第2話 ブクブク、幼馴染
湯船から立ち込める湯気が、顔を温かく包む。けれど私の唇はたぶん尖っている。
お風呂では未来を視てしまう頻度が高いので、普段はあまり長くは入らないようにしている。でも、今日はのぼせてしまいそうなほど、イジイジと長風呂をしていた。
気持ち的には、アニメで偶に見るように、口元まで湯船に入れてブクブクとしたい。でも行儀がよろしくないので我慢する。まとめた髪もお湯に浸かってしまうし。
「あー、幻滅されたかなぁ……。というか何でそもそも私はクールキャラ扱いされてるわけ? 氷なんて名前に入っているから? おのれ苗字ぃ……」
四階建てのマンションのそこまで大きくない浴室は音が響く。内容が内容なのに、エコーをかけられているようで恥ずかしい。
しかもどんな苗字ならよかっただろうと考えて、まるで小学生がするような妄想までしてしまった。…………イリクラ・サキ、語感はそんなに悪くないと思う。あくまで例えばだけれども……!
ブクブクブクブク……。
話を変えよう!
例えばそう、今日の振り返りなど。
入倉君が傘を持っておらず、ましてや濡れながら帰ろうとすることを未来視で知ってしまった手前、私は彼を昇降口で待っていた。そのときは少しばかり「遅い」と気が立っていたが、結果的に周囲から人がはけていて助かった。今度お礼がしたいと言われたあとの私は、正直ひどい有り様だった。
「だって、視えちゃったんだもん…………相合傘」
たぶん少し先のことだが、私は彼と一つの傘の下で歩いていた。しかも私から見て外側の入倉君の肩が濡れていて、それに気がついた私はぐいっと彼を引き寄せるのだ。そんなことまでしてやがったのだ。
「〜〜〜〜っ!!」
結局また彼のことを考えているじゃないか……!
湯船から飛び出し、シャワーで冷水を顔にぶち当たる。……やっと少し落ち着いてきた。
ふと思いつき、曇った鏡を手で拭う。
薄っすらと私の顔が映り込む。
乾いた笑いが口からこぼれた。そこには、中学のとき先輩に「死んだ魚の眼」とまで言われたつまらなそうな
「結構大騒ぎしてたと思うんだけどなぁ……」
クールキャラ? 無愛想な私を、皆が優しく言い換えているだけでしょう。
「落ち着け、私。めんどくさいぞー」
へたりとしゃがみ込みながら顔を手で覆う。
気持ちを落ち着かせようと深呼吸に集中する。そんなときに限って、断片的な未来が脳裏に浮かぶ。
「ええと……どちら様?」
視えたのは、中性的で整った顔立ちの生徒が、教室の隣の席に座りこみ、何やら私に話しかけている未来。今の私からすると「おいそこは入倉君の席だ。何勝手に座っとんじゃ」という気分なのだが、どうにも未来の私は何やら熱心に話を聞いているようなのだ。
性別がわかりにくいショートボブヘアであったが、スラックスを履いていたので制服からすると男子のようである。
よくよく思い返すと、この生徒のことを見た覚えはあるが、うーん、どこで見かけたのだったか……。
◇
私の登校時間は早く、大体はクラスに一番乗りとなる。
多くの人を見かけるほど、他人の良くない未来を視てしまう確率が増えるため、通勤ラッシュの時間を避け朝早くに自転車で登校しているからだ。
けれど今日は、少し肌寒い教室に、先客がいた。
客、なんて言葉を選んだのはそこにいたのはクラスメイトではなかったから。
明るい茶髪で耳が隠れる程度のショートボブの男子生徒。昨日視た相手が、入倉君の席に座って文庫本を読んでいる。
図書室にでも行こうかと考えたが、その前に気がつかれてしまう。
「あ。氷澤さん、おはよう!」
「…………」
ザ・名指し。
立ち去っても良かったが、昨日の未来視からすると彼は私の気を引く話題を持っているらしい。好奇心に負けて席に向かう。
「貴方、このクラスに何の用? そもそもどこの誰かしら」
