨海水族園に来たのは、小学校三年生の時の遠足ぶり。あの時は父親が、俺のリュックサックに入れ忘れた弁当を持ってきた。俺だけ親子遠足。恥ずかしいっちゃ恥ずかしかったけど、父親と出かける機会がそう多くはなかったから、却っていい思い出になったともいえる。


「おおー!」


 葛西臨海水族園といえばクロマグロ。何年か前に大量死したニュースもあったけど、今は元気にスイスイと泳いでいる。モアは目で追いかけながら「一、二、三」と一匹ずつ数えていた。動き回るから無理だろ。


「……わかんなくなっちゃった」「それはそう」「止まってほしいぞ!」


 無茶言うな。そこの解説を読んでこい。


「止まるのは死ぬ時だよ」「ふむ。そうなのか」


 それからモアは――映画好きのおばあさまがサメの出てくる映画を何本か観せたせいだろう――サメにビビり散らかしていた。ウツボには両手をあげて威嚇している。なんでウツボに対して攻撃的なんだよ。かと思えば、イセエビやタカアシガニには「美味しそう……」とよだれをたらしていたので、おなかが空いて気性の荒いところが出たのかも。


「タコさん」


 タコだけさん付けしていた。 他の生き物は呼び捨てだったのに。


「似てる?」


 水槽の前で自分の顔を指差してそんな質問をしてくるから「弐瓶准教授はタコに似てないよ」と答えてあげた。似てるわけないじゃん。まだご本人には会えてないけど。


「うむ。ユニはタコさんではないからな」


 モアが弐瓶准教授を下の名前である『ユニ』と呼ぶのは、偵察隊絡みで付き合いがあるとかそういう裏の繋がりがあるとか、なのか。まあ、弐瓶准教授とお会いした時に聞こう。会話のきっかけとして使えそうだし。


「よし。次に行くぞ!」


 鳥類には興味がないらしく、ペンギンたちはスルー。葛西臨海水族園を出て、お次はプラネタリウムに向かう。日本科学未来館。


「プラネタリウムかあ」「星々の解説をしてくれるらしいぞ!」「……暗くて眠くなるんだよな」


 リアルな宇宙の果てから来た宇宙人が、地球人の研究成果を聞いてどういった反応をするのか気になるっちゃあ気になるけど。どうせ暗くて表情も見えないし。誰かさんのせいで、もうちょい寝てたかったのに朝から行動させられていて、あんな快適ふかふかシートに座ったら一瞬で寝落ちすると思う。もったいない。


「なら、我一人で見てくるぞ! 終わったら合流して、昼飯を食べよう!」


 モアは一人でも行きたいらしい。終わってから感想を聞けばいいか。合流するのも、スマホで現在地を送ればいいし。デートとして正解なのかはさておき。


「そうだな。いってらっしゃい」「うむ!」


 ここからは単独行動で、日本科学未来館の展示物を見る。――そういや、気になることがあったんだった。英伍さんから送られてきたメッセージだ。


『モアからもらったクッキーに、地球外物質が入ってたんよ』


 この間の突発たこ焼きパーティーの後。会食に向かわなければならない英伍さんへ、モアが焼きたてのクッキーをプレゼントした。そもそもが英伍さんに渡すために焼いていたものではない。モアが最初に四方谷家を訪れたあの日に紅茶と共に食べたクッキーがあまりにも美味しかったために「我も作りたいぞ!」とおばあさまから教わっていた、のが英伍さんと俺が会う約束になっていた日に被っただけだ。繰り返すけど、英伍さんは四方谷家に寄るつもりはなくて、俺とカフェで『お茶をしばいて』から会食に向かう予定だったからさ。


『ソレを顕微鏡で覗いたら、


 だから、英伍さんの手にクッキーが渡ったのは、偶然が重なった結果。英伍さんを狙ったものではない。俺やおばあさまには、一切そんな、普通はクッキーに入れないような不純物を入れた、みたいな話はしてきていない。


「すでに食べちゃったものを、気にしても仕方ないけど」


 等間隔に並べられた宇宙からの飛来物を見た。

 それらは静かに佇んでいる。

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