第9話

 其処に、部屋をノックする音が聞こえ、侍従長が、バーム卿が見舞いに訪れた事を告げた。

 応接室でバーム卿を迎えると、部屋に入り、ケイト様を見たバーム卿は、とても驚いた顔をされたが、直ぐに平静を装った彼より見舞いの言葉を受けた。

「先日ケイト卿が病に臥せっていると聞いたので、此れは一大事、お見舞いに向かわねば。と、思い寄らせて貰ったよ。」

「本日は私のために、バーム卿が自らお越しいただきありがとうございます。おかげさまで、体調も良くなり、以前より健康になりました。」

「見た感じ、元気そうに見えるが、病み上がりなんだ無理をしない様にした方が良いと思いますよ。」

「ありがとうございます。それより私が体調を崩した事を良くご存知になられたのですね、屋敷の者達も伝えていない事でしたのに、リバーにでもお聞きになられたのでしょうか?」

「イヤ、誰から聞いたか覚えていないが……💦」と目を泳がせていた。

「そうでしたか?」

「それでは、長居は良くないな、此れで失礼するよ。」

 バーム卿は、ケイト様の様子を窺い少しガッカリした様子で、早々に屋敷を退散して行った。


 その後ケイト元領主はそのまま執務室に戻り、執務を始めた。

 リバーは、そのままデイトス様からの命を受け、領地内の村々の調査に十日程出かける事となった。

 リバーが領地内の村々に調査に出た後、厩にケイト様ご夫妻とデイトス様ご家族が揃って厩を訪れた。

 リバー様が居ない間に、大凡の問題解決の糸口を作るために、みんなが集まったのである。

         ♢ ♢


 まずは、バーム卿に操られている、リバーと、ドロミテ卿を、どうやってバーム卿から引き離すか。を、考えないといけない事だった。

「申し訳ありませんが、私を、ドロミテ様のお屋敷、イヤ、正確には、ドロミテ様の長男様に会わせては頂けないでしょうか?」

「解った、では、私の助手として連れて行こう。」

「父上、お命を狙われているんですよ。私が参ります。」

「な~に、構わんよ。もしもの時はグレンやその友が守ってくれるだろう。だが、もし君に何か遭ったらジェシーから一生恨まれそうで敵わん。は~はは。」

「もう…‼ お父様たらぁ」


「ではグレンこのまま、ドロミテ卿の屋敷に向かうか?」

「はい。」

「では、その前に、もう一つ頼みたい事が出来たんだが、グレン、構わないか?」

「はい、私は何をしたら宜しいでしょうか?」

「リバーの家族についての事なのだ、あいつの母親と奥方が病に臥せっているらしいのだ、リバーは私とデイトスには何も言わないが、母親の病の事について、この領地の別の薬師仲間から聞いたんだ、それと青白い顔で痩せてしまった奥方を市場で使用人が見かけたらしい。」

「分りました。直ぐに向かいましょう。」

「頼む。」


 僕は、ケイト様ご夫妻と、馬車に乗ってまずリバーさんのお屋敷に向かった。お屋敷に着くと、使用人らしき人が出て来て奥様に取り次いでくれた。

 突然訪れたケイト様ご夫妻に奥様は驚かれ、直ぐに応接間に通された。

 奥様は挨拶の後、私達の突然な訪問の目的が分らず、不安なお顔をされていた。

「突然の訪問すまない。リバーを領地視察に向かわせた後、使用人から奥方を市場で見かけたが、お顔の色が優れない様子だったと聞いたもので、リバーの留守中に奥方が病気にでもなったら顔向けが出来んと思い、不躾ではあるが妻と尋ねさせて貰ったよ。」

「そんな、わざわざ私のために、ありがとうございます。でも、私より母上のほうが…↷。」

「そうか、では、二人共見せて頂こう。構わないかい。」

「ありがとうございます。」

「では、お母上の所に案内をお願いしょう。」

「こちらでございます。」

 大奥様のお部屋に案内されると、ケイト様が突然、

「見立ては私の優秀な助手グレンがするが、構わないかい?」

「…!! はぁ~~↷? よろしくお願いします。」

「ではグレンたのんだよ。」

「はい。」

 暫くグレンは、ベッドに横たわって、目も開けない女性を見ていたが、

「少しお顔に触れさせて頂きます。」と、両頬に手を当てていた。するとお顔に赤みが射し、やがて眼を開けた。その後手を動かし、彼女に掛けていた布団の下からゆっくりと手が伸びて来た。

