第3話 同居し始める

 このご時世、スマホがないと何かと不便だが、モアは「持っているが、タクミのと違って画面は真っ黒だぞ!」と言いつつ、ポケットから取り出したiPhoneを見せてくれた。それは持っているとは言わないんだよ。動くものを持っているのならともかく。 モアから借りて、充電ケーブルを突き刺したけど反応がない。多分だけどApple Storeに持って行っても代わりのものと交換するだけになる。だからといって俺が直せるかっていえば直せるわけじゃあないし。手詰まり。


 偶然の一致だと思うけど、モアの壊れたiPhoneは、ケースといい、本体の色といい、俺の父親が持っていたものと同じだった。あの事故のあと、不忍池しのばずいけの底からは見つからなかったもののうちのひとつ。他人事だと思って「タコの怪物が持って行ったんじゃあないか」と言う人もいた。……まさかな。


「ふんふん!」


 そんなわけで、今日はおばあさまと俺とモアの三人で、モアのスマホを買いに行く。モアはおばあさまからプレゼントされたピンク色のカチューシャと、(顔が弐瓶准教授と瓜二つだから)変装用としてマスクをつけている。モアの服と靴は、真尋さんが実家に残していたものを着ていて、今回はドーナツ柄のワンピースにサンダルを履いていた。体型は近いから問題なく着られるっぽい。 おじいさまと通話で相談して、モアのスマホは『おばあさまがスマホを二台持ち』しているていで契約することとなった。実際は二台目をモアに持たせる形になる。 休日なのにおじいさまが不在なのは、モアと出会ったあの日の職場で『新プロジェクトのリーダー』に任命されたからだ。五十代。定年までの残された時間に、その大役を務め上げる。夜のうちに荷物をまとめて、次の日には単身赴任生活を始めてしまった。 俺にだけ「早く連絡してくれていれば仕事を断った」と悲しげに、こっそり打ち明けてくれた。ない後ろ髪を引かれつつの出発だったっぽいな。すなわち、モアの居候に関しては大歓迎……まあ、そりゃそうだ。俺が思うに、おばあさまとはまた違う理由に違いない。ご本人の名誉と立場上明言は避けておく。


「壊れにくいスマホってありますか?」


 販売員のお姉さんは俺からの質問に「少々お待ちください」と困り顔で返した。レジのほうへ行って、他の人を連れてくるっぽい。出発前に「こういうの、パパのほうが詳しいから……タクミくんにお願いするわね」とおばあさまが俺に全権を押し付けてきたので、機種は俺が選ぶことになったわけだけど、俺だってオタクじゃあないから詳しくない。だからスマホ売り場のお姉さんに話しかけたってのに、メガネのおじさんにバトンタッチした。責任が次から次へと移譲されていく。


「我はタクミと同じのでいいぞ!」


 モアは並べられている展示機を興味深そうに眺めつつも『同じのでいい』と言ってきた。同じのだとiPhoneなんだけど。その、壊したのと同じ。


「そうね。同じののほうが、わからないときに聞けるものね」


 なんだかiPhoneになりそうな流れなので、助けを求めてそのメガネのおじさんを見つめる。しかしおじさんは「わたしもそう思います」と味方してくれなかった。


「AppleCareを付ければ、故障時もサポートできますし」


 情報が追加される。 さて、何日生き残れるかな。


「なら、付けてくれ!」


 日常生活にモアが加わって一週間。宇宙の果てから地球にやってくるほどの技術力はあるのに、地球の機械の取り扱いは苦手なことが発覚している。やらかすたびにおばあさまは優しく諭し、俺がググってなんとかして直す。電子レンジにタマゴを入れた時には「チン」する前に止めた。


「かしこまりました。お色がゴールド、シルバー、スペースグレイとありますが」「タクミのは何色?」


 本体の色、別にケースに入れたら見えなくなるし何色でもいいと思うけど。俺のは、と聞かれてパッと何色だったか思い出せない。黒だっけか。


「黒! お揃いにしたいぞ!」


 選択肢にない『黒』を指定され、メガネのおじさん販売員は一瞬「?」という表情になる。間があって、いちばん黒に近い色だろうと解釈し「スペースグレイですね。お持ちしますので、カウンターのほうでお待ちください」と俺たち三人をカウンターへと誘導した。


「スペースグレイのスペースは宇宙かしらね?」「おお! 我にピッタリ!」


 何の事情も知らない人が見たら母親と娘の何気ない会話だと思われるんだろうな。内容がアホっぽいけど。


 契約するのはおばあさまで、説明を聞くのはモアが聞けばいいから、俺は別の階でも見て待っていようかな。


「いいぞ! 終わったら、早速そのスマホを使って連絡するぞ!」


 さっきの『黒』もそうだった。俺が口に出してはいない。心の声がモアには聞こえているかのように、返事をしてくることが何度かある。


「何も言ってないけど?」


 指摘すれば「あ、ああ、そうか!」とごまかされた。なんだろう。いやってわけじゃあないけど気になるっちゃあ気になる。どんぐらい聞こえているのかにもよるな。全部ダダ漏れなんだとしたら嫌だし。いやってわけじゃあないの閾値しきいちを超えるっていうか。


「お待たせしましたー」


 メガネのおじさん販売員がiPhoneの箱を持って、おばあさまとモアが座っている椅子とカウンターを挟んで向かい側までやってきた。とりあえず上の階から見て行くか。特にいま必要なものは思い当たらないからさ。

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