「あっ、確かに初対面だ。ごめんね、祐心から色々聞いて勝手に見知った気になってた」
「入倉君から……?」と呟くとこの男子は破顔した。
「よかったぁ。アイツ、ちゃんとフルネーム覚えて貰えてるんだね」
「クラスメイトなんだから当然でしょう」
「それもそうだね! ならちなみに、ここの一つ前の席の森田君のフルネームも当然分かるよね?」
「………………」
「アハハハハ! ま、僕も忘れちゃったんだけどねー」
もういっそ帰ってやろうか。
「それで貴方はどこの誰なのかしら?」
「そうだったそうだった。僕は
目に添えた横ピースとウインクまでして、そんな自己紹介を返される。
そうか。見覚えがあったのは、入倉君と廊下で話しているのを見たことがあったからだ。
それに、桃原という名前なら他で見覚えがある。
「よろしく。桃原というと、学年二位の桃原君……?」
「ふーん。それは覚えててくれたんだ。光栄だなー、学年一位様に覚えていただけるなんて」
「持ち上げる必要はないわ。私は別に頭が良いわけじゃないから」
試験問題が事前に視えてしまう私と、自力で高得点を叩き出す彼とでは、地頭は彼の方が良いに決まっている。しかも確か、この男子は生徒会にも入っているのではなかったか……?
「アハハ、嫌味にしか聞こえないから気をつけた方がいいよー? ま、僕は試験なんてどうでもいいからいいんだけど。と、そんなことより!」
話しながら荷物を置き席についた私の方へ、桃原君は身を乗り出して来た。
「僕はさ、恋バナがしたくて来たんだよ!」
「はぁ?」
何言ってんだコイツ。
「ぶっちゃけさ、氷澤さんは祐心のことどう思う?」
「ど、どう思うも何もただのクラスメイト――」
「傘を貸すくらいなのに?」
「な――!? い、いえ、別に、雨の中濡れて帰ろうとしたから、私は置き傘あったし、だから貸しただけでっ、何ニヤけてんのよ!?」
桃原はニヤニヤしながら首を横に振った。
「ううん。やっぱり傘貸してくれたのは氷澤さんだったんだな〜って」
「はああああ!?」
ニコニコしながら種明かしされたことによると、こういうことらしい。
昨日の急な雨について、入倉君は最初、生徒会が行っている傘の貸し出しサービスを頼ろうとした。しかし、既に全ての傘が貸し出されており入倉君は借りることができなかったのだとか。
「それで昨日の夜に結局どうしたのか聞いたらさ『クラスメイトから借りた』と言うわけよ。でも妙に文面が硬かったから『誰から借りたの?』と尋ねたんだけど、そしたら……『教えない。変な噂になって相手に迷惑をかけたらいけないから』と返って来ちゃってさ」
そっか、別に入倉君は吹聴して回ったわけじゃなくて、むしろ私のことを気遣ってくれていたのか……。致命的に相手が悪かっただけで。
「噂を気にする時点で相手は女子。しかも祐心のことを――少なくとも傘を貸す程度には――憎からず思っているであろう
そして私はあっさりブラフにかかったということね。チクショウ。
「……私以外には確かめたの?」
「ううん。氷澤さんが第一候補だった」
「なんでよ?」
「だって、祐心が氷澤さんのことが好きって言ってたから」
「え――?」
「一オクターブ高い声をいただいたところごめん。これ冗談」
いっそ殺してくれ……!
もうコイツとは話したくないと、私は机に突っ伏した。
「ごめんごめん! お詫びと言ったらなんだけど、小学生時代の祐心の話、聞きたい?」
小さいときの入倉君の話? そんなもの――
「……………聞きたい」
――聞きたいに決まっている。
もはやプライドも崩れ落ち、不貞腐れた子どものような反応を返す私である。
「うん。それじゃあ何から話そっかなー」
つまるところ、私が未来視したのは入倉君の話を熱心に聞くところというわけなのだった。
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