第5話 辺境伯の娘、お妃教育を受ける2
少し遅めの朝食をとったあと、表情の練習をした。
「笑顔にはたくさん種類がございます。状況に応じて使い分けいたしましょう。貴族との挨拶です。どんな笑顔で挨拶をお受けになりますか」
どんな笑顔? 想像してみる。
誰かが来たとき、私どんな顔をしてたっけ。
いつもしているように、にぱっと笑うと、「笑いすぎです」ぴしゃりと注意された。
「仲のよろしい方でしたらまだ許容できますが、それでも笑いすぎです。口を開けすぎ、瞼を開きすぎ。いつまでも子供のようではいけません。淑女はそのようなふるまいはいたしませんよ。優雅に淑やかに、を心掛けください」
鏡を渡されて、美しい笑い方というのを練習した。頬がつるかと思った。
笑顔の練習の次は、昼食の時間まで読書をしますと言われて、分厚い本を渡された。お、重い。
「アールグレーン国の歴史がまとめられております。王族の一員になられるのなら、国の成り立ち、歴代の王の名、数々の偉業など知っておかねばなりません」
こんなに太い本初めて見た。鈍器だよ、これ。
ぱらぱらとめくっていると、「いずれ試験を行いますよ」と恐ろしい言葉が飛んできた。
私は身を入れて、読み始めた。
「昼食のお時間でございます」
扉がノックされて、私は顔を上げた。首が痛い。
ヴァルマが昼食を運んできて、サラダ、魚の揚げたもの、キッシュ、スープ、パンが並ぶ。
「先生は、食べないのですか?」
「あとでいただきます。わたくしのことは気になさらず、クリスタ様は食事をなさってください。ああ、今朝お教えしたことを覚えておりますね」
やっぱり見られるんだ。
うんざりしながらも、顔に出したら注意を受けるから、私は我慢して昼食をとった。
美味しいんだけど、半減するよね。動作を見られながらの食事なんて。
食後は少しだけ休憩をもらえた。レイヤ先生が部屋を出て行ってくれたので、緊張から解放された私は寝台に飛び込む。
今日は朝から疲れることばかりだった。カーテシー、食事、笑顔の作り方、勉強。
頭も体も使ったから、気分はもう夕方。サーラスティで領民と一緒に畑を耕したり収穫したりしていたから、体力はあると自負していた。貴族教育も実家で習ってきた。
それなのに、こんなに疲れるとは、思ってなかったにゃー。すぴー。
「休憩は終わりですよ。クリスタ様、適度な睡眠は推奨いたしますけれど、寝過ぎてはなりません」
ぱんぱんと手を打ち鳴らす音で目が覚めた。
うつぶせで眠ってしまっていた。体を起こしてふわあと欠伸をすると、
「口を閉じなさい!」
厳しい口調で、ぴしっとたしなめられた。
慌てて口を閉じると、頬のお肉を噛んでしまった。ううっ痛いよお。
「淑女が大きな欠伸をしてはなりません。はしたない」
「すみません」
涙目で謝った。
「次は絵画の勉強をいたします」
絵画なのに、また本を渡された。さっきの鈍器の半分くらいの厚さ。
「歴代の王の肖像画です。本物は美術館にございますが、そちらには後日ご案内いたします。こちらで王の顔と名前を覚えてください」
勉強していたことの復習を、ってことみたい。それは覚えやすくていいかも。名前だけだとピンとこなかったけど、顔と一緒だと興味が湧く。
アードルフ王はお髭すごいなあ。ふさふさだね。髭って髪の毛みたいに伸びるのかなあ。
エサイオス王はちょび髭なんだね。
歴代の王様はみんな同じ王冠を被り、外套を羽織っている。顔の髪型などの特徴を名前と紐づけしながら、鈍器——もとい分厚い歴史書を手に取った。それぞれの王様がどんな政治をなさってきたのかも、一緒に覚えていくことにした。
「お時間です。次はダンスの練習をいたしましょう」
「え? ダンス。大好きです!」
嬉しくて本からぱっと顔を上げると、レイヤ先生はまたこめかみを揉んでいた。
渡されたドレスに着替えて専用の靴を履き、ヴァルマに別の部屋に案内してもらう。壁全体が鏡張りになっているダンスルームにレイヤ先生と、知らない女性が待っていた。
「彼女には男性役をしてもらいます。得意と仰っていましたから、メヌエットを踊っていただきましょうか。まずは基本のステップから」
音楽はない。レイヤ先生のカウントに合わせてステップを踏む。
「はい。よろしい。ステップは問題ありませんね」
褒められて、嬉しくなってしまう。
「クリスタ様、得意そうなお顔はおやめになってくださいませ。次はペアでお願いいたします」
待ってくれていた女性と二人で同じ踊りをする。兄様相手に練習をしていたから、きっと褒めてもらえる。
そう思っていると、
「クリスタ様、ダンスにも感情が漏れすぎです。それと元気が良すぎですね。相手と呼吸を合わせて、同じタイミングで踊りましょう。ペアダンスの前には国王とともにブランルを踊るのはご存知ですね。輪になって踊るのですから、合わせないと手が離れたり、輪が乱れたりします。自分本位で踊ってはなりません。常にペアの男性や、周囲と合わせましょう」
まさかのダメ出し。悔しくて唇を尖らせていると、「顔!」ときつく叱られた。
感情を出しすぎないように、相手に合わせるように、ダンスレッスンを繰り返し、夕方終了した。
体を動かすのは好きだけど、それはいけない、こうしなさいと注意を受けながらのダンスは、楽しくなかった。
体が硬くなって、思うように動かせなかった。明日は筋肉痛になるかもしれない。
泣きたくなりそうな気持ちで浴室に案内されて、汗を流す。ネコ足の湯船がむちゃくちゃかわいい。
お風呂ですっきりした私は、機嫌を直して自室に戻った。
そこにはレイヤ先生がまだ待機していた。夕食はコース料理で、テーブルマナーを確認された。
夕食後は朝まで解放されたので、疲れすぎた私は速攻で眠りに落ちた。
次回⇒6話 辺境伯の娘、王弟殿下と再会する
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