 グレンは片方の手を彼女の頬から外すと、今度はその手を握った。すると、身体中が淡い光に包まれ、やがてその光が消えると彼女はゆっくりと起き上がり、涙を流しながら、ベッドからしっかりと立ち上がった。


 その光景を夢でも見ている様に見ていたリバー様の奥様は、その女性に慌てて近づき身体を支えようと抱き着いたが、二人共抱き合ったまま泣き出してしまったのである。その様子を見ながら、グレンは奥様の後ろから、肩に両手で触ると、奥様の身体も淡い光に包まれ、やがて光が収まると、奥様の病も消えていた。

 奥様は御母上様の病が治った事に感激して居て、ご自分の病が治った事には気づいていないようだった。

 やがて二人は恥ずかしそうに、うれしさの余り取り乱していた事を、ケイト様御夫妻に詫びて来た。そして奥様は自分の病も治って居る事に漸く気づいたようで、とても嬉しそうに微笑んでいた。


 漸く落ち着いた奥様は、

「ケイト様お願いします。夫リバーを助けて下さい。」と、縋るような眼をして言われた。

「リバーに何かあったのですか?」

「分りません。只何か恐ろしい事を企んでいる様なのです。どうか、リバーを助けて下さい。」と、言うと、

「どうか一緒にこちらへ来てください。」と、リバーの書斎に案内された。

 奥様が本棚の一部に触れると、本棚が動き隠し扉が現れた。

 そして、奥様に案内され、その中に入ると、隠し金庫があった。

 その中に置いていた小瓶を手に取ると、夫リバーは、この瓶の中身をどうするのか分かりませんが、これは恐らく毒物ではないかと思って居ます。と奥様から渡された物をケイト様が、私に差し出され、

「グレン、きみならこれが何か分かるかい?」

 私はその小瓶を受け取り、片手を当て見ると、身体の中にどす黒い、とても嫌な感覚が流れ込んで来た。

「奥様の心配されている通り毒薬だと思います。恐らく致死性の高い物だと思われます。」

「やはり。」と、その場で、奥様は泣き崩れてしまった。

ケイト様は、奥様に、「心配要りませんよ。何故なら、彼はまだこの小瓶の薬は使って居ないんだから、大丈夫ですよ。」と優しく告げた。


「この瓶の中身をどうにかしないといけないが。」と呟いたので、

「ではこの中身を、誰にでも使える治療薬に変更しておきますね。」と、両手で小瓶を包むと、中身の液体が優しい光に包まれ、やがて消えた。

「終わりました。」

「グレンはそんな事も出来るのか?」とビックリしたように僕を見ていた。

 小瓶を元に戻し、書斎も我々が入った気配を消した後、奥様にもう一度、

「リバーの事は心配要りませんよ。」と、ケイトさまは言うと、三人でリバー様のお屋敷を後にした。


 シルビア様はこのまま一緒に私達と来たがったが、ドロミテ卿のお屋敷では何が起こるか分からない。と、ケイト様が心配され、一旦お屋敷迄送り、お帰えり頂いた。

 その後二人でドロミテ卿の屋敷に向かった。

 ドロミテ卿のお屋敷に着くと、屈強な三人の男達が私達を出迎えてくれた。

 これは、あの日見たバーム卿から差し向けられた殺し屋たちだ。

 私達は、一旦応接間に通された。が、此処で、今迄と一つ違うのは、屋根裏に鼠たちが大量に控えて居る事だろうか?


 バーム卿と殺し屋達に囲まれながら、ケイト様は世間話や領地の事を普段と何も変わらない様子で話していた。

 僕は生理的な用事で、応接室を後にしたが、予想通りに僕には護衛は付かなかった。

 そして鼠に、バーム様の息子さんの部屋に案内して貰い、忍び込んだ。

部屋はカーテンが閉められ、薄暗く、奥のベッドは、布団が少しだけ盛り上がっているが、此処に人が居る気配すら感じる事は出来なかった。

 そして、この部屋には、人が住んで居るんだろうか? と、思う位生活用品も何もない部屋だった。

 そっとベッドに近づき覗くと、其処には背筋がゾッとする位、瘦せ、目は落ちくぼみ、屍のような少年? が横たわって居た。勿論目なんか開かない。どうしてこんなになる迄この少年は、放置されていたのだろう?

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