第4話 辺境伯の娘、お妃教育を受ける
翌朝、私を起こしに来たのはメイドのヴァルマではなくて、家庭教師のレイヤという女性だった。
正確にいうと私はすでに起きていて、着替えもすませていた。
お腹すいたなーと思っていたけど、ヴァルマが来てくれるまで外を眺めて待っていた。
そこへ、扉がノックされて声がかかった。
「クリスタ様、起床のお時間でございます。お目覚めになられましたか」
「はい。起きています」
「入室いたします。失礼いたします」
扉を開けて入ってきたのが、白ブラウスに濃紺のスカート姿の女性だった。
窓辺にいる私を見るなり、眉を寄せた。
「クリスタ様。メイドが入室するまでは、身を起こしてはなりません」
「へっ?」
いきなり叱られると思っていなくて、変な声が出てしまった。
「それは、どうしてですか?」
「昔からの決まりです。決まりには従っていただきます」
きりりとしたその人の声には、反論を許さない空気があった。
「あ、じゃあ、戻ります」
「今日はもうよろしい。手順を説明いたしますから、明日からはそのようになさかってください」
「は、はあ」
あなたはどなたですか? と訊ねたいのを我慢して、説明を聞いた。
どうやらメイドが着替えや洗顔の準備をするのを布団の中で待ち、準備が整ってから起きるのが決まりらしい。
なぜだかわからないけど、決まりなら仕方がないよね。明日からそうします。
「自己紹介が遅れました。失礼をお詫びいたします。わたくしは本日よりクリスタ様の教育係をおおせつかりました、レイヤと申します。以後よろしくお願い申し上げます」
すごくきちんとした挨拶してくれるので、私も姿勢を正した。
「クリスタ・サーラスティと申します。至らぬ所が多々あろうと存じます。ご指導のほどよろしくお願いいたします」
貴族の挨拶をすると、
「わたくしにはその深さでよろしいですが、国王陛下、王母様にはもっと深くなさったほうがよろしいですね」
いきなりのダメ出し。そして指導が始まった。まだ朝ご飯も食べてないのに。
何度も何度も挨拶の練習をさせられ、腿がぷるぷると震えてきたところで、終わりが告げられた。
疲れたよー。膝が笑ってるよー。こんなにぶっ続けで挨拶の練習だけなんて、やったことないよー。ダンスよりもしんどいよー。
しかも顔洗ってないのに。
やっと洗顔して、髪を梳き直してもらって、朝食となった。
部屋にテーブルが用意されて、サラダとスープ、数種類のパンとハム、オムレツ、フルーツが手際よく並んでいく。
ここで食べるんだ。
お祈りをすませて、フォークとナイフを手に取る。
一人で食事をしたことがないから、寂しいと思いながら食べようとすると、
「背筋を伸ばして」
と注意された。
疲れたから気を抜いただけなのに、食事も指導が入るの? 食事ぐらいは自由だと思ってたのに。
レイヤ先生にじっと見られながらの朝ご飯。こんなに緊張しながら食べたことないよ。お腹ぺこぺこだったから、残さず食べたけど。
食器が片付けられてから、先生と話をした。
出身地での生活、何を勉強してきたか、などを話して聞き終えたあと、先生は「足りません」と一言。
絶望的みたい顔をするのはやめてほしい。
「クリスタ様は王族の一員となられる覚悟はおありなのですか。その程度の知識では貴族から笑われてしまいます。王族はすべての国民のお手本とならねばいけません。教養と品格を身につけ、それらを誇示しない謙虚さも必要です。これからすべてをお教えしますから、クリスタ様はしっかりと勉強なさってください」
レイヤ先生の言葉に、体が縮み上がった気がした。覚悟はしてきたつもりだったけど、甘かったんだと思わされた。私は無意識にごくりとつばを飲み込んだ。
耐えられるかな。乗り越えないと、リクハルド様の奥さんになれないんだよね。まだ婚約だってしてないんだよ。見込みなしって思われたら、追い出されちゃうよねきっと。
じゃあ、頑張らなきゃ。リクハルド様も乗り越えてこられた道だもの、私も頑張る。
「はい。レイヤ先生、ご指導よろしくお願いします」
心を込めて、はきはきと先生に伝えると、「心意気はよろしいですが、表に出し過ぎてはいけません」とさっそくお小言をもらった。
伝えるって難しいね。
「あの、先生。リクハルド様にはいつお会いできますか?」
ずっと疑問に思っていて、誰に伝えればいいんだろう、と思っていた。
先生は考える顔をする。
「王弟殿下は大変お忙しい方ですから」
「私、お妃候補ですよね。でしたら、たまにでいいのでお話したいです」
「クリスタ様のご到着と、これから教育が始まることは伝えております。日々のことも逐一報告いたしますから、心配なさらなくても――」
私の顔を見たレイヤ先生は、はあぁとため息をついた。
「ご褒美が欲しいのですね」
その通り! 私が心で尻尾を振っているのが伝わったみたい。読み取ってくれて、先生すごいな。初対面なのに。
「わかりました。報告書類に記入しておきます」
「ほんと!? レイヤ先生ありがとうございます!」
「クリスタ様は思考がお顔に出過ぎです。気をつけてまいりましょう」
先生はこめかみを揉み揉みした。どうしたのかな?
「先生、頭が痛いんですか? 薬師を呼びますか?」
「必要ございません」
心配して訊ねたのに、素っ気なく返されてしまった。
次回⇒5話 辺境伯の娘、お妃教育を受ける 2
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